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大会途中放棄でこの身を走らせる。
タクシー捕まえる精神的余裕は今持ち合わせていない。
西遊記に倣い風を筋斗雲の如く。
シャーロットを引き寄せ向かうのは、エリクソングループ本社ビル。
(このあときっと事情聴取されるんだろうけど————)
なんせ新人戦をぶっ潰し、レネを召喚、謎のテロリスト集団と戦闘を繰り広げた。
しかも相手は国際指名手配される首無しと炎煙、そして正体現した赤エルフ。
数時間後に政府の役人に拘束されようとも、俺は突き進まなきゃいけない。
ホームズみたいな美しい謎解きの手管は持ち合わせ無し、ただ真実を求めようとする姿勢は一緒。
武骨に、されど真っすぐに、俺たちは推理を始める。
「あ、ここよ!」
「了解」
シャーロットの案内に従い飛行、そして到着、地面へと降下する。
まるでUMAが飛行船から飛来か、そんな周りからの視線が集まってくる。
だが気には留めず、なんせ秘密が知りたくて知りたくて仕方ないから。
正面進出するエントランス、そこはスーツ姿が行きかうある意味大通り。
垂直に並ぶ受付、共に一方通行、群衆の中から突出する。
「いらっしゃいませ。本日は……」
「シャーロット・エリクソンの急務だ。チャールズ・エリクソンに会わせてくれ」
受付に見せるシャーロットの学生証。
これで本物の娘だということは理解したはず。
「……社長は今大事な商談中でして、終わるまでお待ち頂いてよろしいでしょうか?」
「どれくらい待てばいいの?」
「そうですね、あと1時間といったところでしょうか」
どうもまだまだ絶賛会議中とのこと。
シャーロットが命の危機ぐらいだったら、会議を抜けて会いにきそうもんだが、いかせんシャーロットは元気ビンビン。
それに俺もそこそこ顔の知れた能力者、そいつが隣に居て今がピンチだとは到底思えないのだろう。
まあピンチといっても、事実俺たちは別に死にかけてるってわけでもない。
(ただ政府連中に動かれる前に真実だけは聞いときたい)
どれほどの期間拘束されるかはわからない。
しかし俺は良くも悪くも目につくことは理解している。
例として挙げれば、吸血王の時の事情聴取は本当にしんどかった。
そうなる前に辿り着かなくては。
「取り次ぎもできないのかしら?」
「申し訳ありません。緊急のこと以外は職務中連絡するなとのことで」
「これは緊急なんだけど……!」
「で、ですが————」
そりゃ俺たちは話を聞きたいだけだ。
これは一方通行の感情、受け付けられないのも無理はない。
やはり常識という鎖が俺たちの侵攻を食い止める。
「なあ受付さん、これだけは聞かせてくれ。社長は最上階にいるのか?」
「えっと……」
「教えてくれれば、もうこれ以上の抗議しないと約束する。だから教えてくれ」
「ちょっとユウ!」
教えてくれれば言葉で盾つかないと約束する。
台詞に妥協と限定の意味を持たせたとき、人は揺らぐ。
赤の他人なら兎も角、チャールズの愛娘、それならばと。
「社長は、100階の会議室にいらっしゃいます」
「なるほど100階ね」
「では約束通りフロント奥の待機室で……」
社長の娘という立場あって、待つ場所を提供してくれるようだ。
此方が大人しくなるということで、受付のお姉さんの表情は一層ニコニコしてる。
だが申し訳ない、その笑顔はすぐに凍り付くことになるぞ。
「よし、会いに行くぞシャーロット」
「お、お待ちください! 教えれば待つと……」
「待つとは言ってない。抗議しないと言ったんだ」
悪い一休さん、とんちはペンチに握り変える。
話しても埒あかない以上、力ずくで押し通るのみ。
反旗を示し、乱立するエレベーターへと突き進む。
「潰れろ」
カードパスのゲートが申し訳程度に構えちゃいるが意味はない。
重量に同調かけ上から押しつぶす。
下へ下へ圧縮、金属が曲がる音、内部が割れる音、お得意の脳筋かぶれプレーである。
「ユウ、犯罪よそれ」
「シャーロットがいるし何とかなるだろ、それともこういうスタイルは嫌いか?」
「ふふ。なら損害代は給料からマイナスね。それと、強引なのは私も好きよ」
「そうか、なら良かった————」
ペしゃんこになった一部機械の上を跨ぐ。
よく考えれば機械同調で済んだのだが、まあ勢いだ勢い、なにより壊す方が手っ取り早いし。
だが飛び散った機械片、ビジネス不相応の破砕音と光景は注目を一点に集める結果になる。
当然のことながら警備員らしき人が続々と向かってくるわけだ。
「重力同調」
またしても重力を操り下降させる。
マントルまで伸びる線を勢いよく、警備員たちは環状を描き地に伏す惨状。
脳筋探偵ここに参上、事件は乱暴に解き明かす。
