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「————エイラ!」
「————ユウ!」
刀と剣は軌跡を描く。
描いた先に仕留める相手。
手合いを越え死合いに昇華。
軋む空間、旋風は裂かれ、眼には光の残像が。
「経験同調!」
『ユウ! これ以上は……!』
「重ね経験同調!」
『かあ! 死んでも知らんぞ!』
キャパをオーバーして経験を行使。
公私混同、レネは俺と共に。
握った刀、結んだ拳、敵は目の前にいる。
「速度強化!」
「大気同調!」
瞬間と瞬間が交差する光の世界。
速度は常識を越え、凡人は置き去りに。
ここは俺とエイラだけしか存在しない。
「地を起こせ! 大地同調!」
ただ理性を失ってはいない。
加熱していく中でも、核は融点手前で耐え忍ぶ。
隙を、いつか訪れるチャンスを待って。
最低限で最善の状況把握、大地を浮かせ足場を崩す。
まるで天空上、ガレキとなった人工物の大群が視界と間合いを埋め尽くす。
「レネ!」
『っ任せい!』
浮いたガレキ、障害物が目標への目隠しに。
ただそれは意図的、力任せの真っ向勝負じゃこっちが不利。
同調が舞台を制覇、青い粒子が彩るそこはまるで美しき聖夜。
加速するスピードと脳回路、レネが身体を動かし迷路の中を突き進む。
「ここは俺の世界だ!」
障害の出現により、今までよりコンマ数秒遅れるエイラの動き。
ただ俺はこうなることを察知、いや俺がこうしたいからこうした。
躍れ、俺の手のひらマリオネット。
加速と考えが混じり、まるで瞬間移動の如くエイラの背後に周りこむ。
「ぶっ飛びやがれ!」
「っ!」
背中に叩き込む神力纏ったミドルキック。
エイラの背には爆弾なみの衝撃。
そのまま延髄ブチ折るくらいに。
「っ強化……!」
「逃がすなレネ!」
『当ったり前じゃ!』
神力かなりつぎ込んだ、流石に苦痛の表情。
男女平等主義の究極体。
遠慮なしに追撃追撃追撃。
(この機は逃さねえ!)
身体操るレネが人体における急所を的確に正確に攻める。
額、目、顎、首、心臓、肝臓、腎臓、上腕骨が隙間、肘後部からアキレス腱に至るまで。
殺人刀の容赦ないオンパレード。
「っさせん!」
ただ野生の感性、崩れた態勢であるはずが殆どを弾かれる。
本来くるはずのない所から聖剣が出てくる。
なんてデタラメ、不可視なる攻撃に回避を余儀なくされる。
結果として急所攻撃は失敗。
ただ肩や脇、太腿は銀刀が軽くだが切り裂いた。
傷口は鮮血を垂らすと共に銀へと変化する。
「なんつー動きだよ……」
銀化させた身体部位には強化は及ぶまい。
つまりは若干の腕力低下とスピード減退を引き起こせた。
エイラにとっては些細なことかもしれない。
しかし塵も積もれば山となる。
攻略の手は鈍足ながらひたすらに進む。
「————まだまだこれからだぞユウ!」
「————望むとこだ」
浮いていたガレキは沈下、観客にも全貌明らかに。
ただ、もはや彼らには何が起きているか分かるまい。
刀を構えなおす。
剣を構えなおす。
瞬間的な戦いから一転、刹那に訪れる停滞の時。
仕掛けるタイミング、間合いを見定める。
「「…………」」
ジリジリと視線をぶつける。
心臓が潰れそうなぐらいストレス負荷。
ただ押し潰れるわけには、少しでも気を抜けば首が飛ぶ。
『ユウ』
(なんだよ)
『真向から行けば獲られるぞ』
(なに……?)
『感じるじゃろうが。聖剣使い、これまでで最高の覇気を放っておる』
(つまりは突っ込んだら……)
『負けじゃ』
どうやら一定間合いでの見定め、このまま刀剣で戦闘再開したら負けは確定のよう。
確かに、俺だって感じている。
エイラが今最高の状態、狂喜と狂気の最高点にいると。
踏み込んだら、死ぬ。
0から1へのシフトに劣勢なのは分かった、なら————
(重力反転!)
