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「やばくないっすかこれ」
「……うん」
「しかも手加減されてますし」
「……ピンチ」
俺と先輩に対峙するのは1つの生命体。
それを人間とは表現しない。
それを魔族とは表現しない。
写真で見た謎の存在は、見つけたところで謎のままだ。
見た目は確かに人型、しかしその実力、神に匹敵。
(もしくは、それ以上か)
「————我、善と悪を正す」
声も男か女かも区別できない。
どちらともとれる声音だ。
フェイスについても同様、無駄に整っていて左右均等、完成の完成だが男女の境が見えない。
もうこの際ビジュアルとか外面的要素はどうでもいい。
問題はその力。
能力でも魔法でも神の奇跡でもない。
生まれて初めて体感する異質な力をこいつは使う。
(一体なんなんだ————)
市街戦と昨日は謳ったが被害は相当。
戦闘に巻き込まれて人は確実に死んでいるだろう。
言い訳がましいが、これでもかなり気を張っている。
向こうが本気を出してないだけまだマシ、戦いの長引きで、結構な退避時間を与えられたはず。
(そろそろこっちも全力出さねえとキツイ)
寒いってのに冷や汗。
もう周りに気を配る余力もない。
相手の底がまったく見えない、底なし沼も飲み込むブラックホールの黒さ。
まったく、コイツに巡り合わせた運命を呪おうか。
目を走らせ足を伴う。
こいつに探しに来た今日この時。
出会ったのは数時間前の事だった————
「————晴れてても寒いですね」
「————そだね」
更なるフライトでフィンランド中部へと移動。
標的が潜っているとされる街へと来た。
寒さを感じ能力を展開。
旋回する冷風を遮断、気温を適応に。
「しっかしホントに居るんですか?」
「……私に聞かれても」
「ですよね、探しにわざわざ来たんですし」
謎の存在Xを目当てに訪れた北欧。
第1の目的は確認、それがメイン。
出来ることなら抹殺、出来ないのなら情報を仕入れ退却。
脳裏にはしっかり昨日のミーティング内容が刷り込まれている。
「……始めよう」
「はい」
空間に同調、ただ入ってるくのは人間の気のみ。
魔力や神力といった異質なものは感じられない。
「……歩く」
人にすれ違いながら淡々と。
除雪されたロードを闊歩、同調が終わればリロードして再展開。
その繰り返し、大変地味で退屈、しかし俺の横から見る探索技術は科学を凌駕する。
鍛錬だと思って手は抜かない。
(そういやレネは何か心当たりないのか?)
『……なんのじゃ?』
(何ってそりゃ、俺たちが今探してる謎の存在に決まってる)
『……』
(ふーん、まあ知らないと)
レネの歯切れが悪いような。
気のせいか?
若干不機嫌、これ以上踏み入れても悪化するだけ。
大人しく探索に集中す————
「あ」
だんだんと淡々と動いてた足を止める。
そこは普通の道端。
未知なものは無く、外見に不自然なものは感じられない、そんな平凡の場。
「……どした?」
「今更だけど質問が」
「……なに?」
「その謎の存在がもし仮に、主神級に匹敵するほどの力持ってたらどうします?」
俺たちは今のところ目標を、どっかの魔王、もしくは低位の神だと疑っている。
魔王は兎も角、神を低位と仮定したのは性格を考えてだ。
神ってのは強ければ強いほど傲慢である。
レネ然り、ゼウス然り、オーディン然り。
そんなプライド高い奴等が、そもそもこうしてコソコソ隠れるなんて考えられない。
レネなんかも俺と出会う前は姿を消していたそうだが、ぞろぞろ溢れる人間世界だけは絶対選ばないそうだ。
「……主神級か」
「ええ。もしそれぐらい強かったら」
「……こっちは2人、……流石に逃げる」
「ですよね。俺もそう考えます」
「……結局何が言いたい?」
「俺発見したんです、謎の存在を」
「……まじ?」
