89.5 with Aura Rutini
「はあ……」
溜息1つ、いや2つ、重ねる数。
吐露は何度でも。
昨日あの時から今この時まで。
思い出せば出すほど霧がかかる。
「どうしたのーアウラ?」
「セレナ……」
「主席様が朝から浮かない顔してさ。なにかあったの?」
私は浮かない顔をしているらしい。
友人の指摘、自分自身もそう思っているから疑わない。
原因明快、心情停滞。
真相は見えない拳で現実を叩きつけられたことにある。
「昨日の実技授業、いや、変幻のこと、セレナはどう思った?」
「ヨンミチ先輩かー。とりあえず、めっちゃ凄い?」
次席のガスマンと1対1の試合、向こうが本気になるものだから、私も規定を超えた力を使った。
放った瞬間、思考は現実戻り、マズいと直感。
ただ紫電を止められるタイミングではない、殺してしまうと思った。
しかし、彼が現れた。
彼はなんでもない、まるで埃を落とすように、一瞬で全てを消し去ってしまった。
「いくらなんでも規格外すぎる」
「そりゃSS級だよー? 普通なわけないじゃん」
「……セレナにしては意外と現実的な感想」
「なによー! こんだけ差があればバカな私にだって分かるわ!」
「これだけの差、か」
尊敬する祖父にこの刀を譲られてから、ひたすら上を目指してきた。
剣術を学び、能力を磨き、日々のトレーニングも怠ったことはない。
だからこそ、このセント・テレーネ新入生で主席にも選ばれたと思う。
学園の頂点たる脳筋と相棒の変幻、正直、少しなら手が届くと思っていた。
自惚れ、天狗、空虚な自信、私はもっと遠くにいると思い知らされる。
「勝てるビジョンがまったく湧かない。どうやったら勝てる?」
「あ、頭大丈夫アウラ?」
「脳筋どころじゃない、変幻もおそろしく強い」
「いやそもそも世界チャンプ、1年のあたしらじゃ階級違うでしょ」
「世界……」
今年の国際小隊戦、それは黄金世代と呼ばれる者同士の衝突。
弱き者は否応なく淘汰され、真に強き者だけが生き残る。
そんなステージで前人未到の2人組制覇、その重みは昨日にして嫌というほど理解した。
戦い方次第では通用すると想像していたが、現実は甘くない。
あの2人は、化物だ。
(逆に言うなら、あの2人を倒せたなら、私が最強————)
祖父と約束した、この身は最強を目指すと。
形見となった刀、ライキリを見つめるが一向に答えは浮かばない。
どうやったら追いつけるのか、どうやったら辿り着けるのか。
(そういえば銀神は祖父を先代と呼んでいた、このライキリに何かあるのだろうか)
それもまた不明、神は私に何も教えてくれはしない。
暗闇の中を独りで歩く。
灯りは無く、前は見えない。
「まず個人戦は無理。となるとやっぱ、小隊戦にチャンスあるくらいじゃない?」
「小隊戦……」
「数的に有利だからね。それでもフォード先輩とヨンミチ先輩を一緒に相手取ることになるけど」
「難攻不落」
「結局は個人も団体も厳しいってとこかなあ。なんせあのアメリカですら敗北したんだし」
若手最強と呼ばれるアメリカ小隊も力に沈められた。
エイラ・X・フォードによる聖剣と強化合わせた、圧倒的火力のゴリ押し。
それを盛り上げるのがユウ・ヨンミチ、賢者の書以上の万能さを持ち、神と魔槍まで所持する男。
更に厄介なのは2人の戦闘スタイルだ。
小隊制を真向から否定する即興的動き、予測不可能で変幻自在の超連携。
セレナは団体戦にはまだ可能性があるというが、むしろ個人戦の方が楽だと私は思う。
(あの2人に勝てる人間が果たして何人いるのか……)
おそらく面子全員S級が最低条件、でなければ話にもなるまい。
聖剣に一蹴されて終わりだ。
「考えれば考えるほど無理な気がしてきた」
「今更何言ってるのよ。というかアンタはまず小隊でしょ」
「……」
「涼しい顔してもダメ。小隊長になるなり隊員になるなり、早めに決めないと抽選よ?」
「……セレナ、小隊組もう」
「それはいいけど、2人だけで戦うのは御免よ。あと3人見つけなきゃ」
「探してきて」
「はあ、まずはアウラが一番に探さ————」
鼓膜に降ろす鋼のシャッター。
セレナは良い友達だけど説教くさい。
それもこれも私に力があれば。
テッペンの前には変幻が、まず彼に勝てなければ脳筋にも勝てない。
どうしたら勝てる? 何をしたらいい?
誰か灯りを、地図をくれないものか。
「まーた上の空、そんなに勝ちたいなら本人に聞いてくれば?」
「本人に?」
「そそ。誰も分からないなら本人に……」
「行ってくる」
「えっホントに!? もう1限目始まるよ!」
「急いで行けば……」
「はあ、せめて昼休みにしなさい」
時刻を確認、確かに数十秒しか猶予無し、これで話聞くも無いか。
予定と思考を修正。
黒い視界に白いテープを一本引く、僅かながら色は変わった。
一歩進む、あの時はなにも言えなかったけど、今度こそ言葉を放ってみせる。
最も長い体感時間を体験、昼休がこれほど待ち遠しい日は初めてだ。
「いない、ですか?」
「おう。ユウの奴はフォード先輩と何処か行ったな」
「そうですか……」
「にしても1年生の主席、アウラちゃんだろ? 俺はトニー・モーガス人呼んで……」
「ただのエロバカよ」
「っな! 嘘を1年生に教えるなよルチア!」
「まごうことなき事実でしょうが」
やっと訪れたクラスに変幻はいない。
どうやら脳筋と何処かに行った模様。
にしてもこの男の先輩、目がやらしい、そしてウザそう。
あまり関わらない方が身のためか。
「お休みのところ失礼しました、私はこれで……」
「ねえあなた」
「……はい?」
「ヨンミチに何の用で会いに来たの?」
「……」
「なんだかね、あなたは少し前の私に似ている気がする」
「気のせいでは?」
「そうかもね。でも平凡なあなたに一応言っておく、独りで上は目指せないわよ」
一体何の話をしだすのか。
現れたのは赤髪の、確かバレンデッリという人。
国際小隊戦に出た人、ランクはAA級かAAA級だったか。
会ったのはこれが初めて、だというのに自分が私に似ているという。
意味不明、初対面で何が分かるというのか。
「……ご興教授ありがとうございます。では失礼します」
得られるものは無し。
長居も無用で教室を後に。
結局は修正テープも暗闇に塗り直し。
私は原点へと回帰した。