87.5 with the man came back
「よーし全員整列したな」
10月も半ば、学園祭も段々と近づくセント・テレーネ学園。
模擬店やらイベントの準備に忙しくなりつつも授業はしっかり行う。
「じゃあ今日の訓練の説明をするが————」
俺はエイガー・グレフィス。
2年A組の担任を勤めつつ、今はこうして1年A組の実技担当もする、自分で言うのもなんだが多忙な教師である。
今日の訓練は小隊戦における能力と動きの連携について。
まだまだ入学したて、基礎から叩き込んでいく。
まずは口頭説明から、皆真剣に聞いていいる様子、いやはや有難い。
(2年A組の方は特殊な人間ばかりだからな、1年生は大人しくて助かる)
明らかにレベルが違うヨンミチ、精霊を使役し始めたアリーナ、よく爆発するモーガスなど曲者揃い。
静かに聞いてもらえるだけで精神的負担はだいぶ少なくて済む。
アイツらにはもう少し落ち着いて授業を受けてもらいたいものだ。
「————というのが今日の訓練内容だ。質問はあるか?」
周りを見渡すが挙手は確認できない。
ならば訓練へと移行しよう。
疑似的な小隊も既に組んである。
一応バランスを考えて適当に組ませたが、まあ友達作りという面もある、最初は戸惑ていたがそこそこマシにはなってきた。
流石はAに選ばれるだけあって優秀な生徒たちだ。
(優秀過ぎて未だ上手くいってない小隊も1つあるがな……)
5隊並ぶ中で真ん中、チラリと見るその小隊の面子。
別に5人全員が特異なわけではなく、そこに含まれる2人。
主席入学のアウラ・ルティーニ。
次席のウーゴ・ガスマン。
男女という隔てというより敵対、ライバル意識にしても強すぎる相対。
「何度も言うが、連携は仲間の協力なしでは成り立たない。小隊とは5人が揃って初めて小隊だ」
「「「「「はい!」」」」」
念押ししておく、小隊には妥協がいる。
仲間を許容し適応する、絆を深めて初めて小隊は小隊となりえる。
まあ例外中の例としてフォード隊が唯一存在するわけだが。
兎にも角にも、まずは仲良くなることから始まるのだ。
「今日は野外、第1グランドで行う、各自移動」
「「「「「はい!」」」」」
正門入ってすぐの広い外グランドを借りれた。
なかなか空かないんだが今日はラッキーだといえる。
こういう機に出来ることをしておかなければ。
平和な授業は今日も回る。
「貴方がフォローすべきでした」
「なんだと!? お前こそ1人で先行しすぎだろうが!」
「私は勝利に最も近い行動を取ったまでです」
「自分1人の方が勝率良いってか!? 主席だからって調子のるなよ!」
「貴方こそ、次席のくせに大口叩きすぎでは?」
(はあ、また始まったか……)
このクラスの恒例となりつつある喧嘩、相対するのは主席のルティーニと次席のガスマン。
発端は連携が決まらず他の小隊に後れを取っていること。
客観的に原因を言えば、どちらが悪いでもなくどちらも悪い。
(そろそろ再編成した方がいいか? しかしここで離したところで————)
このまま別の小隊に引き離せばいざこざは起きないかもしれない。
しかしそれでは小隊制を根底から否定。
能力の相性はいいのだ、あとは当人たちの気持ち次第でどうにでもなる。
それこそ練度によっては本選も狙える、乖離させるのは尚早だ。
「お前らいい加減にしろ」
「せ、先生……」
「ガストンが悪いと思います」
「っな! てめえ!」
止めに入るものの、すぐに再発。
埒が明かない、これも実力が高い者故のプライドか、まあ性格が噛み合ってないことにも起因するか。
どちらにせよ言葉は止まらない。
「っエイガー先生! 模擬戦やらしてください!」
「模擬戦?」
「1対1で決着つけます!」
「貴方にしては良い意見ね」
「んだと!?」
(なるほど模擬試合か、意外といい案かもしれん)
一考、他の生徒たちも俺の判断に注目し手を止めている。
思い返せばヨンミチが初めて来たときも模擬戦を行った。
あれは一方的な展開になったが、最終的には皆と打ち解けることに繋がった。
気持ちぶつけてスッキリさせれば少しは変化があるかもしれない。
「……わかった。模擬試合を行おう」
「「「「「おお!」」」」」
「訓練は一時中断だ」
他の生徒を後方へと移動させる。
せっかく外グラウンドを借りれたというのに模擬試合をすることになるとは。
ただ損した気はない、これもまた一歩。
配置を終え、ルールを説明する。
「まず危険な技は使うな。あくまで試合だということを忘れんように」
基本は小隊戦と同じ、殺害を可能としてしまうのは禁止だ。
といっても、今年の国際戦の試合の殆どは、禁止を無視した本気技のオンパレードだったが。
だがここに居るのは1年、技量面で大きな差がある。
あくまで気絶させる程度の威力が限度だ。
「相手をダウンさせるか、リタイアさせた時点で勝利となる。質問あるか?」
「ありません」
「ないっすよ!」
共に1年生ながらAA級に認定される高位の能力者。
良い試合というよりも、ぶつかり合って少しでも打ち解けてもらいたい。
そう思うものの、視線ぶつかるところには火花が散っている。
果たしてどうなるのか。
「なら10カウントで始めるぞ」
これも小隊戦に則ってカウントダウン方式。
刻々と数を唱え、戦いへと近づく。