「とんでもなく強いですね。ただ気付かれちゃいまして、睨まれて動けないんですわ」
「……ダーティシトー」
感知したと同時に気づかれた。
むしろ相手は俺たちを先に捉えていたのかも。
先輩にすぐ伝達するのもバカらしいくらい。
それぐらい圧倒的であっという間のことだった。
「ほら、お出ましですよ」
「……空間が割れてる?」
「次元を超えた転移潜伏、シンクロに神力流してギリギリ気付けました」
「……逃げれると思う?」
「無理でしょう。あちらさんは疑似テレポート使えるんで」
「……なら戦闘」
先輩が武器創造を行使、その手にナイフを握る。
対して、空間を割って出てきたのは1人、いや、一体の存在。
シンクロ及ばぬ4次元への干渉、神力を張ってなかったら通り過ぎていた。
ただ通り過ぎた方が正解だったかも。
目標が露わになって初めて気づく、これは無理なやつじゃいかと。
ちょっと認識が甘すぎた、緩んだ気を一気に締めなおす。
「我、裁定する者」
「……裁定?」
「我、発見するは不可能なはず」
「まあ能力だけじゃ無理だな。ただ、これでも俺には神様が憑いてるんで」
意外と会話は成立、してるか怪しいがファーストコンタクトはなんとか。
とりあえず外見から。
白と金の狭間、表現しずらいが明るい色の長髪。
身長は俺より若干低いくらい。
性別は不明、声も顔立ちも整いすぎてどっちか分からん。
対して服装は漆黒、どこで仕入れたって聞きたくなるくらい不思議な格好。
近しいものとして、日本神話に出てくる羽衣だろうか。
「で、あんたは何者なんだ?」
「我、裁定者」
「それはさっき聞いたけど……」
「我、善と悪を見定めた」
「っ!」
「……来る!」
同調を全力展開。
向こうさんは急に力を解放してきた。
まだまだ明るい時間、人はそこらじゅうを行き交っている。
こんな街中でぶっ放す気か。
いやぶっ放す気なんだろう、じゃなきゃそんなオーラ出さんわな。
「————裁定」
放つ衝撃破。
途端に空間が崩壊。
その力の負荷に耐えきれず割れてしまったのだ。
あらゆる概念を片っ端から喰らいつくす。
「大地同調!」
すぐさま反応、厚さ100メートル級のコンクリ盾を創造。
しかし相手の攻撃は想像をバックリ飲み込む。
一瞬にして淘汰、文字通り蹴散らされる。
「……そこ!」
ただその一連の間に先輩が奴の懐まで。
技術と速さは超一級。
カウンター能力も揺れた空間に発動、上手いこと加速して突っ込む。
研ぎ澄まされた殺気と刃を迫らせるが————
「裁定」
しかし首には届かず。
またも不可思議な力が発動、先輩をブッ飛ばす。
その衝撃は周りに伝播、建物が倒壊、どこからか悲鳴を響いてくる。
全開の受け身移動、俺の数歩前にユリア先輩がなんとか舞い戻る。
上手いこと流せたよう、流石プロ。
「……連絡は?」
「国連に緊急信号は送りました。ただ内容を伝える暇はなさそうですけど」
「……時間稼ぐ」
「ですね」
簡易操作で国連には緊急事態だと伝えた。
建物軽く崩壊させた今、住民たちも異変に気付きアタフタ動き始めている。
全員が逃げることは絶対に不可能だ。
だが気を配る余力があるうちは、出来るだけの働きをしようじゃないか。
「……行くぞユウ」
「お供します先輩」
銀眼と赤眼は謎へと立ち向かう。
ホームズもびっくり、脳の代わりに力で解決。
かくして戦いは始まった。
「————裁定」
何度目だろうか、身体が吹き飛ばされる。
それは引っ張ったゴムを離したみたいな衝撃。
風で身を堅めながらも、建物をこの身が貫通させていく。
「……刻印!」
だがすぐに舞い戻り。
手を抜けば死ぬところまで到達してる。
レネやエイラ以上の戦い、間違いなく生涯で一番キツイもの。
刻印で風槍を生むが、謎には、裁定者と名乗る者には届かず。
当たるも何も、触れた瞬間に消されてしまう。
俺とユリア先輩を相手にしてノーダメージ。
(なにが裁定者、お前の存在が一番反則で不平等だっての!)
