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どれくらい眠っているのか。
長いか短いかも判別できず。
裁定者に穿たれた心臓部。
ただ朽ちたわけではない。
失った神力を戻すための休眠期。
意識は通じぬがユウの鼓動は感じる。
裁定者と遭遇してなお生き残った証だ。
ただ結局のところ銀神たる我から、裁定のことは伝えなかった。
それは狙われやすくなるため。
波を大きく乱す者、不公平な存在であればあるほど標的にされやすい。
また変な気を起こしてほしくない、そういう一心だった。
神にして、このちっぽけで情けない感情。
器が小さいと言われればそこまで、ただ相手はそれほどの強さを持っているから仕方なし。
友を生かしたい、あの時のように立たれて欲しくはないのだ。
全盛期の我でも果たしでどこまで通用するか。
神界も今頃荒れているだろう。
ついにこの星にも天からの使いが来たと。
神力も大方は取り戻した。
そろそろ目覚めの時だろう。
もしかしたらユウは裁定者という存在に気づいているかもしれん。
そうなれば、黙っていたことをまずは謝ろう。
後はもう付き従うまで。
止めもしないし薦めもしない。
しかしユウのこと、きっと戦う道を選ぶだろう。
久方ぶりの再会、さてどうしていることやら————
「ってなんじゃこの状況は!?」
どれほどの時間経ったか、遂に目を覚まし現界した。
ただ眼に入る世界に驚いてしまう。
そこにはユウ、そして忌々しい魔女王が居た。
「ようレネ、久しぶり」
「ひ、久しぶりじゃな……」
「ようやくね、待ちくたびれたわ」
「魔女王、何故ぬしが……」
「師匠にはいま魔法を教えてもらってる」
「師匠、とな……?」
そこは室内、しかしいたる所に魔法の陣が。
輝きは鮮明に、紫の光が辺りを覆う。
ユウはその部屋の中心にて魔法を行使、しかもなかなかの練度。
驚いたのは魔女王が居たからだけではない、その魔法の扱いの異常なまでの上手さ故。
(一目でユウが担い手と分かったが、この魔法の強さ、魔王にも通ずるか……)
この意識消えた後の話を聞く。
どうやら危機一髪で魔女がユウを救ったとか。
嘘をついているようにも思えない。
そこからは川の流れが如く進んでいく、ここで眠っている数十日、魔道の教えを受けたそう。
「たった1ヵ月半でここまでとは、信じがたいな」
「師匠のスパルタ教育の賜物……」
「愛の溢れた楽しい修行のお陰よ」
「そ、そうですね」
(よっぽどしごかれたようじゃな……)
さぞ地獄を体感したのだろう。
語るユウの銀眼は若干暗い。
「レネの方はもう大丈夫なのか?」
「うむ。神力は十分溜まった」
「そりゃ良かった、結構心配してたんだ」
「すまんかったな」
詫びひとつ、ただユウが元気そうで良かった。
それから軽く会話をしてユウは魔道の修練に戻っていく。
ちなみに裁定者によって生まれた傷も、とうに治してもらったそう。
至れり尽くせりと言うのは可笑しいか。
随分と可愛がられているようだ。
(にしても魔女、ユウのことをえらく贔屓しておる)
魔道の師匠だからと言っても、行き過ぎな気も。
我の中では魔女は氷のように冷たい性格、血も涙もない現実主義者だったような。
それがたった1ヵ月半、話をして分かる、だいぶ丸くなったと。
「のう魔女」
「なにかしら?」
「おぬし、ユウのことが好きなのか?」
「っぶ! す、すすす、好きって、な、なに言ってるのよ!」
「いや、軽い冗談のつもりじゃったんだが……」
「そ、そりゃ師弟愛があるもの! 好きというのは私が師匠でユウが弟子という————」
どうやら地雷を踏んだか。
魔女の言い訳は長々と続く。
だがそんな師の姿にもユウの集中は切れず。
再会して二言三言、そこからはひたすらに魔道に身を投げる。
我と魔女の会話なぞ耳に入っていない様子。
「凄まじい集中力じゃな」
「あ、ああ。そりゃユウは天才だもの」
「天才とな?」
「天災と呼んでも良いわ。それぐらい圧倒的な才とセンスを持っている」
曰く師たる自身よりも、秘めたものは多いと言う。
ただ経験不足、いやはや魔女にそこまで認められるとは。
我が友ながら、なんと武運に恵まれたものか。
「ユウは魔女王たる私の唯一の後継者よ」
「なんじゃ、死ぬ気か?」
「そんな気は毛頭ないわ。私は勝つもの」
「……アレは1人で倒せる相手ではあるまい」
我が目覚めたのは神力が溜まったからというのもある。
ただ大きなきっかけとしては予感をしたから。
裁定者が動き出すと直感し、この腰を上げた。
「だから、俺も一緒に戦う」
それまで口を閉ざしていたユウが言葉を放つ。
同時に展開していた陣も消失、紫の残光が美しい。
「師匠を1人では行かせない」
「……勝機はあるのか?」
「私の渾身の魔法、それ頼りね」
「ふーむ……」
どうやらユウが時間を稼ぎ、その間に魔女が特大の一撃を決めるらしい。
内容はいたってシンプルである。
「ちなみに、裁定者の潜伏位置はもう特定済みよ」
「なんと……!」
「アレはまだ覚醒していない。勝機がある内に、潰すわ」
「なるほどのう。覚醒は何時頃を予想しておる?」
「完全覚醒は早くて3ヵ月後、遅くても5ヵ月後ってとこかしら」
「時間はない、か」
かの者は裁定のため力を養っている。
叩くのなら今というタイミングは間違いない。
前回、奴は軽い視察程度だったはず、まだ全力を出せないなら、我と魔女、そしてユウが居れば————
「レネ、力を貸してくれ」
ユウは真っすぐ見つめる。
そんな顔をしなくたって良い。
「愚問じゃ。我はおぬしについて行くのみ」
「そっか。ありがとう」
「うむ。それと、黙っていて悪かったな」
「黙っていて?」
「裁定者のことじゃ、何も教えんかった」
「そのことか。いいよ別に、最終的にはこうして師匠にも会えたし」
思いのほか反応は軽い。
我が深刻に考えすぎていたのだろうか。
どちらにせよ進路は決まった。
全盛期へとはそこそこ近づいた、やられた分、今度こそ借りを返す。
「そうじゃユウ、聖剣使いには頼まんのか?」
「エイラは……」
「私はユウしか認めないわ」
「ってことです」
「メンドクサイ女じゃな」
どうやら同伴許されたのは弟子たるユウだけのよう。
魔女には魔女なりの考えがあるのやも。
我はユウの力の一部として認められたというところか。
「敵位置も特定、銀神も復活した。そろそろ同調の封印を解くわ」
「おお!」
「魔法と神力と同調、最終調整に入って」
「了解っす!」
持ち得る力は千差万別。
調和は難しいだろうが、ユウなら大丈夫だろう。
「戦闘決行日はクリスマス、死のプレゼントを与えましょう」
センターを務めるのは魔女王。
囲むは変幻自在と力の銀箔。
三者三様で首を刎ねに行く。
数日後に決戦は定まった。