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「いつつ……」
学園祭が打ち上げの舞踏会。
軋む身体を奮起し会場へ向かう。
ただいくら聖女に治療してもらったと言えど重傷は重傷。
衣装の下は包帯によって完全支配下に。
ミイラの身体、纏った棺桶、ただ魂は何よりも輝いている。
その輝きだけは、砂漠に眠るサファイヤに匹敵と自負。
(まあ周りにはだいぶ距離を置かれてるけど)
周囲には同じく参加者であろう生徒の姿がチラホラと。
みな黒衣装なりドレスなり着込んでキラキラと。
ただ服装に多少の違いはあれど、俺から2歩引いた姿勢は等しく同じ。
(あれだけ試合を派手にやったから、そりゃ近づきにくいわな)
仕方なし、取り繕いは形無し。
良くも悪くも視線を集める中、始まりの場に向かう。
時間はそこそこ、殆どの生徒はもう集まっているだろう。
踏み入れる、打ち切れるゲートをギリギリ入場。
会場には群衆、無限に思える視線が俺に向く。
(見られすぎだろ……、あと大体はクラスで固まってるかんじか)
もしかして俺の恰好が可笑しいのか。
特に笑われている気もしないが、なんとも見世物、ダビデ像を体験。
そんな溢れ騒めく集団、僥倖にもその中に見知った奴を見つける。
「っよ、トニー」
「お! ユウ!」
「もう歩けるんすか、流石っすね」
「ザックもいたか。そりゃ聖女に治してもらったからな」
治りが速いのも納得。
後はエイラに痛み耐性を強化してもらったくらい。
それでも、かけてもらってから時間はそこそこ経つので、効果が薄れ始めてはいるが。
「にしても……」
「ん?」
トニーとザックが周りと同じような視線を俺に向ける。
侮蔑とか差別とかマイナスな意味合いは感じない。
ただ審査するような、伺うような、改めて観察するような。
俺の頭から足の先まで、疑似X線が表面を捉えるよう。
「いやさ、すげー燕尾服似合ってんなあと」
「……ああーこれか、エリクソン・グループから贈られてきたんだ」
「なら絶対高いやつっすよそれ」
「値段は聞いてないけど、まあ安物じゃないわな」
メンズドレスコードの正装は黒燕尾に白ネクタイ、つまりはホワイトタイ。
目の前に居るトニーやザックもそれに倣っている恰好。
だが俺に送られてきたのは一風変わったものだった。
燕尾服は青と黒を混ぜたツートンカラー、結ぶのも深い青の布生地。
一般的には非常識の風体だが、トニー達の反応見る限り悪くはないようだ。
「あら、後先考えない暴走男のヨンミチじゃない」
「る、ルチア……」
背後から現れたのは赤いドレスを着たルチア。
紅の髪に真紅のドレス。
男に比べ自由性の高い服装、その中でもなかなか目立つ部類だと思う。
「まったく今日のあれなによ、観戦で死を覚悟したのは初めてだったわ」
「す、すまん」
「それに————」
お世辞言う暇なくお説教。
似合ってるの言葉も正論に尻込み、そのままペシャンコに。
ちゃんとした彼女の性格、折角の舞台にもぶら下げた警棒は健全だ。
「まあまあルチア、今日は無礼講」
「説教は明日以降にするっすよ」
上昇気味のフライトに炎が襲ってくるが、友たちの追い風。
ビュンと吹き飛ばす。
