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「かあ! 水が美味めえ!」
「まさかこんなに混むとは……」
話によれば例年以上に客は多いとのこと。
世界を獲ったのがエイラと俺が火付け役に。
実際に俺目当てに店に訪れた人も多い。
(主役はメイドさんなんだけど……)
イタリア中からバンバン人が来る、それに海外からお偉いさんも。
つまるところ店はフル回転、今も働きに働いてようやくの休憩。
ただ午後にはエキシビションがあるため、今度はそっちに人が流れていくはず。
あと数時間の頑張りだ。
「こんなに忙しいんじゃフォード先輩と遊ぶこともできないな」
「今日ぐらいは働く。エイラも試合の準備で忙しいだろうし」
「意外に余裕な反応じゃん。いやあれか、夜に舞踏会あるもんな」
「……まあ」
「いいよなあユウは、俺なんて誰とも躍る予定ないってのに……」
ホントはエイラと学園を周ってみたかったが、元々人数が少ないAクラス。
まさか本番当日に俺だけ抜け出すわけにもいかない。
準備はなんだかんだ皆に任せっぱなしだったし。
(エイラとは午後に試合、夜にイベントも控えてるし、むしろ会わないくらいが丁度いい)
銀の輪は脳裏にくっきり張り付いている。
まるで天使の輪、天国へと旅立つかと高鳴る心臓。
人生にとっての岐路、その最も大きなものが今日になるかもしれない。
「さてと、そろそろ教室の方もどっか」
「そうだな」
休憩室となっている空き教室を出て廊下にライド。
テーマパークにさえ思える人の量、もはや人間津波。
軽く肩をぶつけつつ、再びの仕事場へ。
「ねえあれって……」
「ママ! ママ! 変幻がいる!」
「実物かなりイケてない?」
「うん! それそれ!」
「ホントに眼だけ銀色なんだー」
(マスコミで馴れたつもりだったんだけど、やっぱ息苦しいな)
混んでいる道の中、俺を中心として無人の空間を展開。
人は気づき、俺から2、3歩距離をとる。
道中は楽になったが視線がキツイ。
「人気者がいると道があくねえ」
「言ってくれるな……」
「老若男女から認知、今やイタリアの有名人だからな」
そりゃこれでもイタリア代表として戦った。
取ったものの殆どは日本ではなくこの国へ。
もはや俺が日本人ということを忘れている人さえ。
(国籍上はれっきとした日本人なんだけど)
足早に進み目的地に。
そこはメイドがいる至福の空間、らしい。
客からすればそうだが、俺やトニーなんかはスカート眺める暇も無い。
「あ、来たわね」
「へいへい帰ってきましたー」
「シャキッとしなさいトニー」
「はいー」
ルチアも角、じゃなく矛を収め接客モード。
なかなかメイド服も似合っている。
紅の髪も白と黒に映え、可愛らしいと言える。
ただ客層は男ばかりではなく、年配、子供、女性、なかなかバランスよく集客できている。
『っむ!』
その賑わう空間に突如レネの焦った声が。
脳内フォルムチェンジ、神に意識を傾ける。
(どうした?)
『隠密をする者が近づいて来ておる』
(敵か?)
『分からぬ。ただ人間にしては凄まじい練度の隠密、ユウでは気付けまい程のな)
どうやら俺では察知できないぐらいの隠れ身技。
人ごみに紛れてか、姿を気配を消しここに接近しているらしい。
「どうしたよユウ?」
「なんだか顔が険しいわよ」
「……不審者が近づいてきてる」
「「は?」」
言葉で語っている暇はない。
レネの警告を受け入れ意識を切り替え。
テロか、はたまた暗殺か、とりあえず相手がヤバい奴なのは間違いない。
花畑だった感情を青で塗り上げバトルモード。
しかしこの人の数、まともにやり合えば死人が出る。
(となると窓から突き落として、外での戦闘がベスト……!)
