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【08】 PM5:30

アーニャが防犯カメラの映像を遡ってチェックした結果、テントが片付けられたのは、ホームレスが連れ去られた翌日、現時点から見れば昨日の8月9日の午後2時頃で、前日の二人組らしい人間によってあっさり片付けられていた。

 そしてその時間帯なのに珍しく残っていた、ホームレス仲間と思われる人物と口論しているらしい様子も写っている。

 その人物を見つければ、詳しい事情が判明するだろう。夕方からの訊き込みへの期待が膨らんだ。

 

 今回は荷物も無いので、野澤、ユカリ、菜穗子の三人は地下鉄で現地に向かう。

 竹橋の本部から地下鉄を乗り継いで、不忍池エリア最寄りの湯島駅で降りる。

 北側の出口から出るとすぐに、不忍池の南西端が見える。問題の場所、池之端交番裏手まで500Mもない。

 佐々とは午後6時に待ち合わせだったのだが、まだ午後5時30分前だ。

 念のため、また虫除けスプレーを服の隙間にかけ合ってから、三人は池畔をゆっくり歩きながら目的地に向かう。

 まだホームレスの人たちはほとんどテントに戻っていない。

 良い機会なので菜穗子は野澤とユカリに質問してみる。

 「今さらそもそも論で申し訳ないんですが、ホームレスの人って何でホームレス生活を送っているんですか? 金額は少なくなったとは言え、生活保護が出るんですよね」

 「確かにそもそも論だけど、これから話を訊く人たちがどういう立場というか、どういう境遇なのかは知っていた方が良いな」

 と野澤が話を受け取り、

 「昔は本当の犯罪者とかもいたみたいだ。生活保護の申請をしたら足がついて捕まっちゃうから申請できない。佐々さんや大谷の話だと、今は警察がフォローしてないくらい、そういう人はいないようだけど。というのは置いといて」

 と冗談とも付かない話をしてから、ユカリに話をするように促す。

 「まずは、生活保護の申請自体しにくいという人がいるわね。生活保護を受ける前に、身内、親兄弟や子供が面倒みなきゃいけない事になっているから、身内に連絡をしますよ、と窓口の人に言われるんだけど、身内と疎遠、というか身内に顔向けできないことをやってきた人の場合、『それだけは止めてくれ』ってなる場合がすごく多いみたい。逆に身内に捨てられた人が『絶対に会いたくない』ってなる場合もあるし。ともかく生活保護受ける前に家族がまず面倒を見なきゃイケナイっていう前提がホームレスの人を生み出す大きな原因になっているのは確かよ」

 「借金があって逃げてきた人、とかは逆に少ないんだよな。自己破産すれば良いって知れ渡ってるから。それよりは身内に連絡取られたくない、家族にだけは迷惑をかけたくないっていう人が多いようだ。まあ家族って言っても20年前にさんざ迷惑をかけた末に自分から捨てた妻子、とかだったら申し訳なくて連絡なんてして欲しくない、っていう気持ちはよく分かる。合わす顔が無いってやつだ。それよりはホームレスをやってたほうがマシだってね。人間って、まともに喰えないくらい落ちぶれてもプライドは捨てられないイキモノみたいだね」

 「そういう『事情』のある人と重なる部分もあるんだけど、精神的に病んでいる人もいるの。ホームレス状態にある人の8割に何らかの精神症状がある、精神障害や知的障害が見られる、っていう昔の統計がある。それに水没した地方から東京に流れ込んできた人たちは、仕事も故郷も家族も失ったショックから立ち直れなかったり、東京での生活に適応できない人も多い。

 そういう人って、とても自分から生活保護の申請みたいな『高度な交渉』ができる状態にない。それは『囲い屋』が蔓延する原因でもあるけど」

 「生活保護を出す方が進んで『生活保護はいかがですか』とかホームレスに営業して回ったりしないからね。『囲い屋』がホームレスから搾取しているのは間違いないけど、『囲い屋』がいなければ生活保護の申請自体が出来ない人が多いのも事実なんだよ。もちろんちゃんとした支援団体が間に入ってくれればいいんだけど、今現在、支援団体より『囲い屋』の方が圧倒的に数が多いからね」

 「もちろんアルコール中毒の人のように、『その障害を招いた責任が自らある』っていう、一般的には同情されない人もいる。でも、そう言う人も含めて積極的に医療的なケアが必要だと、少なくとも私はそう思う」

