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「これで、契約は終了だよ」
赤の王グレン・アクスキアの一件を終え、あれから怒涛の数日が経ち、いよいよ迎えるエリクソン家で最後の日。
居るのは最初と同じ豪華な応接間。
俺は特例として欠席しているが、学校はあるわけで、シャーロットはこの場にいない。
「いやあ、あれから大変だったねえ」
「ホントですよ。チャールズさん居なかったら今頃マスコミに殺されてます」
「違いないね」
政府の協力で、ニューヨーク市民は地下シェルターなり遠方へと避難していた。
ただ街で何が行われているかは開示しなくてはいけないとのことで、赤の王の登場から悲しい最期を遂げるまで、一部始終テレビによって中継されていた。
終わったとなれば大騒ぎ、相手がエルフという希少種であったり、変な島が出現したり、俺がレネを出したりと、今でさえお祭り騒ぎが続いてる。
「そういえば、シャーロットも近々S級に認定されるそうだ」
「まあそうなるでしょうね」
「まだ秘密らしいから、他言無用で頼むよ」
機密ルートですね、黙ってますとも、今更気になりもしない。
まあそんな中で、やはり一番気になるのは原初兵器についてだろうか。
シャーロット渾身のブルーパンチは見事核心を突いた。
どういう原理働いたかは謎だが、彼女は原初兵器に認められた。
つまりは1世代跨いで、最強のエルフが使ったとされる能力を継承したのである。
兵器の威力だけ見ればSSS級以上、これを所持していてAA級に収まるはずも無し。
「でもアレを扱いきるには10年、いや20年以上かかるでしょう」
「そうだね。そもそもシャーロットは青の血しか引いてないわけだし」
「3色あって初めて動く砲台、謎は多いですね」
ここでも不思議な話、シャーロットは暴走を止めた後、つまりは一時的に存在を掌握した時だ。
なんとシャーロットは単色、青のみで砲撃を放ったのだ。
いや俺に向けてじゃなくて空に対してだが。
折角だからと試してみた、と彼女は言ったが現実として理論を越えて可能にしてしまう。
この理論無視での行為には流石のレネも驚いていた。
『なぜ撃てるのじゃ!?』って。
「君には申し訳ないが、情報規制はシャーロットで手一杯で……」
「構いませんよ。どうせ何時かバレると思ってましたから」
「すまない……」
チャールズさんが言ってるのはこの刻印についてだろう。
魔女王しか使えないはずの紫の魔法陣を使う、そして巨大な風の槍を生み出す異能。
言葉通り、これが公になったところで問題無し。
むしろSSS級に近づく、エイラの隣に立てる重要材料となったはずなので、俺としてはバレたほうが結果オーライというわけだ。
「お詫びと言っては何だが————」
チャールズさんから出かかった言葉。
それはとある進撃の音によって中断される。
廊下から響くは駆ける乙女のステップ、いや女王様の足踏みか。
「ただいま帰りました!」
「おかえりシャーロット」
「おかえりー」
時刻は16時を回っている。
もう学校は終わる時間だ。
意外と長話をしていたんだと実感、時間の流れが早かった。
突風のように現れたシャーロットはマロン色の髪を揺らし、サファイヤの瞳を相変わらず真っすぐ構えてる。
「話の途中だったんでしょ? 続けてお父様」
「あ、ああ」
デカいソファ、俺の隣にシャーロットが腰かける。
堂々とした娘の物言いにポーカーフェイスの父もタジタジだ。
「以前聞いたけど、ヨンミチ君には契約会社がいないだろう?」
「ええ、いないですね」
「良ければだ。このエリクソン・グループと契約してみる気はないかい?」
「お、おお……」
強い能力者、有名な能力者には会社がスポンサーとして契約することがある。
金を渡す代わりに、コマーシャルなり依頼なり仕事してもらうわけ。
広告塔としての意味合いもある。
バックにつく会社がデカければデカいほど、その能力者の社会的価値も高まる。
「有難い話ですけど、俺が不祥事起こせばこの会社の評判も落ちますよ?」
「重々承知しているとも。さっきも言ったがお詫びの意味もある、それなりの事で気にはしないさ」
「いい話じゃない。悪事働いても情報操作で揉み消せるっていう特典付きよ」
「そんな闇の企業と契約したくないんだが……」
冗談さておき悪い話ではない。
むしろ良すぎる話だ。
なにせ世界トップクラスの大企業、更には社長のチャールズさんと上手い関係も結べている。
能力者としてこれ以上の相手はそうそういないのだ。
「ただ、俺普段イタリアにいるんですけど、何すればいいんですか?」
「メインはやっぱり広告塔だね。試合着とかにうちのロゴを入れて欲しい」
