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惚れ惚れするほど  作者: 斗丸
3/4

幸村くんは豆乳プリンだけじゃなくて杏仁豆腐と普通のプリンも大好き。




あのあと普通に授業を受け、(といっても俺だけ別室)あれよあれよという間に昼休みになった。


クラスの人とも少しうち解けて、俺としては大満足だ。1日目にして順調である。


食堂に行こうという政宗の誘いを断って、俺はカフェに向かうべく皆とは逆の方向に足を進めた。


おじさんにする土産話を頭のなかで整理していると、目の前から飛び抜けて高い頭が見えた。


彼が通ると周りの生徒がうっとりと陶酔したような目、または畏怖の眼差しを向けている。


今までに見たことのない皆の反応を見るからに、彼が悠哉さんの言っていた“親衛隊持ち”なのだろうか。


親衛隊持ちとは、家柄、顔、人柄など全てにおいてパーフェクトなイケメンのことである。


そして親衛隊がその人を慕う人の集まり、らしい。


俺は、見るまではそんなパーフェクトなイケメンなんているわけ…と思っていたが改めよう。



今まで一度も染めていないのか、全く痛んでいない黒髪は短く切られている。

凛々しい眉に何もかも見透かすような澄んだ瞳。しゃんと伸びた背筋は彼の人柄を表すようだった。


そしてどことなく、悠哉さんと似通った雰囲気を持っていた。


あれは本当に生徒だろうか。


俺と同じで訳ありなのではなかろうか。


心なしか緊張して、何事もなくイケメンを通りすぎようとしたとき。


ガシッと肩を掴まれ、ほぼ同じ高さから見つめられる。


いきなりのことで驚き、バクバクと心臓が暴れる。


強い意思を宿した男の瞳に見つめられどぎまぎしていると、しばし沈黙していた男が声を発した。


「お前、見ない顔だな。」


リンチでもされるんでしょうか。


そんな、第一声がてめぇ見ねぇ顔だなと喧嘩をふっかける前の不良のセリフのようなことを言われては、俺は子羊のように震えるしかないではないか。


あぁ、補食される草食動物はきっとこんな気持ちなんだろうな、と恐怖が一周回って冷静になる。


俺が顔面蒼白だったからか、男は肩から手を離しいきなり悪かった、と謝ってきた。


なんと、男前なのは顔だけではなかった。


申し訳なさそうに頭をかくのを見て、悪い人ではなさそうだと俺もやっと安心した。



「お前、もしかして転入してきたやつか。」


ほぼ確信をもって聞かれ、俺は驚く。


「あ、はい…そうですけど」


戸惑いながらそう応えると、男は少し悩むような仕草のあと真剣な表情をした。


「風紀にこないか。」


「…は」


俺がえ、と思う暇もなく周りがざわりと騒ぎ始めた。

うそ、だとか嫌だとか他にも俺に対して中傷する言葉を投げつけるものもいた。


いきなり周りがざわざわと騒ぎだし、それを聞き付けた野次馬が次々と増え人の少なかった廊下はいつの間にか人であふれかえっていた。


言われたことと周りの野次で俺の頭は混乱してしまって、どうすればいいのかわからなくなる。


すると、男は自分のしでかした失敗に舌打ちをし俺の腕をつかんでずんずんとどこかへ連れていった。


人の群れからは抜け出せたが、すれ違い様に悲鳴をあげたり驚いた反応を見せる生徒たちにいたたまれなくなり、俺は顔を隠すように着いていった。




「本当にすまなかった。」


頭を下げ申し訳なさそうに言う男を見て、慌てる。


「え、いや、なんでですか?」


本当に謝る理由がわからなくて尋ねると、男は怒ってないのか、と言うので頷いておいた。



「あのとき騒ぎを起こしてしまったのは俺の落ち度だ。自分の周りに与える影響を甘く見ていた。」


改めてすまなかったと謝られれば、もともと怒ってない俺は許すもなにも…という感じである。


困った様子の俺に彼は苦笑して、やっと俺と向き直った。


「取り敢えず座ってくれ。」


誘導されるままにソファに座ると、抵抗なく沈む柔らかな心地に幾分かほっとした。



「先程は礼儀がなってなかった。俺は3年A組の氷月雨音だ。ここの風紀委員長を務めている。」


「あ、俺は神薙幸村です。1年C組で転入してきました。」


男はわかっているというかのように笑った。


「あぁ。話をいきなり本題に移させてもらうが、先程言ったように神薙には是非風紀に入ってもらいたいと思ってな。」


「あの、理由を聞いても…」


「この学園に蔓延る悪習のことは知ってるか」


「悪習?ええと、」


「この学園は同姓愛者が多くを占めていて、悔しい限りなんだが強姦事件が多発していることだ。」


「強姦…」


「そんな事件に対応できるものも数が少なくてな。腕っぷしに自信のあるものでなおかつ公私混同しない責任感のある者だ。」


風紀委員が風紀を乱しては元も子もないからな。


そういって彼は嘆息した。


だが、思うのだ。そこまで完璧を求めるのは少し、いやかなりきついのではないかと。


そんな人間ここの学園の生徒でなくても稀有だと思う。


この人も、苦労してきたんだろうな。


「そこで、俺自身がスカウトしているわけだが、お前はタッパもあるし筋肉のつきもいい。見たところ被害者に邪な感情を抱きにくそうだし真面目そうだ。」


あの一瞬でそんな判断をしていたとは。


風紀委員長恐るべし。


恐々と彼を見つめていると、駄目か、と眉をしかめて見つめてくる。彼には怖がらせているつもりはないのだろうが、顔が如何せん強面なものだから相手を威圧しているように見えてしまう。それでも俺が彼を怖く感じないのは、その強面な顔とは裏腹な優しげな声音のせいだ。