それを聞きここまでと、ルチアも今日はと手を引く。
(そこまで真剣に怒っているわけでもなさそうだし、冗談半分ってとこか……)
だが大口叩いて負けた俺からしてみればメンタルダメージは抜群。
トニーやザックが敗北に触れないようにしてるのは静かに察し、不可視に届いてくる慰め百文。
ただ今回については明日以降になじってくれるそう。
どういう理屈か知らないが今は勘弁してくるらしい。
「てっきりフォード先輩と来ると思ったけど」
「エイラは準備に時間かかるらしくてな」
「そこは待つのが男だろうよ」
「いや、俺もそのつもりだったんだが、むしろ先に行けって怒られたんだよ」
話していたら旅立つの遅くなった医務室。
気付いたら迫っていた時間、失踪するかのように疾走し帰宅。
ハイスピード着がえ、机にしまった小さな箱もポケットにしまう。
ただエイラは母親にドレス着るのを手伝ってもらうらしく、遅刻は確定。
それに直ぐ姿を見せるのは恥ずかしいと言うことなので、こうして先に来る。
また精神的猶予をエイラに与えたことになる。
『あーあー、マイクチェック、マイクチェック』
壇上には会長が登場。
チェックも過ぎ、いよいよの本編スタート。
いや、学園祭の締めくくりということを考えれば、これが最終章か。
しょうがないが最後の宴、ここまで実に早かった。
『学園祭お疲れ様、皆のお陰で大成功に終われたと思う。この————』
マイクを通し総評的なことを。
流れるように舞踏開会の言葉、緊張も解れ皆気ままに動き出す。
ただぶっちゃけたところ俺は楽しめる程の余裕がない。
ポケットに入れた数グラムが数百キロにも感じる。
これのことで頭はグルグル、相棒のエイラもまだ来ないことだし、未だに緊張はループ状。
「トニー達は躍らないのか?」
「野暮なこと聞くなよ……」
「相手いないっす……」
「お、おう」
なんでも今日は飯を食いにきたようなもんらしい。
手には料理山盛りの皿を乗せている。
「もう周り踊り始めてるっすけど、フォード先輩まだ来ないっすか?」
「まあ、そろそろ来て欲しいんだけどな」
「ユウも相手無しか。よし、俺たちの非モテ同盟に入れてやろう」
「いや遠慮しとく」
「連れねえなあ……」
そんな面白そうな同盟に入るつもりは毛頭ない。
いや今日失敗したら考えてもいいか。
とりあえずお断り、悪りいがイベント控え中。
「って、なんか入口あたり騒めき始めたっすね」
「ホントだなあ」
「……来た」
「は?」
「来たみたいだ」
深い森の如く乱立する人と人。
その人を驚かせ淘汰する来訪者。
群衆のせいで目には見えない。
ただ直感、アイツが来たと。
不可視の中でも心は通ず、能力も何も使っていない、だが分かるんだ。
「お、おいおい」
「割れていくっす……!」
モーゼが海を割ったように、視界遮っていた人の波は真っ二つ。
俺へと続く1つの道が完成。
レッドカーペットならぬヒューマンロード。
黒と無数の色が壁に、色彩豊かな通り道。
覇気放ちつつ堂々と歩く、彼女はそうして俺へと向かってくる。
「うおぉ……」
「すごいっす……」
唖然とする、驚愕するのも分かる。
なんせ俺が今言葉でない状態。
いつものズボラファッションは何処に行った?
いつものバカっぽい表情は何処に行った?