 これまでの発言を通じて、総じてユカリは、屋外生活をしていることには否定的だが、ホームレスの人自体には同情的のようだった。

 しかし野澤は冷静に別の見解について話し出す。

 「まあ、いろいろ事情があって生活保護の申請が出来ないっていう同情すべき人たちもいるけど、もう一方では、生活保護を受けたくない、っていう人もいる」

 「生活保護を受けたくない? それって『施しものは受けたくない』的なプライドが邪魔をするんですか」

 菜穗子が訊くと、

 「もちろんそういう人もいるだろうし、プライドが高いんじゃなくて、気が弱くて自分から『助けて欲しい』って言えない人もいる。

 だけど、他人から管理されるというか、他人から口出しされるのがイヤっていう人も確かにいるんだよ。

 生活保護を受けると、あれこれ干渉されるからね。形だけでも仕事を見つけようとしなきゃイケナイとか、あれこれケースワーカーから指導も入る。住宅扶助以外は、生活保護の支給金額自体が大幅に減ったから、パチンコしたり酒飲んだりっていう『息抜き』が出来なくなって久しいしね。

 いろいろ問題はあっても公園に住んだ方が束縛はされない。

 まあ、飼い犬になってご飯を恵んでもらうのより、野良犬あつかいされても、管理されるのを嫌がる、ある意味、気高い魂を持っているとも言える。もっともオレは『ワガママ』な魂だと思うけど。

 しょせん人間なんて、人間同士で飼い慣らしあっている、家畜化された生き物なのに、自分だけは野生のイキモノ気取りになって、酒飲んで管巻いてるイタイ奴らも中にはいるっていうことだ」

 野澤の意見は、意外にも厳しいものだった。菜穗子がそんな風に感じたのに気付いたのか、

 「おっ、ちょっと言い過ぎたな。もちろんそんなヤツはごく一部だけどね」

 と印象をやわらげるセリフを足した。あまりやわらぎはしなかったが。

 「午前中に『ここは都会の真ん中にある姨捨山みたいなもんだ』『誰も面倒を見ない、引き受け手のない人たちが、ここに棄てられている』っていう話をしたけど、無条件に『同情できる人たち』ばかりではないのも確かだ。だからといって」

 野澤は池畔に立ち並ぶテントを見ながら続けた。

 「オレたちまで見棄てていいってワケじゃない」

 

 そう言った後、野澤は何かを考え出したのかしばらく黙り込んだが、その沈黙を自ら破ってユカリに話しかける。

 「でもこうして公園に住んでいる、ある意味『ずぶとい』人たちはまだラッキーなのかもしれないな、完全な路上生活に比べれば」

 ユカリがその言葉に頷いて、意味が分からないだろう菜穗子に説明する。

 「公園にテントを立てて住むのって、全然安全じゃないよね。今回みたいに病気にかかるリスクがあるだけじゃなく、冬の寒さで凍死する可能性もある。夏は熱中症になるくらい暑すぎるし。それだけじゃなくて、欲求不満か不平不満の中高生たちに襲われたり。

 それに常に追い立てる圧力が公園の管理者からかけられてる。

 それでも完全な路上生活よりはマシなのかもしれない。

 佐々さんからの報告にあったじゃない、上野公園全域でテント生活を送っているのは5百人超、しかし炊き出しに出入りしているのは二千人近いって。

 その差千五百人。

 住む所は確保できているけど収入が足りなくて食事を炊き出しに頼っているっていう人もいるけど、完全な路上生活をしている人の方が、今は多いと思う。

 住む所が無くて、ずっと歩いたり、雨風がしのげる場所で夜を過ごして、昼間はベンチで寝ている、みたいな生活を送っている人たちが大勢いるんでしょう。公園に住むまで落ちぶれたくない、って思っているんだろうけど、精神的にはもっとシンドくて追い詰められていると思う。そしてそういう人たちの実体は把握できていないのよ」

 西日に照らされた、池の中へ続く陸橋を見ながら野澤がユカリの話を補足した。

 「温暖化対策委員会に属する人間としては、正直、東京でホームレスするのだけは避けて欲しいと思ってる。いつ水没するか分からない所で路上生活するなんて危険すぎる。上野駅の東側なんて、いきなり海抜以下だからね。ホームレスに限らず、機敏に動けない年を取った人たちはもっと安全な土地に住んで欲しいとオレは思っているよ。

 とは言っても、今は都心じゃないと、ホームレスが喰べる手段も無いし、ヨソ者をホドよく無視してくれる土壌も無いから難しいんだけど、そこも含めた抜本策が必要なんだよな」

 そもそも論は、当然、深刻な話に発展した。野澤もユカリも最後には黙ってしまい、そのまま池之端交番前に着いた。

 

 佐々は大型バイクを交番前に止め、交番の巡査と何か話をしながら待っていた。

 そして巡査に別れを告げて、三人の元に近づき、

 「やはり交番では何の情報も掴んでない」

 「アーニャが見つけた防犯カメラの映像、佐々さんは見ていただきました?」

 ユカリが質問し、佐々が頷く。

 「じゃあ連れ去られた人のテント周辺から訊き込みに行きますか」

 野澤が全員を促す。

 しかし、いざホームレスの人と直接話をする段になると、菜穗子は少しビビってしまう。

 今までの話を聞く限り、ほぼ暴力的な人たちじゃない、というのは頭では分かっているけど、怖くない、と言ったらウソになる。いかにも暴力ござんなれ、っぽく見える佐々が同行してくれるのは安心材料になるけど、いくら公に出来ないからと言って、私たちが直接訊き込みにあたるのはどうなんだろう、などと菜穗子が考えている間にも、佐々と野澤は周辺のテントの中を覗き込み、中に人がいるかどうか確認し始める。

 で、ユカリはと見ると・・・いつのまにか白衣を着て超然と立っている!

