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『これより午後の部、エキシビションマッチを行います!』
時刻はとうに昼を過ぎ今日の一大イベントへ。
内容はフォード先輩との特別マッチ。
ここまで働きを精算、待ちわびていた瞬間。
「にしてもユウのやつどこ行ったんだろうな」
「もう試合始まるっすのにね」
会場は超満員、この戦い見るため来た人も多いだろう。
挑むのは1年生小隊ばかりのようだが。
それでも、もしかしたらという一掴みの期待もある。
なにせ相棒たるユウは参加しない。
そもそも観戦にすら姿を現していない。
仕事抜けてから何処かへ消えてしまった。
(今年の1年の主席と次席はだいぶレベル高いみたいだし、それが同じ小隊として出るんだ、まだ希望はあるな)
まあ確率的には宝くじの数百倍低いかもしれないが。
それでも楽しみなものは楽しみだ。
「トニーも出たら良かったんじゃないっすか?」
「勘弁してくれや。一緒に参加してくれる奴もいないし」
「1人でも参加できるっすよ」
「それこそ自殺行為、んなバカいねーだろうよ」
案の定参加者表を見る限り皆小隊で出場。
相手はSSS級、流石にソロで出るアホな野郎はいない。
「今回だったら、やっぱりガスマン小隊っすかねえ」
「だろうな。てかまあ挑むだけ凄げえよ」
別に恥を晒したくないとか、面倒だとか、そういうネガティブな思想は持っていない。
第一に先行し、理解してるのは力という壁。
フォード先輩の強さを知っている。
自分が一生懸けてもそこに届かないと心底理解している。
『まずはエイラ・X・フォードの登場です! 皆様拍手でお迎えください!』
東西に分かれるゲートから主役にしてラスボスの登場。
黄金の髪を靡かせる美しき人。
ただ内包するのは力の塊、脳筋の体現者、俺たちの世代で最強。
巻き起こるは溢れんばかりの拍手喝采。
それに怯むことも、応えることも無く、ただ堂々と、鋭い目線を真っすぐ向けている。
「やっぱフォード先輩は華があるよなあ」
「なんだか孤高と呼ばれていた時期を思い出すっす」
「普段はユウとセットなイメージだけど……」
「今日ばかりはキレッキレっすね!」
軟化役のユウがいない今、彼女はまさに孤高の聖剣使い。
脳筋という言葉を冠し、全てを蹂躙する。
普段の気の抜けた表情はしていない。
ただひたすらに勝利を、甘さの無い純度100パーセントの風体。
他を寄せ付けない圧倒的オーラがここに居て伝わってくる。
『1回戦目を挑むのは、1年次席が率いるガスマン小隊! いざ登場です!』
再びの拍手と喝采、真っ先に出てくるのは俺が一番期待するガスマン小隊。
まさかの第1試合、フォード先輩の疲労が少しでも溜まる後半に出てほしかったんだが。
小隊の構成としては珍しい次席のガスマンが隊長、それに主席たるアウラ・ルティーニが参戦。
まさかの隊長ではなく隊員でだ。
「初っ端から熱いっすね!」
「ああ!」
さてさてどこまで戦えるのか。
フォード先輩のこと、手加減抜きのマジバトルを見せてくれるはず。
『ではカウントを始めます!』
10カウントを実況が開始、観客も共に叫ぶ。
他人事ながら手に汗握る。
刻々と過行く1桁数、瞬間の感覚でゼロに到達。
戦いの火蓋は今切られた。
『試合、開始です!!』
紫電たるアウラ・ルティーニの電光石火。
獣化のウーゴ・ガスマンが猪突猛進。
後続の3人も中距離攻撃。
その五者五様が始まろうとした瞬間だ。
始まってすらいない、姿勢を軽く傾けただけ、視線を構え、思考を回そうとした、一瞬のタイミングに。
「————薙ぎ払え、聖剣」
轟と炸裂する聖剣の一撃。
超極大の光のレーザー、突き出す聖剣、真っすぐに放たれる。
大気を蒸発させるかのような圧倒的エネルギー量が、まばたきをする間もなく現界。
力が敵対者たちを飲み込む、才能も努力も、全てを上から捻じ伏せる。
「おいおいおいおい! 冗談だろ!?」
「まじっすか……!」
宝くじの数百倍低い確率で勝てる?