俺が企業の看板なるとは、しかもエリクソン・グループの。
チャールズさん曰く、だいぶ緩い契約内容にしてくれるそうで、俺自身がやる仕事はだいぶ少ないそうだ。
ザックリ額を聞くがまあ恐ろしい、試合でドンパチするだけでそんな貰えるとは。
「あとは重要案件時のシャーロットの護衛だね」
「護衛ですか」
「うん。まあ頻度的には滅多にあるもんじゃないから」
「わかりました」
いかせん社長の娘、今回の任務と同じ、どうしてもって時だけ護衛に入る。
その時はその時で追加で報酬入るそうなので、いやはや凄まじい。
「まあ契約については、後で書面と共に詳しい話をするよ」
「はい。お願いします」
とりあえず一旦区切りを。
ただ俺がイタリアに帰るフライトは明日に迫る、夜に改めてだろう。
チャールズさんが区切りをつけたなら、後の展開は————
「さて僕は一旦席を外すよ」
「ふふ。ありがとうお父様」
「ヨンミチ君だったら認めてもいいと、僕は思ってるんだが」
「残念、ユウにはもう相手がいるわ」
「そうだったね……」
言わんとすることは分かるが、父親がそれ言っていいんかい。
もうこれ以上は語るまいと、チャールズさんは身を引く。
メイドさんを引き連れこの場を去る。
残るのは俺とシャーロットの2人だけだ。
「2人きりだとなんだか照れくさいわね」
「照れてる奴には到底見えないんだが」
「ふっふっふ。度胸だけは持ってるつもりよ」
「脳筋くさいセリフだな」
「それ誉め言葉」
「「はっはっはっはっは」」
流石の返しに笑ってしまう。
それはシャーロットも同じ。
よくもまあ1か月半で、ここまで脳筋になったものだよ。
登竜門には到達しただろうか?
「原初兵器の方はどうだ?」
「反応なし。ずっとフワフワしているかんじ」
「そうか、まあ時間をかけて解読してくしかないな」
原初兵器の方はあれ以来音沙汰ないらしい、というのも姿を消してしまったから。
レネの話だと第三世界に帰ったらしい、そこがコンテナで、主の指示があればまたこの世界に顕現するそうだ。
「でも青い能力、色式の方はすごい調子がいいわ」
「そういやこの前見た時も質量上がってたな」
「何処までも行けるイメージ、なんせS級だもの」
「あれ? もうランク昇格は知ってたのか?」
「お父様に聞いたの」
「なるほどね……」
「でも天狗になるつもりはない。目標はまだまだ先にいるもの————」
やはり銀と青の視線は交差する。
迷いなし、もう道は定まっているようだ。
「来年の国際小隊戦、必ず行くわ」
「ああ」
「待っていてくれる?」
「もちろん」
能力者にとっての最大の見せ場、それは国際小隊戦に違いない。
今までの努力の成果、集大成がそこで試される。
言っちゃ悪いが俺たちが出ないわけがない、逃げも隠れもしないで待っているとも。
「明日ね……」
「とんでもなく早かったよ」
「私も。それにこんな、こんなに楽しい日々は初めてだった」
「……」
「最初上手くいかなくて、でもユウが話かけてくれて、守ってくれて、それに死ぬほど練習させられた」
「練習は、大事だぞ」
「ふふ。イエッサーです」
羅列するのは思い出のページ、起きたばかりのことも懐かしく。
真面目に勉強をした、どうでもいいことから烈火の激しさを伴った日まで、短いはずが長編一冊では収まりそうもない。
「もう1つ約束をしましょう」
「約束?」
「私は何時か絶対に、ユウ・ヨンミチという男に追いつく。そういう約束よ」
「理不尽というか自己中というか、する必要ないような……」
「いいじゃない、それぐらいの度量見せなさいよ! そんなんじゃ彼女にフラれるわよ!」
「っな!」
そうだ、帰ればエイラが待ってる。
学園祭の時に言いたいことがあると伝えた。
逃げ道なんてない、突き進むためにリングを手にした。
まさかの後輩が苦言、シャーロットに頬を叩かれた気分だ。
「……よし、約束しようじゃないか」
「ええ!」
日本式にのっとり指切りスタイルで。
げんまんの歌を唱えつつ、固い口約束を結ぶ。
「さあて、じゃあ街に行きましょうか!」
「え?」
「買い物よ買い物! ユウがいる内が一番安全なんだから」
「か、勘弁して……」
ニューヨークに単位取りに来て数十日。
日々に詰まったどれもが記憶に焼き付いている。
生まれた絆はいくつもと。
「つべこべ言わない! レッツゴーよ!」
「い、イエッサーですお嬢様……」
強引に腕を引かれながらも脚は動いてしまう。
そう、俺はここを発つ。
だが悲しみは無い、また何時かこの日は来る。
「お嬢様は要らないわ! シャーロットと呼びなさい!」
形式は捨てありのまま。
再び会えるその日まで、今日も今日とてこの身はニューヨークに染まる。