驚天動地で天変地異、その美しさとギャップに地球もひっくり返る。
「————待たせたな」
言動と声だけはいつも通り。
しかしその出立。
白を基調としたドレス。
普段しない化粧は薄っすらと、黄金の髪も軽く結いて1本に。
こういう時、よくドレスが似合っていると誉めるのが常、ただエイラは完成していた。
似合っているどうこうの話じゃない。
完璧、それしか言えない、それしか当てはまらない、それしか思えない。
「……」
「どうしたユウ? おーい」
「あ、ああ」
「何を呆けている? いや、私の恰好に見惚れたか?」
エイラはふざけたように言う。
冗談とばかり。
ただここに居る誰もが、その中でも一番に俺が理解してる。
その問いに対する答えを。
「いや、その通りだ」
「な……! じょ、冗談で言ったんだが……」
「エイラ、綺麗だ」
「……そ、そうか。う、嬉しいぞ!」
もう体面作ったところで意味はない。
今日こそ言葉をぶつける日、霧で隠すことはしない。
俺の素直な感想にエイラは照れ気味。
だがこれが本心、本気で本当で本音で本懐だ。
「じゃあ、お願いできるか?」
約束を現実に。
アメリカに旅立つ前の契りを履行する。
履行なんて形式ばっちゃいるが、正直どうでも。
モーメント、この瞬間を1秒でも大切に。
手を差し出す、聖剣掴んだせいで傷だらけ、そんな不格好なこの右手を。
「ああ、喜んで」
エイラは躊躇うことなく握ってくれる。
力強い手、聖剣握る手、だがそこからは想像できないような繊細さ。
白く、細く、美しく、そして気高い。
黄金の髪は揺れ、視線は重なる、青い瞳が俺を見通す。
旋律が心と鼓膜に響いて、静かに身体は動き始める。
痛みを忘れ、世界に没頭、不安だった気持ちは遠く星へと消える。
四肢は躍動、夜を彩る無数の色、目と目間数十センチ、俺にはエイラだけが映っていた。
「ふう、流石に疲れるなあ」
「あの試合の後だし、仕方ない」
「言う割にはユウは躍るの上手かったな」
「躍るのなんて試合に比べりゃ楽さ。そういうエイラも普通に踊れてたじゃんか。むしろレベル高すぎるくらいで」
「まあな! これでもお前が居ない間に練しゅ、あ! いや、鋭い感覚を持っているからな!」
「なるほど。感覚のお陰ね」
「ほ、ホントにホントだぞ!?」
「分かった分かった」
エイラは細かい動きが苦手だ。
ただあの動きは初めて躍るなんてものじゃなく、華があって美しかった。
一朝一夕で出来る練度ではない。
まして感覚だけでなんて、流石のエイラでも出来ないレベル。
(ニューヨーク行ってる間にか、まったく、俺はつくづく幸せもんだな……)
沢山の人と出会い、沢山助けられて。
エイラには一番助けられたんじゃないか。
全てはイタリアに来てから、エイラに出会ってから、新風が起こした軌跡。
走馬灯のように思い出し、深く染み渡る。
「エイラ、外行かないか?」
「ん、息抜きか」
「ああ。ちょっと散歩しよう」
「いいぞ!」
エイラの手を引き会場外へ。
喧騒から一変、人の居ない街灯だけの世界に。
今までの思い出を浮かばせながら、時はゆっくり経っていく。
見上げれば出会った日と同じ、空には三日月が出ていた。
高鳴る心臓、静けさの中に言葉を落としていく。
「なあエイラ」
「どうした?」
「俺はさ、お前に感謝してる」
「感謝、か……」
「お前が居なかったら、俺はここまでこれなかった」
「それは私も同じだぞ。ユウがいたからこそ今の私がある」
イタリアに来る前は、脳筋として名高いコイツに会いたくなくて仕方なかった。
どうせ面倒ごとに巻き込まれると、メリットなど何もないと。
だが案の定フラグは立ってしまい、もれなく戦闘。
そこから物語は始まった。
しかしこんな思いを抱くと想像できただろうか。
認めない時期もあったが、今となっては必然だったように思える。
覚悟を決め、ゆっくり歩いていた足を遂に止めた。
つられてエイラも静止、前を向いていた顔をエイラに向けなおす。
