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「————魔力展開」
心臓から発信、身体に纏う紫の力。
薄手を羽織るように、ただ色濃く、繊細かつ強く表す。
心も魔力もさざ波、風に侵されぬ直立不動の完成体。
「たった2日で基礎を築き上げる、流石は私の弟子ね」
そりゃ師匠の折檻、もとい愛の鞭があったから。
あれを味合うのはもう御免だ。
しかも大抵の傷は回復魔法で治されて無限ループ。
手加減というものはまるでなく、すぐ横には地獄が待ち伏せている気分だった。
「そして、魔力を固定……」
接合した紫の魔力、その容貌は鎧に匹敵。
安いメッキのように剥がれないよう、しっかりと固定化、定着化させる。
着脱を超えた一心一体、間合いとりつつ共和を実現させる。
「良い状態よ、キープして」
「了解、です」
ただ負担というか倦怠感は圧し掛かってくる。
曰く、魔力ってのは使えば使うだけ増えるものらしい。
つまりこの負荷こそが進化への投資、より高みへと連れて行ってくれる。
「……」
無言の空間、集中映える自分世界だ。
ジリジリと加速していく体感速度。
魔力を溜めることによって上昇する体感温度。
基盤は構築された。
俺は登竜門へ辿り着いたことに。
「魔力の固定はそのまま。今から魔法の修行に入るわ」
今までは魔力の修行、魔法への道づくりだった。
ここからは遂に魔法を習いに。
固定を持続、次の動作の教えを受ける。
「まずは基本中の基本、強化魔法からね」
「強化魔法ですか……」
魔法使いってのは近接戦に向いてない。
そのため接近に備えての物理的強化、これである程度の攻撃を耐えるらしい。
それが出来たなら魔法自体の強化へ移行。
例えば炎を生み出す魔法、これに強化魔法を重ね掛ければ、より強い炎魔法を放てるというわけだ。
「それじゃあ————」
自分では思いつかないような発想と歴史の伝承。
それらは伝播、俺を魔法の極致へと誘っていく。
「ぷはあ! 美味い!」
「飲みすぎじゃないですか?」
「お酒は止めらないわねえ」
「師匠は酒癖悪すぎるんで程々に……」
今いる謎の無人島は、師匠によって現代の生活を送れるまでに昇華。
風呂もあるし、トイレは便座が温いもの、食べ物だって豊富にある。
寝泊りする家、こうしてゆっくり会話する部屋についても、全て師匠の超魔法によってだ。
そんな凄い魔法使いは、手にビール缶を握り酒にドボン。
ソファー座るその背後には既に4、5本は空けただろうか空き缶の乱立。
(師匠は見た目的に、ワインを上品に飲んでそうだけど、実体はこれだもんな……)
今日は2日目、1日目たる昨日で大体のことは理解させられた。
夕方ぐらいまでは優雅で高貴に纏まっちゃいるが、いやはや夜よ。
多少飲めるとはいえ、遅くまで付き合わされる。
「ユウはホントに何でも。良い弟子を持てて私も嬉しいわあ」
「ちょ、そんなくっつかないでくださいよ」
「なによお? 照れてるの?」
「単純に酒臭いんです」
「はあ、そういうところは可愛くない」
魔女が魔女がと世間は言うが、師匠はこんなにも人間臭い。
人格性格もそうだし、それは見た目にも。
(そのスタイルでジャージはどうかと思う……)
いつもの魔女服は何処に行った?