いやそんなものではない。
数字という概念で縛れない、分類不可の超常現象。
まだ強化能力も使ってない。
軽く振った聖剣だけ、奔った光の残光が空を描く。
砂塵と焦がした大気の蒸発気が立ち込める。
その霧の中から姿を現すのは地に伏す5人の姿。
『しょ、勝者! エイラ・X・フォード!』
絶句。
果てしなく、絶句。
1秒たたず、コンマの世界、予定調和の如く現実に非現実が起こってしまった。
光の速度で勝負は決してしまったのである。
あまりに理不尽、あまりに不合理。
「国際戦の時よりも……」
「強く、なってるっす」
相棒じゃない、第三者からでも分かる驚異的な成長スピード。
エンターテイメント制を蹴り飛ばした生き死にの世界。
それでもチャレンジャーを殺すわけはなく、おそらく一歩手前で。
『で、では第2回戦を————』
そこからの勝負内容はあえて語ることもあるまい。
結果から言えばフォード先輩の圧勝で全勝。
誰かに触れられることも無く瞬く間に、流れるように終わっていく試合、いや試合とは形容できまい。
執り行われた十数の戦いは終了。
中にはやらずに逃げた小隊も。
(だが責めることなんかできねえ。フォード先輩がここまでガチでやるなんて、一体だれが予想したよ……)
交流戦などと楽観視していたわけではないが、格の差をここまで見せつけるとは。
普段と違う鉄仮面、天然要素なんて皆無。
戦うことに真っすぐ、無表情ですべてを決す。
「……改めて、恐ろしいっすね」
「……まったくだ」
開幕時の盛り上がりが嘘のようだ。
その一方的な瞬殺劇に言葉を失う。
バリア越し、無言の中には恐怖が周回する。
人外、怪物、化物、フォード先輩が良い人だってのは知ってる、不器用な人だとも、しかし嫌でもそう思ってしまうのだ。
(結局1年生じゃ、いや2年3年も同じか。例え学園の生徒全員で戦ったとしても勝てるかどうかって話だ)
SSS級は1人で小国をも落とす。
あやふやだった認識が深く刻み込まれる。
『で、では、これで、エキシビションマッチを終了と————』
言っちゃ悪いがなんとも後味が悪い。
こんなん一方的な虐げと同じ。
だが俺たちに止める術はないのだ。
凡夫は凡夫、黙って目の前の光景を受け入れるしか————
『待ちたまえ』
『えっ?』
静寂の中、たどたどしい実況を止めたのは生徒会長のベリーヌ先輩。
唐突な出来事に周りも注目する。
この白けた状況を打開しようとするのか。
(でもどうしようもねえだろ、言葉で納得させようなんて無理な話だ)
俺たちは力の権化に心撃ち抜かれたばかり。
いくら会長がフォローしようとも、この空気は拭い去れないだろう。
『実はだ。僕のミスで、参加者表に記載をし忘れた生徒がいる』
『ま、まだ挑戦者がいると?』
『そうだ』
「「「「「……おお」」」」」
どうやら生徒会のミスで参加者表にヌケがあった模様。
最後の挑戦をする小隊はまだいる。
つまりはエキシビションマッチはまだ終わってないわけだ。
「よく棄権しないっすね」
「俺だったら戦う前にギブだな。今日のフォード先輩はマジすぎる」
「もうどんな小隊出ても勝てないっすよ」
勝てるビジョンがまったく湧かない。
儚い幻想でさえ描くことは出来ないのだ。
観客もどうせ瞬殺されると理解、テンションは上がらない。
ただこの状況でも逃げない小隊、せめてしっかり応援、最後まで見届けなければ。
『ちなみに最後に挑戦するのは、小隊ではなく、1人でだ』
「っな!」
「まじっすか!?」
どよめく観衆、そんなバカな奴がいんのかよ。
ここでソロ?