「なんだ!?」
加重があるなら逆も然り。
マントルを逆さま、不意打ちの逆手打ち。
この場を疑似的な宇宙空間に変化。
ただ世界事象への干渉が大きすぎる分、ほんの少ししか使えない。
だとしても、その踏ん張っていた足、見事に地を離れるではないか。
共にグラつく態勢、居合切りをするかのように張っていた神経の乱れ、気迫していた空気も軟化する。
(エイラの集中が揺らいだ今が————)
「大気同調!」
自分の得意な分野、距離、攻撃は心得てる。
このまま再びの剣戟に入る前に。
浮かした身体そのまま、あえて突風を自分にぶつける。
逆らうことなく吹き飛び、観客席、エイラの反対側へと。
間合いの距離は数倍化、レンジを言うなら長距離に、それは俺が得意とするところ。
「輝け刻印!」
キロメートル単位で生まれた距離という名の猶予。
即座に反応したエイラが迫ってくる。
ただそのまま近づけさせるわけも無し。
魔力を左手に集中、背後に創り出す無限の魔法陣。
「魔女王の力ここにあり! 神殺しの槍と今混ざり合う!」
無際限に生み出した魔法陣、それは1つ1つが噛み合い、まるで歯車のように働きだす。
今日まで魔法の練習を密かにしてきた。
師匠に比べれば雑でみっともない形かもしれないが————
「付加魔法! 紫の幾風槍!」
ただ風の槍を多数放つだけじゃない。
風は紫を帯び威力を増大、魔法が俺に力を貸す。
舞台を紫に染め上げ、津波のようにエイラに襲い掛かる。
その光景、まさに天変地異。
「真開闢強化! 必殺脳筋技————」
ただエイラも黙っちゃいない。
強化の最終形態を使用。
月との激突でさえ可能に。
ただその情報もだいぶ前、もしかしたら月以上、太陽との激突にも耐えるかもしれない。
「聖剣フルスイング!!」
野球のバットと同じ、全力の一振り。
津波の如く押しかかる魔の風槍、真正面から跳ね返さんと。
「私は絶対に負けなあああああああああい!」
轟。
超特大ホームラン、津波からの生還法たるノアの箱舟も貫く聖剣の一撃。
魔法の歯車はハンマーで叩き割られたように砕け散る。
エイラは押し勝ってしまう。
ただそんな凄まじい神業、俺は誰よりも成し得るだろうと信じてたさ。
「エイラアアアアアアアアアアア!」
津波に乗じて突撃。
魔風槍が通じぬ時点でネタは底をつく。
閃光の一迅、ありったけの神力の注いで刀を叩きつける。
「ふっふっふっふっふっふ!」
「なに笑ってんだよ!」
「ユウこそ!」
「そりゃ面白れえからな!」
グチャグチャの思考、唯一保っていた核も熱気で爆発。
接触により戦場の世界も凄惨に。
肉も骨も斬らせて首を断つ、大丈夫、骨なら気合で持ちこたえるさ。
「大好きだぞユウ!」
「俺もだよエイラ!」
皮膚に剣が侵入、肉と肉の間に切れ込みを。
噴水のように吹き出て全身真っ赤、頭部からも血が流れ目に染みる。
「っふん!」
聖剣弾いたと思えば左手のボディーブロー。
鳩尾クリティカル、脳に痛く響く粉砕音。
(今のでアバラ4、5本持ってかれた……!)
こみ上げるナニカを必死に抑え込む。
エイラみたいに神経強化できるわけじゃない、アドレナリンやらなんやらに無茶頼み。
歯を食いしばり剣戟謳歌。
どれほど続くか我慢比べ、1秒、10秒、100秒、重ねていくが時間が単一化。
(やばい、意識がボヤける……!)
『踏ん張れい! 負けて良いのか!?』
(嫌に、決まってんだろ……!)
だからここまで登って来た。
コイツに勝ちたくて、コイツに背中を見せたくて、コイツに思いを伝えたくて。
過ごした毎日走馬灯、当然の如く一緒にいた今日この日まで。
腹を抱えた日、自分を語った日、共に世界を獲った日。
色んな、色んな事があった。
「動きが鈍って来たぞ!」
「お前だって! 剣が軽くなってきたんじゃないか!?」
大口叩くが、劣勢の一言。
エイラの剣が軽い?
ふざけんな、滅茶苦茶痛くて泣きそうだよ。
語る中で交わす刹那の剣技、いや、それはもはや殴り合い。
技術も経験もあったもんじゃない、ただの、シンプル過ぎるほどの感情のぶつけ合い。
「そらそらそらそら!」
「……っ」
全身駆け抜ける聖剣の乱打。
手数が完全に上回られ、致命傷を防ぐのに精一杯。
誰が見ても明らか、俺の負け筋は明確に。
きっと剣を振っているエイラが感じているだろう、この身の限界を。
「これで————!」
エイラがここ一番の剛剣を放つ。
もの凄いパワー、もの凄いスピード。
避けること出来ず、聖剣は腹を貫通。
俺の身体を穿った。
血が大量に流れる、もう痛みすらも感じない。
「さあ、私の————」
「……勝ち、ってか?」
「っしま! まだ眼が!?」
勝利を確信、つい緩んだ緊張感。
確かに致命傷、普通だったら死んでるかも。
だがな、俺はこれでも脳筋の端くれ。
不可能も可能に変えてやる。
腹に刺さった聖剣、それを抜けないように両手で掴む。
研がれた刃が手を切り裂く。
「は、離せユウ!」
「嫌、だね」
「っく……!」
今までの緊張感が切れたせいか、ここでエイラは躊躇ってしまった。
このまま剣を抜けば俺の指がすべて落ちると。
「————羅刹の王冠、起こせ、神を滅ぼす最強の一槍を」
俺とエイラ立つ位置は殆ど同じ。
空かない距離、俺の身体を柄とし聖剣をしまっているのだから当たり前。
聖剣は使えない、緊張感も途切れた。
そして放つのは持ち得る最強の武具。
刻印をフルスロットル、神力すべてつぎ込み、同調が補佐。
頭上、つまりは天上に、羅刹王が奥義を生む巨大魔法陣が描き出される。
「共死にする気か!?」
「いいや、最後に立ってた方が勝ちだ……!」
「っく! このバカ!」
「はっはっは、バカって言う方がバカなんだぜ」
一緒に味合おうや風の槍。
お前が自分だけ強化しようとも同調掛けて邪魔してやる。
気合と気合の根競べ、脳筋の資質を改めて問おうじゃないか。
ありったけ、本気の本気、これが正真正銘最後の一絞り。
巨大魔方陣、完成。
「神滅魔槍」
まさに神の光、いや逆、神を殺すための光が降下してくる。
最大火力、最大範囲、もう逃げられない。
周りへの被害は聖女様に全投げだ。
「————愛してるぜ、エイラ」
勝つのはどちらか。
最後の最後で気持ちの勝負。
限界突破の最終局面。
滅殺の槍が俺とエイラを飲み込んだ。