「さあて、真実を話してもらおうか————」
エレベーター降りた先に続く道と道。
案内無しにはキツそうだが、シンクロで大気同調すれば問題無し。
操る風で熱源を探す。
しかしこんなだだっ広い階層で見つけたのは、たった1つのみ。
チャールズ・エリクソンが会議中ということだったが、果たしてどうしてか。
(もしかして罠か? いや、あの腹黒じゃあえて1人で待ってる方が可能性として高い)
例え前者であったとしても、迎撃態勢は整い済み。
シャーロットを連れていても十分戦える。
段々と歩みを進め、1つ扉の前に辿り着く。
「開けるぞ」
まさかと思うが開けた瞬間に何かあるかもしれない。
そういうところは脳筋探偵だろうと配慮する。
脳すべてが熱いわけではなく、一部にはクールな場所も生きている。
取っ手を掴み一気にムーブ、やはり目的の人物は1人でそこに。
中央奥にて座していた。
「結構重要な会議だったんだけどね」
「あんた1人しかいないみたいだが」
「ああ、相手方には帰ってもらったよ。なんせ秘密の話をするからね」
「お父様……」
「シャーロット、僕は君に隠していたことがある。だが時は来たようだ」
口ぶりからして大方の事情は把握していたように聞こえる。
事実そうなのだろう、何時かシャーロットが強き者に襲われることは予期していた。
でなければわざわざ俺みたいな能力者を雇いはしない。
「では、語ろうか————」
どうやら俺が居ても話は続ける。
ダメと言われりゃ引き下がる気持ちもあったが、良いというなら同じく聞こう。
チャールズ・エリクソン、彼は昔話をするように言葉を綴り始めた。
100年前、地球には転換期が訪れた。
おとぎ話でしか語られないような存在が多数確認されたのである。
神、魔王、魔族、精霊、他にもいくつか。
そしてその中にはエルフという種もいた。
そのエルフには3つの派閥があり、色式によって分けられる。
赤の色式に特化した真紅族。
緑の色式に特化した深緑族。
青の色式に特化した紺青族。
それぞれに王が存在し、王政統治によって生活は保たれていた。
正直に言って部族間の関係は良くない、いや、最悪だったとも言える。
絶えず戦いが起こり、毎日誰かが死んでいた。
しかしそんな中、ある1人のエルフが立ち上がる。
赤い髪を持ち、右目は青色、左目は緑色という、3種族すべての特徴を持つ男。
彼は部族間の真ん中に立ち、先頭を歩き、そして不戦条約を結ばせたのである。
これによりエルフ同士の戦いは無くなり、平和が訪れることになった。
その最もな要因は、彼の使う能力、つまりは『色式』の強さにあった。
赤の強い攻撃力を持ち、緑並みの持続性を持ち、青の柔軟性を持つ。
彼の絶大な力もつ色式はこう呼ばれる。
あらゆる秘密を暴く真実の大砲『原初兵器』と。
しかし運命とは悪戯なもの、そんな強大な王は突如病にてこの世を去ってしまったのだ。
残されたのは3人の子供、そして王という歯止めを失ったエルフの群衆である。
奇しくも王の子供、3人は父のように色を兼ね備えていなく、単色のみを宿していた。
そこからはまさに黄金方程式。
他色を排除しようとする動きが再発した。
握り合っていた手は離し、その手にナイフを握り替えた。
神輿にされるは幼き子供。
兄弟姉妹は引き離され、なされるがままに単色の王として即位させられた。
長男は赤い特徴故、赤の王と。
次男は緑の特徴故、緑の王と。
そして長女は青の特徴故、青の女王と呼ばれた。
人目に触れることはなく、何十年という歳月で種族間の戦争が始まった。
一番劣勢だったのは青のエルフ族。
形勢は押されるばかり、ついには絶滅の危機にも瀕し、独り逃がされるは青の女王のみ。
彼女は絶望の波に攫われる。
食料尽き、もう死ぬのだと悟ったとき、たまたま居合わせた1人の人間と出会う。
警戒をした、犯されると考えた、殺されると思った。
しかし男は優しく女王を迎えた。
まるで隣人を相手にするように、まるで普通のことのように、その姿はどことなく亡き父に似ていたという。
人間界に姿を隠しながらも月日は流れ、男と女王は結ばれた。
そして授かるのは女王と同じサファイヤの瞳を持つ女の子。
ただ運命は祝福を与えなかった、子供を出産してすぐ、女王も病に伏したのだ。
父と同じ、色式も異能も科学も効かぬ不治の病である。
まもなく亡くなる青い瞳のエルフ。
残されたのは悲しみに浸る男と、そして唯一青を受け継いだ子供だけ。
ただ時は止まらない、前に進むしかない。
男は必死に働き、苦い水を飲み、涙を流して心身を削った。
手にする多少のは金、だがそれでもいい。
最愛の彼女が残した唯一の忘れ形見、愛娘を守れる手段が増えるのだから。
母親のことを子に話すつもりはなかった。
無知は罪というが、果たしてそうだろうか?