シンクロを発動準備に、当たり一面に青き粒子を散らばせる。
「ちょっと!」
「おいおい!」
「後で説明する! 今は……」
『目前じゃ! 来るぞ!』
既に相手は隠密を解いたか。
シンクロは教室のほぼ目の前に来た特殊な人間を感知。
人体に同調を及ばせなくても、それを取り巻く空気の異変さ。
間違いなく高位能力者、それも俺なんかとも張り合えるほどの————
「……ってあれ?」
俺の能力発動に客も動揺する中、俺も同様に困惑。
レネが察知し、そこに姿現したのは1人の少女。
乱雑に切られた白い髪、中学生か小学生に間違われそうな小さい体躯、覆うは手抜きなファッション。
そして真っすぐ構える真っ赤な双眸。
敵ではないはず、なんせ俺はこの人を知っている。
「ユリア・クライネ————」
通称『赤眼の殺し屋』、ロシアのSS級の能力者。
そして魔王連合戦で共に戦った人。
再会するは最強の脳筋の一員だ。
「……先輩、つけないの?」
「あ! ゆ、ユリア先輩! お久しぶりです!」
「……良し」
確かに数か月前まではちゃんとユリア先輩と呼んでいた。
子供扱いして殺されかけた日を思い出す。
いやはや懐かしい、まさかこんなに早く再開することになるとは。
「ユウ、この人って……」
「ロシアのSS級、ユリア・クライネ大先輩だ」
「……大先輩、だぞ」
「んなこと知ってるわ! そうじゃなくてだ、お前が呼んだのか!?」
「いやー……」
そりゃ皆も知ってるか。
彼女の登場に脳内にビックリマーク。
むしろ知らないヤツはいないのだ。
黄金の世代は知名度抜群、魔王連合討伐を合わせある種の伝説にまで。
ユリア先輩と言えば、その中でもトップの戦闘技術を持つ。
カウンター能力も合わせエイラと並ぶ近接戦闘の権化として君臨。
「凄まじい隠密だったんで、てっきり敵かと思いましたよ」
「……周りうるさいから、隠れて来た」
「なるほど、それで何でこんな所に?」
「……仕事のついで、ちょっと話もしたかった」
なにやら話があるそう。
周りも騒めき、立ち話というのもなんだ。
「移動した方がいいですか?」
「……ここでいい」
「分かりました。ルチア、隅の席借りていいか?」
「え、ええ」
平和なメイド喫茶に現れたのは最凶の殺し屋。
愛らしい見た目にそぐわぬ暗器の達人だ。
教室に丁度空いた角の席に移動。
真正面から対面するのは何ヵ月ぶりだろうか。
ここに世界で名を馳せるSS級の接触、騒めきながら周りも注目する。
「……元気そうでなにより」
「先輩も、確か今はフリーランスでしたっけ?」
「……そう」
先輩は高校を卒業し、仕事一本に。
どこかスポンサーがついてるわけではないが、政府の依頼を優先的に受け世界を飛び回る。
今日もその仕事のついでに会いに来てくれたそう。
「……ユウ、年末暇?」
「年末ですか、うーん、まだ分からないです」
「……もう少し先、厄介な案件がある」
「厄介ですか?」
「……仲間募集中」
なるほど、ユリア先輩はヘルプを探しに来たらしい。
ただ彼女が『厄介』と言うからには、ただごとじゃない。
おそらくかなり危険な仕事。
「……これ」
「写真?」
「……北欧で撮られた」
「随分ぼけてますけど、生き物ですかね」
「……やばいやつ、らしい」
「ははあ」
見せられた写真に写るナニカ。
俺が仕事も受けていなく、人がいるこの場で詳細は語れない。
ただその口ぶりと表情から、だいたい察し。
そもそも『ソロ』で有名なユリア先輩が、他人に頼む時点でただ事じゃない。
「とりあえずまだ予定もわからないんで、近づいたら連絡します」
「……連絡先交換する」
「了解です。そういえば前回交換しなかったですもんね」
「……いつもは仕事関連しか入れない。……ユウは後輩だから特別」
なんでも連絡先には仕事のもの、つまりは企業や雇い主のものしかアドレス帳には入れないらしい。
流石プロ、しかもその仕事終われば、雇った側の登録番号を消去。
