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「……さむ」
「ロシア育ちが何言ってるんですか」
「……あったかくして」
「はあ、大気同調」
ユリア先輩の依頼を受けた俺。
イタリアで一度合流し、向かったのは北欧がフィンランド。
雪降る妖精の国が仕事の舞台だ。
「……ユウは便利」
「もしかして寒さ対策に俺連れてきたんですか?」
「……それもある」
「堂々と言いますね、まあいいですけど」
11月に突入、気温はマイナスを切るかギリギリのところ。
イタリアより断然寒い。
豪雪なんてことも無いが、ハラハラと白い結晶が降る。
降り立ったヘルシンキの街並みも薄白色だ。
乱雑に切られたユリア先輩の白髪も、何時もよりかは目立たなく感じる。
「……とりあえずホテル」
「今日は何もしないんでしたっけ?」
「……打ち合わせだけ」
ぶっちゃけた話、俺はユリア先輩から仕事の内容を全然聞いていない。
話してくれなかったというのが正しいか。
この初日はミーティングに費やすのみ。
意外とスローペース、学校が1週間休みでも依頼の期間は未定なのだから当たり前。
まさか学業に合わせて急ぐはずも無し、万全を期す。
(それに学校に間に合わなかったとしても、政府の依頼ってことで出席考慮してくれるらしい)
聞いて安心、やるのも安心。
つまりマインドは平穏、ただ気温湿度、周りの環境はどうか。
能力で寒さを断絶しているとはいえ、イタリアからフィンランド、暖房効いた部屋に行きたいのが正直なところ。
一旦気を休め、この国に身体を慣らさねば。
そうして事前に予約を取っていたのだろうホテルへと向かう。
数十分歩いて目的地に。
「……着いた」
「ここですか、しっかりホテルしてますね」
「……しっかり?」
「エイラと旅したときは、ほぼ毎日野宿だったんで」
「……バカ」
先輩が気温に対する能力を持っていないということもあるが、やはり同じSS級でも野宿は極力しないそう。
しかも雪積るロシアでと言ったら、そりゃもう嫌そうな顔。
曰く絶対御免らしい。
今いるホテルについては高級でもなく低級でもなく、丁度いい感じのミドルクラス。
この時期ながら観光客もチラホラといる。
(街観光っていうよりも、オーロラを見に来たってところか)
荷物には三脚、首にはカメラをぶら下げと。
かの有名なオーロラを観測しに来たのだろう。
11月も初日、今だったらまだ間に合うな。
「……チェックイン」
「してきますよ」
「……たのむ」
(どう考えてもその身長じゃ受付に届かないでしょうから)
俺の胸元にギリギリ到達するかしないかのユリア先輩の頭頂点。
身長が高い欧州人、彼らに合わせ造りも高めの仕様。
ハイ・トールでハイ・モードだ。
ただ先輩の見た目は完全ロリ、受付さんに怪しい目を向けられるが、俺のメンタルは鋼鉄で出来ているから大丈夫。
なんとかチェックを済ませたならレッツゴー。
上階へとシフト、指定された部屋へと向かう。
「ていうか同室なんですね」
「……なにかあった時のため」
「そりゃまあそうですけど」
「……ベットは2つあるから大丈夫」
「そうじゃなきゃ困ります。流石に同じベットで寝るのは厳しいっていうか、エイラに知られたら殺されるんで」
「……そっか、……結婚おめ」
「まだしてないですよ」
俺とエイラの関係は世界に発信されている。
指輪のことも先輩は知っていた。
それにしては軽い祝福。
まあ先輩なりに祝ってくれているんだろうけど。
(緊急時に備えて同室は仕方ないか、そもそもホテル確保してくれたのも先輩だし、文句を言える立場じゃない)
ゴールインの話は置いといてルームイン。
これといった特徴のない部屋空間。
ベットが2つ、あともテンプレ通りの造り。
扉閉めて回す鍵、一応の施錠行為。
捻れば曲がりそうな錠をとりあえず働かせる。
「……周りに怪しいのいる?」
「今のとこ感じてないです」
「……私も、……後は空間把握よろしく」
「了解です」
大気を同調。
周囲一体を支配下に、あらゆる熱源を感知し敵がいつ来ても大丈夫なように。
また空間の波長を弄って、音を外部に漏れないように。
ここは密室、不可視なる鎖張る絶対領域の完成だ。