戦闘態勢に入る2人、周りも固唾を飲んで見守る。
「————試合、開始!」
ゼロの刻時、1年最強と準最強のぶつかり合い。
「行くぜ! 化変獣!」
先に仕掛けるのはウーゴ・ガスマン。
脚はスタートラインをきり直行、能力作用し短い金髪は黒みがかる。
彼が使うのは所謂獣化、自身の身体能力を獣に変化させるという強化系の能力だ。
フォードが居て若干霞んでしまうが、間違いなく強化系で上位の力だ。
「巡れ、紫電」
ただ主席たるアウラ・ルティーニもかなりの使い手。
抜刀するは俗にいう刀。
イタリアじゃ珍しい日本刀使いである。
おそらくかなりの業物だが、そこに自身の能力、簡単に言えば電流を流す。
「小賢しい雷女!」
「猛獣はジャングルに帰った方がいい」
電流が迸る、伴う刀が大気を突き抜ける。
そもそも刀を使うのは試合的にはグレーだが、彼女自身は決してその刀を離さない、どういう理由か日常生活でもだ。
曰くこれで善人を殺したのなら、その時は死んで詫びると豪語するほど。
ならばと今回も許可をしているわけだ。
「雷化」
なにも電撃は攻撃にだけ使われるわけではない。
雷で体内を刺激、血流を加速し、神経伝達を最速化する。
主席に選ばれたのは実力あってこそ、そこに剣の卓越した技術が加わればなおさら。
「重ね化変獣!」
ただガスマンもそう簡単にはやられない。
幾つかある段階の内、獣化をもう1つ進める。
身体に獣的特徴が現れ始め、身体能力も野生に近くなる。
ルティーニが静の使い手だとしたら、ガスマンは動の使い手。
ここにあと中距離系サポート系が3人入れば、強い小隊になるのは間違いないはずなのに。
なのにだ、てんで性格が噛み合わない。
「そんなバチバチさせやがってバッテリーかよお前! そんなら俺の携帯充電してくれや!」
「……ジャングルより動物園に入れられたいの?」
「余計なお世話だ! さっさとその口塞いでやる!」
「出来るものなら」
閃光が炸裂、刀が髪を掠る様子、振るった拳が轟音と共に砂塵を生む。
一歩も譲らずぶつかり合う。
お互い被弾数も少なく、既に個人技だけなら実戦でも戦えるだろう。
ただ相手は人間に限る、魔族相手に個人は無理なのだ。
無理を可能にするには大きく2つ。
周囲にいる多くの人間と手を繋ぐか、それとも、己が能力を突き詰め力で突き抜けるか。
「奔れ紫電」
「振るうぜ獣魂!」
拮抗が続く、それなりに続く攻防に終わりはなかなか訪れない。
ただ技量がどれほどあっても、スタミナ不足、2人とも若干動きが鈍ってきている。
(このままいけば引き分けってところか……)
そうなれば、いざこざは寧ろ増えてしまうのかもしれない。
判定をどう下すか悩む。
ヨンミチの時の模擬戦は、最後にフォードが乱入してなんとか空気緩和されたが、今回に至ってはそういう輩もいない。
どちらが潰れるまで待つか、それとも早めに切り上げるか。
教師として選ぶべき選択は————
「更に重ね化変獣!」
だが正常な判断は目の前の光景に中断される。
持久戦に終止符を、ガスマンは更に獣化を強める、ただそれは規定違反のレベル。
その領域はこの試合で使ってはいけない、もしクリティカルヒットすれば死人が出る類だ。
(まずい熱が入りすぎている! これは止め————)
「雷光紫電」
動いた右足、だが介入する寸ででガスマンに相対するルティーニも本腰を。
今までで一番強い電撃、彼女の周りからは大量の紫電が飛び散る。
お互い本気の一撃を放つ気、もうここが限界だ。
これ以上先に進ませれば最悪死んでしまう。
この場を乱舞する電撃、地を焦がす中で獣はその牙を相手へと迫らせる。
走馬灯のようにスロー体感、見ている者も眼を見張る。
(間に合ってくれ俺の能力————)
手をかざす。
雷と牙の間に挟みこむつもり。
瞬間でギリギリ、どうやっても止めなければ、そう思ったときだ。
「————同調」
俺の焦りを横から吹き飛ばす存在が。
一言だ、聞こえたと同時、このグラウンドを青い粒子が突風の如く一気に駆け巡る。
荒れ狂った雷を打ち消し、獣となったガストンも風に捕まったように動けなくなる。
「————帰って来た途端危ない喧嘩に遭遇するとは、物騒になったなあ」
振り返れば男がいる。
苦言呈しながら正門より入場、この場を支配する張本人。
「せ、先生!」
「あれってまさか……」
「本物だろあれ!」
「これがシンクロ能力、凄すぎんだろ」
「……俺ちょっとチビッたかもしれん」
急に自分の能力を消され、動けなくなって、ルティーニもガストンも唖然としている。
そして止まった時が動き出すように、他の生徒たちは声を上げる。
それは感嘆であったり、驚愕であったり、畏怖であったり。
「あ、エイガー先生じゃん」
「お前……」
「ちょっと危険そうだったから止めましたよ」
「あ、ああ。助かったが……」
「にしてもニューヨーク凄かったです。あ、ちゃんと勉強もしてきましたよ?」
こんな凄まじい、神がかり的なことをやっておいて平然と。
やはり今回も来るべくして来た乱入者。
その乱入に半年前も助けられたとも。
「————2年A組、ユウ・ヨンミチ。ただいま戻りました」
ニヤリと笑う、その乱入した輩の名はユウ・ヨンミチ。
SS級にして変幻と呼ばれる天災の一角。
彼は青い輝きを伴い、ついにこの学園に舞い戻った。