頭逝っちゃってるんじゃないか。
むしろ生徒会は止めるべきだろ、それじゃただの見世物になっちまう。
「無謀っすね……」
「ああ。一体どんな大馬鹿野郎なんだか」
「勇気は称賛するっすけど」
「根性だけで勝てる相手じゃねえ。そもそもフォード先輩自体が気合の塊だし」
彼女自身が莫大なガッツを内包。
その上でパワー、テクニック、反射反応を兼ね備えている。
そんな戦闘の究極体に勝つには、なにか他で上回るしかない。
しかし上回ることは至難、レベルはカンスト前提、定義式ブッ飛ばす異常性が無ければ勝利は見えない。
『————では、最後の挑戦者の登場だ』
果たしてどんな狂ったやつか。
それは目の前の光景、その変化にまず現れた。
「か、会場が……」
「青く、染まっていく?」
舞台も客席も、どこから生まれたか青い色が支配する。
まるで星空、煌めきが辺りを覆う。
そしてフォード先輩の反対側のゲート、その奥から今度は銀風が巻き起こる。
生まれるは銀の一本道、フォード先輩にかけて白銀の道が伸びていく。
そんな青い世界、銀の地獄道を歩くは1人の男。
「————意外と早い出番だな」
ゆっくりと登場する、黒い髪、背中には大企業エリクソン・グループのサファイヤ型エンブレム。
こんな場面で笑みを浮かべてさえ。
そういやいた、この学園に、脳筋エイラ・X・フォードと並ぶ唯一の可能性が。
「最高じゃねえか……!」
友人にして、世界で名を馳せる能力者。
変幻自在にして神さえも味方につけるそいつ。
(あんだけ出ねえって言ってたのによ! 結局やってくれんじゃんか!)
もしかしたらフォード先輩はそれを察し、ここまで本気モードだったのかもしれない。
確かに気になっていた、気になっていたとも。
だがふざけ半分で言ったぐらいだった。
しかし向かい合う2人を見る限り————
「どっちも本気の眼っすよ!」
「ガチで戦おうってのか……!」
「夢の組み合わせっす!」
「ああ! 気合入れなおして応援すんぞ!」
「うっす!!」
ルチアが許したのもこれを知っていたからか。
フォード先輩に比べ、なんてエンターテイナーだよホント。
俺に言ってくれても良かったのに。
いやこのテンションの上昇、むしろ黙ってくれて正解か。
周りのボルテージは急激上昇、心臓潰れるんじゃないかって声出し、鼓膜も脳も会場もグラグラ揺れる。
『最後に挑戦するはSS級! 変幻の二つ名を持つ男!』
会長の紹介文ももはや聞き取れない。
はやく戦いが、この乾いた心に潤いを、刺激的で劇薬なそれを。
血走る眼、未来を早く見せてくれ。
『————真向単騎勝負! ユウ・ヨンミチの挑戦だ!』
ここで熱狂嵐、漂う青が共鳴するかのように輝きを増す。
銀を足に敷きその男、ユウが狼煙を上げる。
「待たせたなエイラ」
「……やはり参加したのだな」
「ああ。今日は本気で行くぞ」
「ふふ。それは私も同じこと」
ここで初めてフォード先輩が笑う、そりゃもう嬉しそうに。
そんな力の権化に相対するは変幻たるユウ。
お互いの目線と目線に火花が散る。
バッチバチだ、一歩も譲らない真剣試合。
ランクで言えばフォード先輩は上、しかしSS級を超えた同士の戦いは予想不可。
凡人たる俺たちの想像を軽々と超えていくのだ。
「さあ、テッペン獲ろうか————」