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エルフが統一王を王たらしめる絶対の能力。
彼が死んでなお残不可視なる遺産。
名を原初兵器。
それは赤、緑、青、三原色を混ぜた先にある漆黒の兵器だ。
神をも薙ぎ払う伝説の砲台である。
「ついに! ついに! ついに召喚したぞ!」
全身から血を流しつつも、歓喜の咆哮、。
召喚した者は赤の、いや、赤と緑の王たるグレン。
数的有利か、それとも方法を知ってか、どんな理由にせよ奴はその手に黒を得てしまった。
初めて露わになるその姿は————
「なんだありゃ……」
『数十年前、一度見て以来じゃのう』
それを一言で表すのなら『島』
真っ黒い島だ、大部分は黒岩石で構築、その上には奇妙にも黒い自然が垣間見える。
前もって聞いた話じゃ砲台ってことだが、砲身は見当たらず、風に鉄の匂いも感じられない。
「————シンクロ!」
青い粒子を大気に走らせ、島にアクセス。
対象が能力によるものなら、理論上は同調可能、あわよくば乗っ取る。
そういうつもりもあったんだが————
「っ!」
『まあ無理じゃろうな』
「1ミリも受け付けてくれなかったよ……」
プロテクトがあるとか無いとか、そんな陳腐な話ではない。
そもそも青い光、同調が避けて通ってしまう。
N極がN極に行くみたいに、たとえ押し付けたとしても余りの強大さ故、俺の手に負いきれない。
未確認生物より存在不明で問題滑り。
まったく分からない、どうしようない、まさか本当に顕れるなんて思っていない。
「レネ、あれを銀化させれるか?」
『我の全盛期なら可能じゃ』
「つまりは俺じゃ出来ないと……」
『左様。そもそも神であろうとも、主神級でなければ話になるまいよ』
手に握った銀刀様の答えはノー。
曰くレネが本気を出して銀化させられるレベル、そんなもん人間の俺には不可能だ。
つまりはインポッシブル、どんなスパイでも潜入敵わない難攻不落の要塞である。
「我はやっと手にしたのだ! もうこれで敵はいない!」
雄たけびは俺にとっての敗北の歌か。
いいや、まだ希望はある。
そもそも大前提として、発射には3つの色が必要なはず。
奴が手にしているのは未だ赤と緑のみ、残る青色はシャーロットが宿している。
「肝心のシャーロットがこっちに居る以上、原初兵器は使えないんだろ!?」
「いいやそれは間違いだぞ変幻」
「間違い?」
「確かに完全なる真実を撃つためには青の血も必要、しかし————」
漆黒の島にある種の神々しさが生まれ始める。
それはマグマのように燃える赤、全てを包む抱擁の緑。
2つの色が黒に重なる。
島を囲むは無限の式、不可思議な文字が羅列し円周を描く。
色の式がこの視界を埋め尽くす。
「撃つだけならば、最低2色あればいいのだ!」
式は陣へと変化、眼を眩ませるほどの強烈な光。
ビカリと輝き、気付いた時には準完成体だ。
「死ね変幻!」
後ずさった心臓と脳、気付いた時にはレーザー照射。
出遅れた、コンマの秒単位でも表現不可、いくらなんでも発射までの速度が早すぎる。
レネの忠告もおそらく間に合わず、シンクロによる察知にも引っかからず。
直感、これは殺られる。
強いてもの救いは俺が島より若干上に居たこと、この一発に限っては街へ被弾することはなさ————
「ってあれ?」
直感は通り抜け、むしろわけの分からぬ方向へ。
歓喜の咆哮が今度は悲しき絶叫へと。
島回る2色式から放たれる黒いレーザー、それは俺ではなく、召喚したはずのグレンへと襲い掛かった。
「な、なぜだあああああああああああああああ」
叫びは最期まで続くことなく何処かへ消える。
残った色線が海へと伸びる。
水素爆弾を軽々超える大爆発、エクスプロージョンという名前ですらも相応しくないくらいの攻撃力。
海という存在を根底から焼き尽くす。
