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「————ヨンミチ様」
次々と繰り出される唐突の出来事たち。
心臓のドキリ、直感と現実はドッキングするのか。
調子絶好調の扉、そこに俺を呼ぶ声が。
ニューヨークからの贈り物、運び手たるは青眼を持つ————
「ってマリアさんかよ!」
「はい。マリアでございます」
そこには1人のメイドさんが。
コスプレなんかじゃない本物の。
エリクソン家に仕える人。
ニューヨークに滞在する1ヵ月半は面倒を見てもらっていた。
「てっきりシャーロットが来るのかと……」
「お嬢様は学校です。こちらには来ていません」
「学校……、そりゃそうか……」
「行きたがってはいましたよ。ただ情報を手に入れたのは昨日のことでして、スケジュール的な問題が」
俺がエイラと戦うと知ったのは昨日のことらしい。
超最速型の飛行機を使ったとしても、時間はかなりかかる。
シャーロットは来たかったらしいが、学生たる故そんなわけにもいかず、代わりにマリアさんが。
「まーた女かよ。今度は一体誰だユウ?」
「変な言い方するな。この人は……」
さて何と説明しようか。
実のところ俺はエリクソングループとの契約の話を公にしていない。
別に言ってもいいが、相手が相手、話がややこしくなりそうなのだ。
「ヨンミチ様、私から」
「ああ。じゃあお願いします」
「はい」
一歩前に出るマリアさん。
優雅だ、ルチア達の動作とは違うプロの動き。
一連の動作が洗練され、美しく、華やかにさえ。
これがメイドを仕事にする人の風体だ。
「私はマリア・べネッド。エリクソン・グループが社長、チャールズ・エリクソンの専属メイドをしております」
「え、エリクソン……?」
「今回は契約者たるヨンミチ様に要件あって伺ったのです」
「ま、待て待て。おいユウ、どういうことだ?」
マリアさん普通に契約したことバラしてるし。
まあ別にいいけども。
ただ一発で全部理解できる奴は稀、ルチアくらいだったら分かっていそうだが、観衆の大体はトニーと同じ状態だ。
「俺のサポート企業として、エリクソンと契約をしたんだ」
「いやお前さ、エリクソン・グループが世界有数の大企業だって知ってるか?」
「当たり前、契約してるんだから知ってるよ」
「……あのユウにそんな企業がつくなんて、脅したのか?」
「失礼な。むしろ提案されたんだ」
曰く俺はよく問題を起こすと思われているらしい。
企業の評判下げないかとトニーに心配される。
世間の話題を掻っ攫うのはエイラが主体、俺はオマケ程度だと自負。
気にしないとばっちり、バッチリな関係。
心配無用、だからこそ今回、いや形としては初めて契約が履行されたのだ。
「主より預かり物がございます」
「そのでかいトランクですよね」
「はい。既に連絡はいっていると思いますが……」
「丁度さっき聞きました」
一目瞭然、マリアさんが手に下げる重厚トランク。
見れば手首には手錠的な、トランクと繋がれている。
それが重要なものだと自然察知。
(チャールズさんの話だと試合服だって話だけど、随分ガード堅く持ってきてくれたもんだ)
「ただこの場での確認は避けた方が」
「ですね」
「本日は私も観ていきます。期待しております」
「まあ土産話を作れるよう頑張りますよ」
どうやら試合を観戦していくようだ。
ただエイラとの戦いを知っているのは極僅か。
少しでも秘密を徹底するため試合服入るトランクの開封を避ける。
チャールズさんのこと、サイズなんかの不備は無いだろう。
「では一旦ここで」
「はい。楽しんでいってください」
「ふふ。お嬢様も向こうから見ていることでしょう」
最後の最後で含みのある言い方。
シャーロットが来れなかったのは、急な展開だったこと。
しかし俺とエイラの試合はどうしても見たい。
でもマスコミだって今回のことは気付いていない。
なら自分たちで撮影を、つまりはマリアさんを使って生中継ということだろう。
(ヒーローズ・アカデミアにいるシャーロットに、現在進行形で全部流れるってことね)
ならば一層失態を見せるわけにはいかない。
だとしてもイタリアにいるであろう社員に頼めばいいのに。
わざわざマリアさんを寄こすなんて、彼女もなかなか大変だ。
本物メイドさんがこの場を去った後、意識はまた鋭利化。
同時に周りも何度目になるか騒めきが再再発。
再発というか重ね掛けの言葉が正しいか。
「素直に驚いたわ。いつの間に契約したの?」
「ニューヨークに留学してる間」
「そいえば本社はアメリカだったわね。でも……」
「でもだ! 天下のエリクソンだぜ!? 給料いくらだよ!?」
「まあボチボチ……」
「目を逸らすな! なあ俺たち友達だろう? 何か奢ってくれよお」
「はあ、トニーのダル絡みが始まったっすね」
受け取った黒トランク。
スランプは踏み越えロマンスを求める。
得る物、背負ってるもの1つ具現化。
俺の戦いであり、俺だけの戦いでないと再び刻む。
「ルチア」
「なにかしら」
「俺、もう抜けていいか?」
「はあ!? んなこと許されるわけ……」
「いいわよ」
「「「「「ええ!?」」」」」
あり得ないオッケーサイン、他人は意外な返しに驚愕。
あの鬼司令官改め鬼メイドがサボりを認可。
一体どういうことだとトニーが食いつく。
「おいおい! まだまだ時間あんぞ!?」
「いいのよ。あと貴方はしっかり働いてもらうわ」
「そ、そんなあ……」
「くうぅ、ズルいっすよユウっち!」
精神統一、ウォーミングアップを含めもう離脱したい。
ここで仕事してる場合じゃない。
気持ちの先走り、手に着かないワーキング、俺はなるんだこの学園のキング。
それもクイーンなんて生易しくない奴を倒して。
「悪いなルチア」
「その代わりしっかり結果、出しなさいよ」
「————ああ」
鬼などと表してはいたが、認識を改め、最高だルチア司令官。
更に背負う人の期待。
試合と未来、痛みを恐れない気合を胸に。
「代わりと言っちゃなんだけど、学園祭終わったら皆に飯奢るよ」
「「「「「おおおお!」」」」」
「流石ユウ! よしサボっていいぞ! いやサボれ!」
「こりゃ高いご飯食べれそうだね」
「楽しみっす!」
流石にサボりにサボり、契約してることもポロリ。
金はそれなりにある、ここまで来たら奢るのもやぶさかじゃない。
(にしても現金な奴等だ、まあ今までのこと考えたら全然いいけど)
身体の底から溢れ出る闘気。
気分は上々、自然と口元は緩くなり三日月型描く。
今日この日にだ、こいつら含め、何も知らない奴等の度肝をブッ飛ばす。
俺が四道 夕。
最強に挑む、最強のチャレンジャーだ。