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「サリーはガムテープを調達して、アリエルは教務課にこれの許可を、あなたは————」
学園祭まであと4日と迫り、準備も大詰め。
ルチアの指示が教室を駆け巡り、皆テキパキと動く。
やっぱり彼女は上に立つ才能というか、気質というか、そういうものが備わっていると感じる。
「ちょっとトニー! 作業ペースが遅いわよ!」
「これでも頑張ってるっつの!」
「どの口が……! さっきからお喋りしてるからじゃない」
「だってよユウ、気を付けろ」
「俺に振るのは止めてくれ」
俺とトニーに与えられた仕事は飾り作りという地味なもの。
紙で輪っかを作って鎖状に、はたまたラミネート作業であったりと。
ちなみにさっきまで一緒にいたザックは、ルチアのめいれ、お願いで買い出しをしに行っている。
溜息つきながらルチアは次の現場へ。
残る俺たちは駄弁りながらのちょこちょこ業務だ。
「そういやエキシビションマッチのこと聞いたか?」
「ああ確か……」
「フォード先輩と特別に戦えるってやつだ」
「……エイラと試合ねえ。参加資格はあるのか?」
「いいや無いぜ。1人だけでも、小隊5人でも、勇気があればどんな奴でも参加出来る」
曰く生徒会がメインに執り行うビックイベント。
若手で最強とされるエイラ・X・フォードと試合をさせてもらえるというもの。
目にすることはあっても、戦える機会は滅多にない。
ただ1人で挑むバカはいない、みな小隊単位で挑むはず。
(つまりは1対5、まあ去年の会長の小隊レベルじゃなきゃ瞬殺されるだろうけど)
前会長のカルロは既に大学へと、今の生徒会長はカルロ会長の元小隊メンバーだった人だ。
そんなギリギリ張り合えるかの対抗馬もいない。
エイラの強さ知っている2、3年は参加しないだろう、なんせ一方的にボコられるだけだし。
ただ今年の1年なら、挑む輩がいるかもしれない。
いやいるのだろう。
でなければ企画がそもそも成り立たない。
「俺は誘われなかったんだが……」
「そりゃフォード先輩にユウが加わったら無理ゲーじゃんか」
「エイラ単体でも勝ち目無いと思うんだが」
「まあな。でもよユウがいないんなら、ほんの少しの希望があるってもんだぜ」
「そういうもんかねえ……」
確かに俺とエイラで世界は獲った。
ただエイラ単体だろうと、俺が加わっていようとも結果は変わらないはず。
それなら経験させるという意味で、俺を混ぜてもいいと思うんだが。
いや愚痴言ってもしょうがない。
普段そんな学校に貢献しているわけでもなし、こういう時だけ文句言うのもあれか。
黙って生徒会の裁量に任せるとしよう。
「いっそユウが参加すればいいんじゃね」
「チャレンジャーとしてってことか?」
「おうよ。むしろ勝ち目あるのお前くらいだし」
「冗談よしてくれ————」
トニーは軽く冗談、つまりはジョーク。
俺がエイラと試合だなんて今更だろう。
いや、本当に今更か?
嫌ならば忘れる、しかしあの色彩豊かな戦いはしっかり脳裏に、思い返せば半年も前のこと。
そこから手合わせ兎も角、本気の戦いはやってない。
(ただ俺はいつもエイラと一緒に居るし、今回はお遊びみたいなもの。それこそ誰も参加者いなかったら、出る考えてもいいところだ)
この試合はオールスター戦みたいな遊戯物、中途半端に俺が出るのはお門違い。
挑戦者皆無なら出てもいいが、しかしトニーの話をより聞いてみれば、1年生の上位陣は既に参加を決めたそう。
ならば俺に役目は無し、静かに見守るのみだろう。
「にしても全然減らねえなあ……」
「文句言うとルチアに怒られるぞ」
「へいへい、てかアイツはカルシウムが足りなすぎ。だからオッパイも成長しないんだ」
「……」
「オッパイの大きさは心の広さの表れってな」
「……トニー」
「ん?」
「後ろ……」
「後ろって、うお!?」
君の後ろで真っ赤に燃えた般若がいるんだよ。
忠告は間に合わない。
メラメラと熱気が、頑張って作ったペラペラ紙飾りが燃えてしまう。
漂う焦げ臭さ、これはマジ怒りだ。
「胸がそんなに重要かしら?」
「ま、待て待てルチア! 国によってはお前のペチャパイも逆にモテるぞ!」
「……最期に残す言葉はそれだけかしら?」
「ちょ、ちょっと! ユウ助けてくれ!」
「俺、飾り作るのに忙しいんで」
「お前裏切っ、ぎゃああああああああああああああああああ!」
トニーはよく燃えるなあ。
裏切りというが、俺はルチアの胸を貶したことはない、本当に本当にだ。
プスプスと音を立て目の前に焦げ臭い男が。
短めの金髪も見事に焼けている、まさしくウェルダン。
「たのもおおおおおう!」
恒例の光景に衝撃を忘れつつ、今度は黄金の嵐が到来。
あらゆる観衆の眼を惹きつける美しさ、腹から轟く高い音色。
扉は勢いよく開け放たれ、ある種の静寂を生む。
ただこのエイラ襲来にクラスは忙しさ故一瞥、そして何事も無かったように作業に戻る。
「来たぞ!」
「いや、そもそも呼んでないんだが」
「寂しいことを言ってくれる……」
トニーと喋っていて、こう言うのもなんだが、今は当日まで間に合うかの瀬戸際。
忙しさはマックスゲージ。
これは魔物退治ではなく文化創造、わざわざエイラを呼ぶはずも無い。
「フォード先輩はクラスの手伝いとかないんすか?」
「いやな、私も手伝おうと思ったんだ。しかし、みながユウのところに遊びに行ってきなと言うのだ」
(((押し付けられた……)))
忙しい中で遊んできな、その理由はだいたい察しつく。
俺を口実にしちゃいるが、なんだかんだエイラ不器用だし、どうせ力加減誤って色々破壊したんだろう。
ただ本人に悪気はなく、頑張ってやろうとしていることは分かる。
だから邪魔とも言えず、こうして我がクラスへと追いやったというわけだ。
「ヨンミチ、仕事変更よ」
「なにするんだ?」
「フォード先輩と買い出し行ってきて」
「買い出し? ああ、なるほど」
言い方悪いが此処で何かを壊されてもたまらない。
買い出しついでに外に行けというわけか。
しかしそれは俺にとって好都合。
地味な作業にも飽きてきたし、いい気分転換になりそうだ。
「あのー、ルチアさんによって飾りが幾つか燃えてしまったんですがー……」
「あんたは死ぬ気で作り直しなさい!」
「そんなあ……」
「私は器が小さいの、仕方ないでしょ?」
「は、はい……」
どうやらルチアの怒りはトニーがなんとかしてくれそう。
巻き込まれない内に街へと出ることにしよう。
「さて俺たちは買い出しに行くか」
「うむ!」
暗黙の了承、今日一杯は外で時間潰してオッケー。
外見れば、日の出具合もまだ余裕ある様子。
街ではそこそこの時間過ごせるだろう。
「アイス!」
「もう秋なんだが……」
「なら温かい食べ物!」
「はいはい」
買い出し名目に、学園を飛び出す。
学園が城なら街は城下町。
脳筋姫と共に刹那の旅に出る。