思考が停滞気味な中、赤緑の王グレンが死んだという結果だけが確かに残る。
「あ、あれ? なんで俺じゃなくて王様の方に?」
なんかギャグマンガみたいな展開だぞこれ。
上から『ふっはっは』と笑ってたやつが、自分の武器で自爆した。
ただその威力はネタでもなんでもなく、笑うことのできない代物だったが。
「えっと、これで終わり?」
『そうじゃな。敵の生命反応は確認できぬ、死んだぞ』
「ええ!? なんだよこのオチ!? というか————」
漫才かと疑うが、理由はその兵器が教えてくれる。
先ほどまで大人しかったはずが、まるで悲鳴のような声が聞こえはじめる。
発声元は黒き島から、式の羅列もグチャグチャに、明らかに様子がおかしい。
『暴走じゃな』
「まじで言ってんの?」
『荒ぶっておるからこそ、召喚主を殺したのじゃろう。3色無いのに扱おうというのが無茶な話じゃ』
「いやでも、あいつは2つの色だけでも発射可能だって……」
『電池3つ必要なリモコンが2つで動くか?』
「また現代風の分かりやすい例を、なるほどごもっともです」
神様が例えるにしては随分身近な例を、しかし分かりやすい。
確かにそりゃ動かんわ。
動かせたとしても相当の無理、フランケン並みの違法改造、回路も滅茶苦茶、電圧もうやむや。
そんな作りなら結果はショート、絵に描いたような爆発オチというわけだ。
(いくら重症だったとしても、この終わり方には同情する……)
流石に王様の死がこれでは拍子抜けもいいところ。
決めるなら決めるでしっかり首を獲ってやればよかった。
「それで、暴走を止めるにはどうしたらいい?」
こうしている間にも島なる砲台は電磁波を纏いオーバーヒート。
余りに強い影響力が空間を歪ませる。
疑似ブラックホール、ここまで散散ネタっぽいと失笑したが、もう笑ってもいられない。
放っておけば、この街、いやアメリカという国すら滅ぼしかけない。
『アレには能力も科学とやらも通じんぞ』
「科学兵器はダメと……」
『止めるには足すしかあるまい』
「足す?」
『うむ。既に赤と緑は注ぎ込まれた。あとは青だけじゃ』
「つまりは————」
視線を久しぶりに女王いる城へと移す。
幾多も張られた透明なプロテクトの中にシャーロットを確認する。
原初兵器には未だ赤と緑が、むしろ勢いを増して猛狂う。
アンバランスさ、燃料配合が微妙だと言うのなら、足りないもの、青の色式を混ぜるしかない。
「シャーロット」
『もしもしユウ? 赤の王が撃たれたけどこれは……』
「見てわかるだろうが原初兵器は暴走してる、赤の王が死んだのもアイツがポカしたからだ」
『なんだか喜劇みたいな終わりかたね』
「だがアレを置きっぱで死んだ。レネ曰く、止めるには青が必要だそうだ」
『なるほどね。大体わかったわ』
「迎えに行く、バリアを解除してもらってくれ」
回線を終了。
かなりザックリな説明だが、流石どこぞの脳筋と違って優秀、大筋は理解したようだ。
しかし二つ返事だったが、彼女は分かっているのだろうか。
こんだけ事象がデカい兵器、俺がレネと契約したと同じ、これには相当のリスクが科せられる。
間違って失敗でもしようものなら、シャーロットは死ぬ。
「ユウ!」
「風で送るより抱えた方が早いんでな、失礼するぞ」
時間はあまり残っていない、瞬間で移動して女王のもとへ。
大気同調よりも俊敏に、やはり物理、抱きかかえ再び黒へと向かう。
『やり方は単純、王として色式を流せ』
レネによると話はシンプル、テンプレみたいな王道。
王の道、見せつければ従えさせられる。
「————ってことだそうだ」
「つまりは気合でぶち込めってことね!」
「ま、まあそうなるな」
「戦えなくてウズウズしてたのよ! やっと来たわね私の出番が!」
(なんかシャーロット無駄にハイテンションというか、脳筋発言が……)