例え真実を知らなかろうと生きることはできる。
傷つかず、平穏に毎日を暮らせる、これほど幸せなことはない————
「じゃあシャーロットは……」
「エルフが青の女王の娘、この世界で唯一紺青族の血をひく者だ」
明かされる真実は波乱万丈、言っちゃ悪いがまるで劇のよう。
激動の日々、苦悩したチャールズ、だが必死で生きてきた。
その集大成が会社をここまで育て上げたとも言える。
多少の金と謳ったが、このビルはまさに彼の努力と執念の具現化である。
「確かに、お母様の写真は帽子をかぶったものしか無かった。それって……」
「少しでも身バレを防ぐためさ。なんせエルフの耳は目立つからね」
シャーロット曰く、母親の写真は何故か2、3枚しか残っていない。
チャールズは恥ずかしがり屋と語っていたそうだが、真相は別にあった。
「シャーロット、君は青のエルフ最後の生き残りだ」
「それは、それは分かったわ。でもなんで? 教えてくれたって私は……」
「誰にも言わない、だろう? 一番の問題は自我についてじゃないんだ。要は原初兵器にある」
どうやらシャーロットの意思には関係無い様子。
一番は統一王が使用した力に原因があるそう。
「かの銀神様なら聞いたことはあるでしょう? むしろ僕より詳しいかもしれない」
その言葉にレネも反応、身体を具現化せずとも声は顕す。
「知っておるわ。3色の最奥、黒の大砲であろう」
「大砲?」
「簡単に言えばな。だがその実内容は恐ろしい、バハムートの一撃より威力は高いぞ」
「ば、バハムート以上!?」
「我とて喰らえば、耐えることは不可能じゃろう」
あのバハムートの滅びの炎より威力が高いとなると、もはや地球最高火力じゃないか?
レネ自身も耐えるのは不可能だって言ってるし。
確かにそんなものあれば、普通は畏怖、口答えすることもなく言うこと聞くわな。
エルフを統一した男は王政を敷いたそうだが、見方を帰れば恐怖政治とも捉えられる。
「でも、なんで死んだ奴の能力にそこまで縋る?」
気になるのは持ち主が死んでいるのにだ。
話は大体脳回路を周り、卓越に理解。
要はそんなバカげた大砲撃つにはエネルギーとして赤、緑、青の3色の力がいる。
青の血族は暫定シャーロットしか受け継いでいないし、狙われる理由も分かった。
しかし持ち主はとうにあの世、燃料あったところで肝心の砲台があるまい。
「原初大砲は、今も存在するんだ」
「なんと、やはり残っておるのか……」
「いやいや待てって。召喚系の能力でも主が死ねば消えるだろ」
「普通はそうだね。だけど、その常識を破るくらいの代物なんだよあれは」
今は亡き女王はチャールズさんに言った、統一王は大砲を残して死んだと。
王の娘が言うのだ、確証あってだろう。
しかしまさか世界にそこまで干渉する能力とは、正直信じられない。
だが、身近な人物に常識を何食わぬ顔で壊す奴がいる。
そう思えばこそ、全否定するほど脳は納得出来ていないのだ。
「なら、その大砲は何処にあるんだ?」
「何処にもないよ」
「はい……?」
「彼女曰く、世界の裏側で待っているそうだ」
「なるほどのう、隠し場所は第三世界じゃったか」
「待て待て、もう話が分からなくなってきたぞ」
シャーロットが狙われる理由は分かった。
しかし全てに理解は及ばない。
だがエリクソンは言葉を続ける。
「原初兵器は意識に呼応して顕れる。王としての自覚があればあるほど、その確率は高まる」
「つまりは、新たな王に譲渡されると」
「でもだ、自分が王の血筋と知らなければ、王の自覚もくそもないだろう? 無知であれば選定されずに済む」
「じゃあ私が今知ってしまったってことは……」
「そういうことじゃ小娘、ぬしは渦中に降り立ってしまった」
「だから僕は何も、彼女のことも教えなかった、守るために」
トーナメントに不参加のはずが強制参加。
詐欺みたいにすんなりと、ただ払い戻しは効かない。
ただエリクソンはどこか悟った表情、勝手な読みだがこういう日がくると分かっていたのだろう。
「もう少し後に大事な案件があると言ったんだが、あれはある意味嘘だね」
「嘘……?」
「赤の王が、ニューヨークを訪れるんだ」
「なんと!? それは真か!?」
「うちの情報網は世界最高レベルだ、この日のために会社を大きくしたともいえる。間違いはないね」