部屋着にしてもあまりにミスマッチ、特に胸、ダサいジャージでとてつもないギャップ差が。
黒に紫がかった髪も一つで結び簡易化、印象はかなり変わってクールからサバサバ姉さんに。
俺の中で、師匠は人間として完全に確立した。
こんなに朗らかに笑い、酒を飲み、ダル絡みするんだから。
そういうの兎も角、この人が俺に味方してくれる、大切な人の1人なのは間違いない。
「弟子、なにか面白い話しなさいよ」
「無茶振りですって、昨日で出尽くしました」
「使えないわねえ」
「すんません」
「なら私が、少し昔話しようかしら」
「昔話ですか?」
「ええ。面白くも何ともない、平凡な女の子の話だけど」
昨日でエイラとのバカ話は出し切った。
むしろ尽きるまで終わらなかったが正しいか。
「昔々ある所に、1人の少女がいました」
「まーたベタな……」
出だしはテンプレート。
ただ俺のツッコミは無視し、話は進んでいく。
その口調はまさに昔語り。
おとぎ話のように言葉を起こしていく。
「その少女には、特別な力の才能がありました。力量は天才と呼ばれるほどです」
「特別な力、俺たちでいう能力みたいなもんですかね」
「まあ、そうね」
どうやら異能力のフィクションものか。
ファンタジーと仮定し話は続いていく。
「ただ周囲はその力に恐怖心を抱き始めます」
「まあ……」
「段々と友人は減っていってしまい、遂には殆ど孤独に」
分かるとも。
輝きすぎる才能ってのは、周りを染め上げる。
近くに居る人間が離れていくのは道理。
俺にもその経験がある。
「しかし親友だけは、離れることもなく一緒にいてくれました」
「良い人ですね」
「ええ。それから両親についても、女の子をとても可愛がって育ててくれました」
「はい」
「とても楽しい日々です」
「はいはい」
前振りされたが、ここだっていうツッコミどころが無い。
言っちゃ悪いが面白みのないストーリー。
確かに周りに敬遠されただろうが、特にこれといって。
師匠は昔話と言って始めた。
聞いた限りではおとぎ話、夢物語、それをを読み聞かせてくれるかのよう。
「しかしそんな日常は、ある日を境に崩壊してしまう」
「と、唐突に重いですね」
「天災、万物飲み込む大きな嵐が来たのです」
「嵐……」
「それは圧倒的な力で全てを薙ぎ払った。自然も、家も、動物も、そして人も」
「……」
「偶々かどうなのか、女の子だけは何故か生き残ってしまう。自分以外の全てを殺されて」
(急にメチャクチャ重い話に変ったな……)
「女の子は復讐を誓います。自分から奪ったその嵐に」
「復讐、ですか」
「ちなみに、それは成功したと思う?」
「え」
語りから突然の疑問文。
聞くんならもう少し軽いものにして欲しかった。
失敗したなんて答えるのもあれだし、ここは————
「せ、成功したんじゃないですか?」
「不正解。復讐は失敗に終わる。女の子は恨みを持ったまま死んだわ、いえ、死んだとさ」
「……」
「これで話は終わりよ」
「終わり!? オチが重いですって! 何でもっとハッピーなのを……」
「貴方には話したかった、それだけ」
そう言って再びのビール流し。
どうやらこれ以上は語らないらしい。
赤く染まった頬は終着を告げる。
「じゃ、じゃあ質問」
「なにかしら」
「その嵐ってのは、なんだったんです?」
「……」
「いや、気になるなーって」
「女の子は初め、嵐は神だと思ってたらしいわ」
「はあ……」
「ただ正体は神ではない」
「つ、つまり?」
嵐ってのは比喩だ。
ただ神様ではなかったらしい。
神を超えるものなんて物語じゃいないだろうに。
気になってる。
早く教えて欲しいもの。
ただ師匠は—————
「これは、また今度話すわ」
「ええ!? なんで!?」
「なんとなくよ」
「き、気になる……」
ただ今度というなら今度なのだろう。
共に生活する日はまだまだある。
気長に待つとしよう。
同時に、その言葉で脳裏に過ることがある。
それは————
(エイラは元気にしてるかな……)
この島において通信機器の使用は出来ない。
そういう造りになっている。
だから持ってた携帯は役立たず、ただの鉄塊、放置してある。
心配をかけて申し訳ないと思う、早く傍に行きたいと切に思う。
(でも俺は強くならなきゃいけない。この手で未来を掴むために)
帰ったら案外、変幻は死んだとか思われたりして。
だとしたらビックリショー、ピエロも失神する復活劇となるだろう。
「とりあえず飲みましょ」
「まだですか?」
「魔法教えてあげる対価みたいなものよ、付き合いなさい」
「それを言われたら。とことん付き合います」
「ふふ。よろしい」
魔法を教える対価なんていうが、そもそも命を救ってもらった恩がある。
それに人としても、尊敬できるし親近感もある。
ここで断るなんてこと、俺はするつり端からない。
「じゃんじゃん飲むわよ!」
「酔っぱらっての魔法攻撃だけは勘弁してくださいね……」
今日も今日とて修行漬け。
過ぎたのならば語り合い。
長い夜を共に過ごす。