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約1ヵ月半ぶりのイタリア。
帰ってきて早々学園へと向かう。
見慣れた道を歩き、見慣れた門を潜り抜ける。
抜けた先には広大な敷地、巨大な校舎。
若干の懐かしさを感じつつも、グラウンドでは1年生だろうか、ギコチナイ動きで練習をしている。
なかなか微笑ましい光景、と思っていたが、急に雲行きが怪しくなる。
何故か1対1の決闘が始まり、挙句一線を越えた技を使おうとしている。
(ありゃ危ねえし止めるか)
あれ以上続けさせたらどっちか危険、最悪死ぬかもしれない
決めたら実行、視界にいれる決闘人に的を絞る。
女の方は雷、男の方は自己強化系、意識を一瞬強め空間を支配。
「————同調」
少し暴れている雷を打ち消す、男の方は自己強化だから消すこと叶わず、仕方ないから大気を固めて動けなくさせる。
雪崩の如く同調の光は進撃、上から捻じ伏せる。
圧倒、圧迫、圧縮、アッと言わせる暇なく場を制覇する。
止めたは止めたし一応現場へと向かう、ついでに何処のバカ教師が担当か見といてやる。
「一体どこの教師がって、あれ、エイガー先生じゃん」
「お前、ヨンミチ……」
「ちょっと危なそうだったんで止めましたよ」
「あ、ああ、助かった……」
誰が面倒見てると思いきや、なんと見ていたのは我が担任エイガー先生。
おいおい大丈夫かよと思うと同時、留年宣告されたのを思い出す。
いやいや、ニューヨークでしっかり勉強をしてきたし、これからは心を入れ替え勉強する気。
卑下するのは止めよう、堂々と行こう。
「改めてですけど、2年A組ユウ・ヨンミチ。ただいま戻りました」
してやったみたいに思わずニヤついてしまう。
そりゃそう、まさかの留年から奇跡の復活、土産話も背負って帰ってこれた。
更には教師の判断として危うい現場も見てしまったし。
「ふっふっふ、はっはっはっはっは」
ただエイガー先生は珍しく大きな笑いで返してくる。
てっきり淡泊な応答だと思っていたが意外や意外。
むしろこっちが困惑してしまう。
「ど、どうしたんです?」
「今回も来たかと思うとな、笑ってしまった」
「……今回も?」
「なに気にするな。とりあえず留学ご苦労、楽しめたか?」
「はあ、留学については楽しみすぎたぐらいです」
「そうかそうか」
労いの精神あるかは兎も角、無事に帰還。
留学という期間を経て再びここに。
『ユウ』
「ん?」
『あの女の持つ刀が気になる。ちと貸してもらえ』
「……はいはい」
先生に土産話をするでもなく、レネが興味深そうに別のものに意識を向ける。
それは決闘にて俺が止めた雷の使い手、金髪に黒眼という珍しい組み合わせの少女持つ刀へと。
(確かにイタリア人が刀を使うってのも不思議な話だな)
近づくごとに一歩下がる暫定1年生たち。
さっきまで色々言っていたようだが、迫れば反転黙ってしまう。
おそらくファーストコンタクトのはずだが、なんだか怖がられている?
特に何をしたってわけでもないんだが。
「なあ君」
「な、なんですか?」
とりあえずレネがご所望の刀たる担い手へと。
先生もツッコミ入れてこないし、一連の行動が終わるまで見逃してくれる様子。
周りの視線は一点集中、そんなに見つめられても何も出ないぞ。
「ちょっとその刀を見せてくれないか?」
「……嫌です」
「えっ」
(まさかの断られたんだが……)
流れで調べさせてくれると思ったんだが。
眼を見てわかる、きっと大事な物なのだろう。
ブレない信念、なかなか将来有望な後輩ではないだろうか。
『強情な女のう、仕方あるまい、出るぞ』
「まじで? そんな気になるのか?」
『うむ。それに直で触らねば最奥までは視えぬ』
どうやらレネは刀が気になって仕方ない模様。
俺の眼を通してだけではわからない、最低でも触れればいいのだが、この娘は拒否。
正直俺は興味無し、無理強いする気はない。
「ちょっとだけだぞ」
「はい?」
「悪いな、どうしても気になるみたいなんだ」
「一体どういう? そもそもこれを見せる気はないと……」
銀眼は輝く、神力を最低限ラインの最小量で回す。
銀風は形を成す、髪を靡かせ、白き肉体を晒し、その美しき神体を現世へ顕す。
「ぎ、銀神……!」
「その刀ちと寄こせ」
「あっ」
「なに壊しはせんよ」
また強引な、女生徒の拒否反応も無視してレネは掻っ攫う。
ただ相手があの銀神ともなると対抗はキツイ。
というか硬直、見れば秋だってのに額には汗がダラダラと。
ビビってしまうのは仕方ない、なんせ相手神様、しかも暴れん坊で有名な戦神だし。
「ふむふむ。ほうほうほう。なるほどなるほど」
「それで、どうなんだよ?」
「面白い武具じゃ。おい女、これを何処で手に入れた?」
「……祖父からです」
「つまりは先代か」
「先代……?」
「知らされておらんのか。なら我が言うのも無粋か、ほれ刀は返そう」
レネは勝手に疑問視で勝手に自己解決。
どうやら興味は失ったようだ。
手に取っていた刀も持ち主へと返す。
「我帰る」
「……はいはい」
駄々っ子かよ、そんなツッコミしたら怒られるか。
とりあえずやりたいことを終え、肉体は消滅、粒子となったレネは俺へと消えていく。
戻る脳内、俺の中でべたーっと前へ伏す。