ここが岐路、何百何千キロと続いた道、1つの分岐点だ。
「伝えたいことがある。聞いてくれると有難い」
ふつふつと出てくる色んな記憶。
旅をした。変な魔物を食った。共に魔王を倒した。世界を獲った。邪神も倒せた。これでもかって一緒に過ごした。
ズボラな性格に怒ったことも多い、ただ何時も笑って返すもんだから、つい許してしまった。
エイラが心を開いてくれたからこそ、自分の弱さを初めて打ち明けることができた。
「エイラのお陰て毎日が凄く、凄く楽しかった。本当にありがとう」
まずは謝辞を。
今まで言えなかったが、俺の生活を支えてくれたエイラに。
面と向かって言うのは初めて。
この思いに偽りはない、心の底から感謝している。
だが、俺が一番伝えたいことは別に。
「俺は、お前の————」
幻が現実に形作る。
言葉出すのに精一杯で思考は止まりかけ。
だが口は止まらない。
ここまでの礎、思った言葉を全部吐いていく。
「脳筋なとこ、不器用なとこ、大食漢なとこ、強いとこ、そして優しいとこ————」
エイラのいいところを言い始めたらキリが無い。
全部が全部、俺にとっては輝かしく、そして愛おしい。
ただ沢山重ねても分かりにくい、脳筋なら一言で。
「エイラ、お前が大好きだ」
ついに出すその言葉。
ここまでたどり着くのに掛かった時間。
ようやく、ようやく俺は真正面から言えたのだ。
「……っ」
「え、エイラ?」
ストレートに送った心、エイラのこと、バッサリと返答してくると思っていた。
しかしエイラは泣いていた。
瞳から落ちる滴の流れ。
これはあれか、失敗だろうか。
届きはしなかったのだろうか。
目線は少し下降線、ただ完全落ちるのことはしなかった。
「これは、悲しい涙じゃ、ないぞ」
「え?」
「ちょ、超ハッピーな涙だ。まあ、泣く気は無かったんだがな、自然と」
「じゃ、じゃあ……」
銀と青は交じり合う。
そこには真実しか存在しない。
涙は上がり晴れ模様、月はその表情をハッキリと照らす。
「私も、ユウのことが大好きだ!」
夜と静寂ははじけ飛び。
停滞していた時間は現実と結びつく。
岐路での選択は終え、先へと進む。
思いは遂げた。
「な、なんだか恥ずかしいぞ」
「やめろよ。こっちまで気恥ずかしくなる」
夢は叶えど張り詰めていた糸が切れる。
不安から一転、なんとも言えないこの感情。
あまり実感が湧かない。
浮遊城、まるでおとぎ話に潜り込んだよう。
だとしたら、エイラが姫で、俺が、いや止めておこう。
俺もエイラも脳筋、それでいい。
ポケットから取り出すのは1つの小さな箱。
物語は1つの輪でしっかり閉じる。
「それは……」
「だいぶ遅いけど、ニューヨーク土産だ」
「ユウ……」
「告白して直ぐこれじゃあ、重いかもしれないけど」
「いや、いいや、そんなことはない」
「おいおい、また泣くのか?」
「っく、お前のせいじゃないか……!」
「はっはっは、そりゃ悪かったな」
開けてないながらも、どうやらエイラは理解した様子。
後押ししてくれたシャーロットには感謝しなくては。
早いも何もない、このタイミングで最後まで伝えられた。
「だが本当に私でいいのか? 自分で言うのもなんだが脳筋、他にも……」
「俺はエイラがいいんだ」
「後悔しても遅いぞ?」
「する気も無いさ」
取り出す1つのリング。
宝石飾は皆無、華やかは正直ない。
だがこの何もない、素のままであり続ける姿、武骨なまでの直線思考。
これが俺とお前を表す、最高の形だ。
「ずっと一緒にいてくれるか?]
「無論。むしろユウが私に付いてこれるか心配なくらいだ」
「なーに安心してくれ。何時かは追い越す」
「ふふふ、そうか。それは楽しみだな」
リングは同調、その細い指にピッタリはまる。
新たな約束、エンゲージをここに。
「————エイラ」
その身を引き寄せ、そして重なる。
甘い香りが通り抜けて、駆けていく。
触れ合う身体が、エイラを何より傍に感じさせる。
出会ったときと同じ空の下で、この思いは現実となったのだ。