ぎゅっと、胸が締め付けられる感覚がした。


あ、やばいと思う頃には、もう手遅れだったのかもしれない。


俺を見極めるその目が魅力的に見えて仕方ない。


じわじわと胸を侵食していく感情。


ほら、結局俺は変わらないじゃないか。


芽生えた恋心に対し、予想はしていたものの失望してしまう。


…でも、だったら尚更風紀に入るわけにはいかない。



「申し訳ないんですけど、それには応えられません。」


彼の眉がぐっと寄る。


なぜ、と言いたいのだろう。


「俺は頭も良くないですし、武術をやっていたわけでもなければ喧嘩も一度だってしたことはありません。むしろ運動だって平均できるくらいで。」


そういうと、彼は意外そうに目を見開いた。


まぁ、この体じゃ何かしていると思われても仕方ないか。


「それに、俺は学生であると同時にここで働かせてもらっているんです。これ以上忙しくなったら、どれかが疎かになってしまいそうで俺が嫌です。」


すべて本心だ。


新しく咲いた恋心など、そこにはないかのように。


まっすぐ見つめる俺に、本気を感じ取ったのか彼は惜しそうに黙りこみ、しばらくしたら諦めたように息を吐き出した。


「わかった…勧誘は諦めよう。お前はやはり真面目だな。俺の目に間違いはなかった。本当に惜しい。」


「すみません。」


そっと苦笑する。


「だが、余裕ができたらでいい。もし気が変わったらいつでも来い。歓迎する。」


こんななんの役にもたちそうもない俺を、それでも誘ってくれることに多少の喜びを感じた。


人から、特に思いを寄せる人から求められるのは素直に嬉しい。

それがただの社交辞令だとしても。


「お気遣いありがとうございます。先輩も、あまり無理しないでくださいね。」

社交辞令のような本音を滲ませ、それじゃあと立ち上がる。


「神薙、またな。」


「、…。」

また、と。

もしかしたら次がある可能性に心臓が高鳴る。


俺はなにも言葉が返せず、一つお辞儀をして部屋から退室した。



期待をしてはいけないんだと、胸に言い聞かせた。



         :

      :

「そっか、よかったね幸村くん。」


あの後、友達ができたこと、初めての授業が楽しかったことなど、今日起こったことをおじさんに話した。


氷月先輩のことは、触れずに。


おじさんは俺の話を楽しそうに聞いてくれて、自分のことのように喜んでくれた。


照れたようにはにかむと、きっとこれからもっと楽しいことがあるからと優しく頭を撫でてくれた。


「あ、そうだ。俺手伝いに来たんだった。」


「そういえば幸村くん、佐倉くんから食事に誘われてたんじゃない?」


「え、あ、そう…だけど。」


するとおじさんはにっこりと寒気がするような微笑みで次からは、断らないでね。手伝いたいならその子もここに連れてきてご飯を食べなさい。と言われた。


友達の誘いを断ってまで来ることは、おじさんがお気に召さなかったようだ。


…次は、政宗を誘ってみよう。


それとなくお叱りを受けて少しだけしゅんとしながら自分のエプロンをつけた。


裏に回り使用済みの皿を丁寧に洗っていく。


それが終われば冷蔵庫のなかの品物の数を確認して足りないサンドイッチなどを手早く作り上げていく。


ケーキは昼休み中には作れなさそうなので、後からおじさんが効率よく作業出来るようにフルーツを切っていく。


時間を忘れて仕事をしていると、昼休み終了を告げるチャイムがなった。


しまった。後で食べればいいやと昼御飯を食べ損ねてしまった。


いつもは仕事が落ち着いたころに食べる、という形をとっていたので昼飯を食べる時間が1時2時をすぎてしまうことはざらだったのだ。


そうか、学校となると時間が限られてくるのか。


3年の習慣はなかなか抜けないようだ。


「おじさん、時間になったから俺そろそろ行くね。」


「あ、ちょっと待って。」


おじさんの呼び止める声に何だろうと足を止める。

少し経つと奥からおじさんがハムサンドイッチをもってきて、俺に差し出してきた。


「え…」


「どうせ幸村くんのことだからお昼食べてないでしょう?休み時間にでも食べなさい。」


おじさんにはバレていたようで、思わず頬が緩んでしまう。

こういうときに、敵わないなぁと思う。


ありがたくいただき、おじさんにお礼を言って俺は午後の授業に向かった。





二人目!

幸村くん、まだまだいくからね!

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