曰くアドレス帳は真っ白だそうで。
先輩と先輩と慕うからか、『えっへん』という表情で登録してくれる。
(仕草や口調なんかはやっぱ中学生、いや小学生なんだよなあ。口数が少なくてたまに怖いけど)
「……また失礼なこと考えてる」
「え」
「……次、ないよ?」
「は、はい」
ユリア先輩の顔は2度まで。
最終警告、気を付けるようにしなければ。
(いざとなったら先輩最高ですアピールと、お菓子で釣れば生き抜けそうだけど……)
いやいや煩悩、考えれば読まれる。
そもそも削除、無ければ死なない。
ユリア先輩はこんなかんじだけど、すごくいい人。
だから仕事を手伝うのもやぶさかじゃない。
「そんなに厄介なら案件なら、エイラも誘っときます?」
「……脳筋は仕事が雑」
「あ、ははは」
「……火力より多様性」
言葉で察するにどうやら完全なる力仕事ではなそう。
エイラの仕事は大雑把。
だからイタリア政府もエイラには力仕事しか頼まない。
海で魔物討伐してこいとか、森で魔大樹刈ってこいとか、人の多いところ舞台での依頼はしないのだ。
(つまり相手は人の多いところ、街中に潜む奴ってことだろうか)
エルフの一件もある。
もはや人外が人間の中に潜んでいても不思議ではない。
「……じゃあ帰る」
「もう行くんですか?」
「……仕事」
「なら仕方ないですね。頑張ってください」
「……頑張る」
イタリアを去って北欧方面に向かうもよう。
あの写真について調査をしてくるらしい。
そんな中わざわざ来てくれるとは。
「……仕事の件、……考えておいて」
「はい。予定確認して連絡します」
「……うん」
「無事を祈ってます」
「……安全第一」
と言ってユリア先輩はスッと消えていく。
まるで溶けゆく氷、スルリと幽霊の如くこの場を去る。
空間に滑り込むような一瞬の霧散。
「か、かわいいいいい!」
「ロリや! ロリロリや!」
「でもSS級なんだよねえ」
「周りと関係持たないことで有名だけど……」
「やっぱ変幻ぐらいのレベルなら話すんじゃね?」
主役を奪う赤眼が去り、辺りは一層の盛り上がり。
滅多にお目にかかれない黄金世代の筆頭が1人、みな好き勝手に言葉を放つ。
「おいおい一体どういうことだよユウ?」
「なんか仕事のついでに来てみたらしい」
「つまり暇つぶしってことか?」
「まあ、そんなかんじ」
「なんだよそれ、マジでビビったぜ……」
「で、本音は?」
「めちゃくちゃ可愛かった!」
まあその意見は同意するとも。
ユリア先輩との接触時間はだいぶ濃かった。
時刻を確認するが微妙。
エキシビションの準備もある程度の時間になったら始めなけれ————
「ん、電話?」
マナーモード、ポケットでブルブル震える携帯。
番号を確認、これは————
「もしもし」
『やあ、久しぶりだね』
「2ヵ月ぶりですか」
電話の相手はチャールズ・エリクソン。
エリクソングループのトップ、そしてニューヨークでお世話になった人。
ただお世話はスポンサーということで延長。
今回は何の用だろうか。
『君がエキシビション? フォード卿と戦うと聞いてね。連絡した次第だよ』
「なんで知ってるんですか……」
『大企業の力さ』
「そ、そうですか……」
可笑しいな、生徒会長とルチアにしか言ってないんだが。
どうして知ったのかは大企業の一言で片づけられる。
もはやツッコミはしまい。
この人の情報操作収集は異次元レベルなのだ。
『試合時にうちのロゴを付けるという話を覚えてるかい?』
「確か服自体も用意してくれるんでしたっけ」
『最先端のやつをね。ということで送ったよ、人力で」
「人力?」
『配達もあったんだけどね。直接持っていって貰った』
「誰かが持ってきてくれる、まさか————」
残留する同調の外で思考は直感。
ユリア先輩が去ったばかりの扉を注視。
若干の緊張。
俺の戦闘服届けてくれる、その人物とは————