横暴したってのに、気にも留めず一発でこのだらけ方、さすが神様メンタル。
「おいおいヨンミチ、後輩イジメは勘弁してくれ」
「いや俺じゃなくてレネに言ってくださいよ」
「神様に説教できるわけないだろう。俺は死にたくない」
「そっすか……」
冗談交じりながらも、やはり神には中々物申せないらしい。
俺は慣れているが、まあそれが常識だ。
そして薄々気付いては居たが、周りが一歩二歩と俺から遠ざかっていく。
神様いりゃそうなる、それともシンクロも関係するのか、どちらにせよ避けられてるな。
(ニューヨークの時とは真逆の反応だな)
シャーロットたちはグイグイきすぎたぐらい、だが正直居心地は良かった。
はたや悪い前評判があるのだろうか。
なんせこの学園には、俺を俺たらしめる存在が俺以外に1人いる。
そいつが暴れりゃ一緒にビビられるわな。
『む、噂をすればじゃ』
「ああ、今気づいた」
風が捉えるは神速の存在の接近。
とんでも無い速さで大地を駆けている、もはや人間と思えないスピードでだ。
踏んで地響き、共鳴し心臓も高鳴る。
来るべくして来る、接触までたった数秒、こんな超常的な速さもつのは、この学園で唯1人。
評判を共に担ぐたった1人の相棒————
「ユウ!」
階段を一歩で全飛び、煌めく金の髪揺らし、曇りのない眼、美少女らしからぬ張り上げ声、そこには見覚えのある聖剣も。
飛び越えて勢いそのまま、俺へ飛翔して直行。
空を舞いまるで黄金のロケットが向かってくるよう、ただ避けるわけにもいくまい。
「っうお!」
避けたりなんかしない、全身使って受け止める。
ただ飛んで来た人間を真向から受け止めれば、やはり変な声も出る。
というかどんだけダッシュしてきたんだ、一瞬クラッとする衝撃だったぞ。
「ユウ! ユウ!」
「勢い強すぎだぞエイラ」
「気を感じてな! それで直ぐに走って来たからな!」
「そうかそうかって、抱き着き過ぎだ……」
受け止めてそれから、一向に離してくれる様子がない。
しょうがないと俺も軽く腕を回す、見た目通りの細い身体、触れた距離から甘い香りも。
ただ感情に浸る前に、異変が起き始める。
異変とは、俺の上半身に回ったエイラの腕の力が段々と強く————
「エイラ! おい強化が! 腕に強化がかかってるぞ!」
「本当に長かった……」
「聞けって! 死ぬ! 死ぬぞこれ! 早く強化解いてくれないとホントに————」
「ん……」
「いててててててて!」
もうダメだ、このまじゃ抱擁で脊髄が粉砕される。
シンクロは効かないのでレネに助けを求める。
神力を回しなんとか這い出る。
「なんで逃げるんだユウ!」
「お前が強化使うからだろ!」
「強化? 私は使った覚えがないぞ」
「無意識だろ。あやうく背骨が折れるところだったわ」
危なかった、最後らへんちょっとミシミシいってたし。
ただそれを聞いてエイラは若干しょんぼり気味に。
「すまない。つい舞い上がってしまった」
「ま、まあ、別に、気にするな」
「ユウ!」
「だからすぐ抱き着くなって!」
「今度はちゃんと意識して強化するぞ」
「いや待て待て! 意識するとかじゃなくて、強化をしたらダメなん———」
これが脳筋の抱擁か、たださっきに比べればだいぶ楽か。
意識することによって和らいだものへと。
(それでもかなり力強いけど……)
このホールドを外すのは不可能、おそらくプロレスラーだろうと再起不能のレベル。
ただこれもエイラなりの感情、受けるのもまあ、やぶさかじゃない。
「フォード先輩が笑ってる……」
「普段めっちゃ怖いのにな」
「……笑顔が眩しい」
「完璧美少女だ、ヨンミチ先輩が羨ましい」
「無理無理。フォード先輩の相棒はあの人だけだ」
1年生たちの声が聞こえる限りじゃ、エイラは怖い印象らしい。
こんなバカで一直線な奴なのに、良くも悪くも素直の塊だぞ。
「ヨンミチ、一応授業中なんでな、イチャイチャは別の所でやってくれ」
「イチャイチャって……」
エイガー先生まで冷やかしか、まあ正論っちゃ正論だけど。
確かにこのままエイラと抱き合い続けては迷惑だ。
「エイラ」
「なんだ?」
「飯、食いに行こうか」
「ああ!」
途端にバッと抱き着き、もとい腕力拘束が解かれる。
やっぱ飯の話には相変わらず。
真面目に授業を受けようと決めていたが、今日だけ、今日だけはサボってしまおうか。
(今日は帰国日だしセーフなはず、もしダメだったらエイガー先生のさっきの監督不行き届きを脅して……)
良からぬ考えも浮かぶが、それはそれ、これはこれ。
市街の方へ出るとしよう。
抱擁は終わったが、まあ————
「エイラ、手」
「手?」
「繋ぐ、か?」
「……うむ!」
「あ、強化はするなよ。握り潰されるから」
「分かっているとも!」
差し出した左手をエイラの右手が固く結ぶ。
もう、エイラに迫られてばかりではいられない。
そろそろ俺からも、目指すあの時に向けて前進しなければ。
「今回は給料入ったから、好きなもの奢ってやるよ」
「本当か!?」
「ああ、だけど食べ過ぎ……」
「行くぞおおお!」
忠告は聞かず、この手を強引に引っ張っていく。
ただ置いてかれはしない、されるつもりもない。
何時もより更に一歩踏み出して、もっとエイラに近づく。
帰って来たと実感。
俺はエイラの隣が、やっぱり大好きだ。