ここまで手も足も出ず。
正確には出したが意味を成していない。
風を網で捕まえるぐらい不可能な話。
一方的で一極的な戦況だ。
「先輩あとどれくらい行けます?」
「……もうキツイ」
「やっぱそうですかって、攻撃来ます!」
「……っち!」
三言以上の時間はくれず。
しっかしあんだけの猛威振るって、なんて無表情、なんて涼しい表情。
これは勘だ、信じたくない、だが思う、ヤツはまだ1割の力もだしていないと。
少ない経験でも心底そう感じた。
なのに俺とユリア先輩はもう退場ギリギリ。
胃がキリキリするなんて間もなく、あの世に引っ張られそう。
(これ、もう本当にダメなやつだ……)
政府の支援も望めない。
コイツを止める手段はきっとない。
俺のこの脳みそでは打開案1つも思いつかないのだ。
ただ1つ良かったことが。
それはエイラを連れてこなかったこと。
(好きな奴が死ぬのは見たくないんでな)
もう死を覚悟してる。
たぶんダメだって。
気合云々じゃ突破は不可能、見えない彼方向こう、宇宙まで届く壁の高さ。
「裁定」
「っぐ!」
こうして身に叩き込まれるハードパンチ。
もはや成されるがまま。
もう血は吐きまくって思考に血液回せない。
せっかく聖女に治してもらった身体もズタボロ。
ボロ雑巾と言われても反論はできまい。
「……まさかここまでとは、ホントにツイてねえな」
「汝、不思議」
「……あ?」
「汝、三種の均衡を保っている」
「……なに言ってんのか分からんわ」
神力は使い果たし、レネとの接続も切れた。
今の消費もそうだが、一番の原因はエイラとの試合での高負荷にある。
俺の代わりに、神でありながら神殺しの槍を受けたのだ。
顕現も出来ない状態に追い込まれていた、でしゃばる余裕は元からなかった。
「汝、眠れ」
「……死ねってこと、か」
ここが死地だ。
そう宣告される。
キツイ現場を経験しにきてこの始末、いや廻り合わせが悪かったのか。
もう先輩がどうなったのかも分からない。
自分のこともキャパオーバーで投げ出す。
そんな中で思うのはたった1つ、エイラのことだ。
(こりゃ帰れそうにない、アイツには悪いが————)
いかせん相手が強すぎた、もはや強さという物差しでは測れないところに。
格なんて甘いもんじゃない、次元が違うのだ。
アリとゾウ、いや、石ころと宇宙、もしくはそれよりもっと先か。
常識と非常識を超えてそれは実在している。
「ごめんなエイラ、俺は一足先に————」
届かないであろう声を発す。
最期の言葉、最高の相棒、最愛の恋人に。
ただ俺がつけようとした終わりのピリオド。
それは完成を目前に、書き途中で強制中断される。
突然に、途端に、唐突に現れた彼女によって。
「煉獄魔法! 天獄乖離!」
真白と真赤の合わさった強烈な一撃。
虚ろな意識でも、とてつもない威力だと感じ取る。
俺に流れる力が教えてくれる、それは魔法だと。
極大な巨大魔法が謎の存在を俺から反対へ押し返した。
(あのビクともしなかった奴が吹き飛んだ……、今度は一体どんな怪物が……)
「————久しぶりだっていうのに、相変わらずボロボロね」
謎の存在をブッ飛ばす実力を持ちながら、余裕の心構え。
カツカツと音を鳴らし歩み寄ってくるのは1人の女性だ。
黒の中にも薄く紫がかった長い髪、おとぎ話に出てきそうなトンガリ帽子、瞳は紫に輝く。
その持ち得る力は神にも匹敵。
そんな彼女は俺に魔法の力を授けてくれた人。
「し、師匠……」
「まさか裁定者と弟子が戦ってるとは、私ビックリよ」
「なんで……」
「可愛い弟子を助けに来たのよ」
「じょ、冗談を……」
「本当よ。なにせ私、貴方に期待してるもの」
久しぶりに会った師匠は相変わらず飄々と。
その整った顔立ちは、穏やかに微笑んでいる。
ただ視線を動かし、つまりは裁定者を飛ばした方。
そこを見る目はまるで日本刀の切れ味、とてつもなく鋭い。
「汝、魔女の生き残り」
「久しぶりね化物」
「我、裁定す」
「同じことしか言えない人形、とりあえず死んどきなさい」
そうして輝く紫の魔法陣。
飛び出すのは炎やら氷やら雷やら、超級魔法のオンパレード。
容赦ない攻撃の津波が放たれる。
「今のうちにここを去りましょう」
「……倒したん、じゃ?」
「まさか、あんなの掠り傷にもならないわ」
「……まじ、か」
「さあ飛ぶわ! 空間魔法! 転移!」
師匠に手を添えられ、師匠と繋がる。
地に伏せる身体の下、大地に描かれる紫文様の陣。
輝きに飲まれると同時、俺は意識を手放した。