「じゃが訪問という生易しいものではあるまい?」
「ああ。確実に攫いに来てる。今までのは序章だったってことだ」
契約の最終日、つまりは大事な案件とやらは商談でもなんでもない。
人さらい、隠れていたエルフ、その王が御目見えということ。
「チャールズさん……」
「来るものは仕方ない。僕は守るだけだよ」
「戦争する気なのかアンタ」
「なんでも赤の王はほぼ単身で来るらしいから、そんな大規模なものにはならないはずさ」
曰く鍵のためとはいえ、エルフはやはり集団では来ないとのこと。
派手に動けば動くほど晒すものは多くなるからだ。
ここまでの赤エルフの襲撃は全て防いだ、ならばこそ、今度こそ確実に成功させるために、王自らの出陣に行きついたそう。
しかしそこまで把握できているとは、この会社は一体どこまで手が伸びているのか。
まさにブラック会社、底が闇で埋め尽くされているかの様。
「お父様、私は、その赤い王様と話してみたい」
「ダメだ! 話を聞いてくれるような相手じゃない」
「でも……」
「お願いだシャーロット。口を開きたいのは分かる、動きたいのも分かる、でも————」
珍しく、いや初めてポーカーフェイスが割れた。
それは怒り、焦燥、人間味の連打だ。
俺を呼んだ理由も察し、万が一に備えた最高の予防線ってとこだろう。
戦いの飛び火を払うためだけに。
だが、なんともモヤモヤした、晴れぬ感情。
ここまで第三者たちは難しく考えすぎている、エイラは言うだろうくだらないと。
だって俺がそう思うんだから。
「なあチャールズさん、この問題を解決する簡単な方法がある」
「簡単な方法だって?」
「結局だ、その赤の王を真正面からぶっ倒せば収まりつくんだろう?」
「ま、まあ……」
「原初兵器についてもそう。持ち主があやふやだってんならシャーロットが奪っちまえばいい。そんで敵を殲滅、もしくは————」
チラリとシャーロットを見る。
ここまでの話は簡単に、俺たちにとって障害となる赤い王はぶっ倒す。
燃料足らずの砲台についても、撃てようが撃てなかろうがとりあえず奪えばいい、自分自身が王として所持してしまえ。
そこからは殺すもアリ、脅すもアリ、それから————
「お母様はきっと仲良しが好きよ。争いの無い平和な世界が」
「……」
「話したことも、声も覚えてない、だけど————」
シャーロットは自分の瞳を瞼から撫でる。
意思は宿っているのだ、記憶としてなくともその身体奥深くに。
「私が、平和を取り戻すわ!」
立ち上がった、既に王としての気質は彼女に見えていた。
それが今初めて形を成す、肉声として世界に轟く。
ハーフエルフ、しかしその気概は統一王に負けんとす。
「大事な案件までが契約期間よねユウ?」
「もちろん。それまではこき使ってくれお嬢様」
その通り、案件終わって初めて契約は完了する。
そこにどんな障害立ちふさがろうとも、彼女を守るのが俺の役目だ。
しかしシャーロットもだいぶ脳筋な脳になったな、一体だれの影響なのか。
これは将来が楽しみである。
「シャーロット……」
「お父様、今まで独りで背負わせてごめんなさい」
「そんな、そんなことはない」
「私は今野望を持ったわ。こーんなに大きなものよ」
チャールズさんの鉄仮面は既に剥がれ、そこには父の姿が。
良かったなこんなに立派な娘がいて、あんたほど恵まれた親もそうそういない。
シャーロットは腕を大きく円描き、野望の大きさを表す。
なるほど、これは巨大で大変そう、だが人生を懸けて挑む価値はありそうだ。
「最前線は私が立つ」
「まあ一番働くのは王様じゃなくて俺みたいな雑兵なんだが」
「ふふ、しっかり働いてね」
「おうとも。それこそ死ぬ気でやるよ」
忠義はないが信頼はある。
建前も無い平等な立ち位置。
立場逆転現象、青の血統は今狼煙を上げる。
伴うは銀と紫を内包した青き暴風。
数日先の未来をこの目で見つめる。
「この気の強さ、シャーロットはやはり君の子だよラフィール————」
ガラガラの会議室でのとんとん拍子。
心臓のドアはドンドンと叩かれ、その気一本。
先頭をきるは、チャールズさん曰く親譲りの気の強さを持つ愛娘。
青い瞳を真っすぐ構えたシャーロット・エリクソンであった。