箱入り娘がどうしてこうなった。
いやどうもこうも無い。
いいじゃないか真っすぐで、いいじゃないか正直で、俺はそういう奴が好きだ。
こういう王様だったら付いていってもいい、力を惜しみなく貸してもいい。
ただ相棒がいるんで、家来になることは出来ないが。
『高いオーラが集中しておる! 数発来るぞ!』
「まじかよ……!」
『被害を抑えたいのならもっと上を飛べい! そして神力を形創れ!』
「上を飛ぶと、てか形創れってまさか……」
『我が出る!』
襲ってくるのは赤の王を一瞬で消した超威力砲。
いくら俺でも全てを全て防ぐのは不可能。
ここは神頼み、それは実体のない神籤なんかよりずっと信頼できるもの。
銀神に残っている神力をありったけ注ぐ。
銀光が倍増、薄れながらもレネを顕現させる。
「え、エレネーガ様!?」
「小娘! 道は我とユウが拓いてやろう! 汝は青を全力でぶつけよ!」
「は、はい!」
「ということじゃユウ、後れを取るでないぞ」
「了解了解。死ぬ気でやりますとも」
飛行するレネと俺、そしてシャーロット。
ただし加速装置はここまで、あとは防御に完全移行する。
「シャーロット」
「なにかしら?」
「頼んだぞ」
「ええ! 任せて!」
抱えたシャーロットを宙で離す。
話すこともこれ以上は猶予無し、空に放った彼女を後は風で原初兵器へと送る。
俺とレネは彼女を葬らんとする砲撃を防ぐのみ。
「さあ、最後の仕事だ————!」
まさに飛来するアルマゲドン。
それを叩き落とすのは突風の如く飛ぶ俺たち。
守護者たる最後の瞬間が始まった。
「っ!」
ユウの手から離れ空を飛ぶ。
不思議な体験と体感。
風のスカーフで巻かれているみたい。
「あれね!」
原初兵器はもう目の前。
ここまで凄まじいレーザー? が飛来したがユウとエレネーガ様が守ってくれている。
託されたのは一番重要な、最も私が必要とされる場面。
「すごい……」
上から見下ろす原初兵器は本当に島という表現が相応しい。
そこそこの面積ながら、上には自然、黒い木々が生い茂っている。
囲むのは見たことないはずなのに、どこか懐かしい半透明な文字列。
大気を漂う羅列に感じ入る。
「私は————」
感じ入る、廻り廻って思い出す。
母親がいないことの消失感と謎の焦燥感、それで理不尽にお父様にあたった過去。
ランクも曖昧なこの能力に嫌気が指した日もあった。
でもユウと出会って、全てではないけど、真実を知れた。
両親のこと、世界の広さ、そして自分に素直に生きる日々はこんなにも素晴らしいと。
「私を生んでくれた両親、私と笑ってくれた友達、私に鍵をくれたユウ、ここまで育ててくれた全てに感謝を————」
私がここまで来れたのは皆のお陰。
特に会ったばかりだっていうのに、ユウには脳筋スピリットを刻み込まれた。
クヨクヨ悩むなんてバカらしい。
笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣く。
無くすものもあるけれど、受けたものは全力で抱きかかえ続ける。
「目標も見つかった————」
私の目指すべき人はユウ。
能力という面でも、人としてという意味でも。
彼は自分を冷たい人間だとたまに言うけれど、あんなにお節介な人もそうそういない。
ただマルパクリする気はない。
あくまで私は私の王道で、高みを目指す。
「滑稽に思われても構わない! 王らしくなくても構わない! 私は————!」
今まで感じたことのないくらい溢れ出る青い粒子。
この1つ1つが自身の気持ち。
原初兵器がなんだという、結局は祖父の遺品ではないか。
孫が終止符添えてやる。
全て乗っけて叩んでやる。
全身全霊、これが私の全力。
「皆と共に私は生きる! 大海青流星!」
拳に乗せる熱い思い。
魂を込めたこの右手を、心の闇を具現化したかのような漆黒へとぶつけた。