「……改めて仕事の話」
「やっとですね」
「……ちなみに難易度はSSS」
「一発目に凄いカミングアウトですね」
「……あくまで暫定」
「でも超高位の魔王討伐に匹敵する可能性もあると」
「……うん」
人外を相手にする場合、その仕事には能力同様ランク付けがされる。
ユリア先輩が言ったSSS級とはその中でも最高難易度。
ただ情報少なく、あくまで仮定の格付け。
気を引き締めるためにも、あえて高く見積もっているらしい。
「……これ」
「写真ですか、学園祭で見たやつと一緒?」
「……それに追加」
ユリア先輩が見せてきたのは数枚の写真。
学園祭の時は1枚見ただけだが、それはぼやけていて何かわからなかった。
ただ投下される詳細資料、領分は拡大する。
「これは……」
改めて露わになる仕事の全容。
新たに見せられた写真の内容、それは殺戮現場だった。
一般人が見れば吐き気を催し、見続けることは困難になるだろう。
飛び散った脳や臓器が大地を覆っている。
(だけど一番気になるのは————)
「この死体の山、人間だけじゃないですよね?」
写真を見た感じ転がっているのは人間、だけのように思える。
しかしだ、グチャグチャの肉塊の中には、魔族の特徴たる角や翼が混じっているようにも。
パッと見で殺戮劇には人間だけでなく、魔族も踊っていると感じた。
相対する、何時もぼんやりした赤眼も鋭く締まる。
どうやら俺の問いかけは正解だったらしい。
「……撮られたのはフィンランドの北」
「北部にいる魔族って言えば、海特化のゴブリンですか?」
「……いえす、……人間は近くに住む地元民らしい」
「単純に人と魔族の抗争、共死にとかじゃ?」
「……それが違うっぽい」
そしてここぞとばかり、最後に提示される写真。
原点に回帰、それは俺が学園祭で見せてもらったボヤけたものだ。
たぶん人型、ギリギリ生物かなと分かる程度の解像度だが。
「……犯人はコイツ、かも」
「かもって、また曖昧な言い方ですね」
「……国連の連中はそう判断した」
「つまり俺たちはそれを確かめにきたと?」
「……その通り」
「なーるほど」
人間も魔族も見境なく、殺戮をした謎の存在がいる。
いると予想している。
まあそこに至るまでには幾つものプロセスがあったんだろう。
詳しいことは政府の奴等しか分からない。
ただ最終確認はこの俺たちがしに行くと。
これ今更ながら、死に逝く可能性めちゃくちゃ高い案件じゃないだろうか。
「やっぱエイラ連れてきた方が良かったんじゃ?」
「……殺戮の後は南下、……都市に潜ったらしい」
「っげ、マジですか」
「……もしやり合うのなら市街戦になる」
「市街戦、確かにエイラじゃ厳しいですね」
潜伏をする理由は簡単、身を隠したいから。
事前に避難勧告をするのはリスキー、相手にどういう行動を取られるかわからない。
そんな状況下、人が退避しきれない中で振るうエイラの力は自爆に等しい
「でも先輩、もし本当に実在するのなら、クソ強いですよコイツは」
人と魔族が描く死体のコントラスト。
描き出したのは何者か、タダ者でないのは直感で理解。
最低でも高位魔王クラス、もしくは神ということもあり得る。
そんな力を持っていて群衆の中に潜伏とは、一体どういう神経している?
何が目的、俺たちは一体何と相対してるのか。
「潜伏予想地点は?」
「……中部のロヴァニエミ」
「結構な都市ですね」
「……逆にもう居ない可能性もあるけど」
「次の場所へ移動してると?」
「……うん、……とにかく行ってみるしかない」
自分の中に嫌なフラグが立つ音がする。
それも今までの中でトップクラスのやつ。
「……ユウの仕事は探知」
「同調、それと神力で探すと。地味にツライやつですね」
「……私は主に戦闘、……探し中のユウを守る」
「索敵に全力を、分かりました」
この後も細かい指示や、特定のシチュエーションに対する行動など、案を煮詰めていく。
しかし話し合っていて実感。
やっぱりユリア先輩はプロ、その作戦、その考えには見習うべきことが多い。
一度は同じ隊、最強の脳筋に属していながらも、ここには冷静なプランが並び立つ。
その綿密な打ち合わせは星が真上に輝くまで続いた。