 それがなぜか非常にカッコいい。菜穗子は思わず見とれてしまっていた。と、突然、

 「榊原!」

 あるテントに顔をツッコんだまま、大きな声で佐々が呼んだ。

 問題の人、テントが二人組によって片付けらた際、口論していたホームレスの人が見つかったようだ。即座にそのテントに顔を出したユカリが、普段の彼女からは予想もつかない、実に優しそうな声で話しかける。

 「ご病気にかかったらしい方が連れ去られた、という話を聞きました。その方を探しているのでご協力いただけませんか」

 そして、池を眺めるために置いてある公園のベンチを指さし、

 「ここで訊くのはご迷惑がかかるかもしれませんから、あそこのベンチで話を聞かせてください」

 と、これまた優しくお願いする。男だったらノーと言えない雰囲気を出しながら。

 

 そのホームレスは『イノウエ』と名乗った。完全な白髪、深い皺、シミだらけの顔、半分くらいしか本数がなく、なおかつ残っている部分も欠けが目立つ前歯。確実に老人だとは思うが、何歳なのか分からない。

 薄汚れたTシャツに、臭うんじゃないかと思うくらい汚れたジャージをはいている。

 しかしユカリは平然と、そんな井上の隣に、それもかなり密着して座った。

 野澤と佐々はユカリの護衛よろしく、ベンチの両脇で、直接二人を見ないように外側を向いて立った。威圧感を出さないためにだろう。

 菜穗子は恐縮しながらも、野澤のさらに外側に立つ。

 ユカリがナゼそこまでできるのだろうと思いながら。

 話が途切れがちで、イマイチ要領を得ないイノウエから、ユカリが根気よく訊きだしたのはこのような内容だった。

 

 連れ去られた男の名前は『アリヤマ』って言うんだと思う。いつか誰かにそう話しかけられていた・・・誰が話しかけてきたのかなんて憶えてないよ。

 ここに居着いたのはそんなに前じゃない。梅雨明けくらい、骨董市が不忍池の池畔で始まった頃だったと思う。今から一ヶ月前かそこら。

 でもテント生活には慣れていた。初めてじゃなかったんじゃないかな、路上生活をするのは。台車を押しながら現れたし、場所を上手く確保したと思ったら、テントもあっさり作った。手慣れたもんだったよ。

 このへんじゃ『シャレコウベ』って呼ばれていた。別にすごく痩せていたっていうわけじゃなくて、ハゲていて骨張っていたのが理由のひとつ。

 アダ名の理由はもう一つあって、アイツ、いつも小綺麗なカッコをしてたんだよ。一見、オレたちのナカマとは思えないくらいに。

 昼間、図書館とか区役所とかで涼みたいから、って言い訳してたけど。

 単に小綺麗にしてるだけじゃなくてオシャレなんだよ。ソフト帽っていうの?をかぶったり、ズボンをさ、サスペンダーっていうの、あれで吊ったり。いつかは蝶ネクタイなんかしてやがった。

 だから『オシャレ』とか最初は言われてたんだけど、ちょっとイヤな面も出してきたからアダ名が『オシャレ』から『シャレコウベ』に格下げになった。

 普段はは大人しくて、悪いやつじゃないんだけど、ともかく酒が好きで。それも楽しくないお酒。酔うと、ちょっと抑えが効かない。大声で独り言言ったり、歩いてる普通の人に絡んだり。

 トガめると、さらに大声出したりさ。

 やっぱりそういうヤツってどこ行っても嫌われるんだよね。

 そう、ここに来る前はどっかの囲い屋に囲われていた、って言ってた。

 酒が飲めないから出てきちゃった、って。

 囲われていた場所? それは全く話さなかった。

 そう言えばアイツ、アルミ缶集めとか熱心じゃなかったのに、あの服はどうやって手に入れてたのかな? 支援物資から選び出せたと思えないし。

 それにお酒。お金どうしてたのかな?

 正直、オレたちは他人のやりように口を挟まないから訊いたことなかったけど、考えてみればヘンなヤツだった。

 

 二人組のチンピラと揉めた話?

 『シャレコウベ』が前の夜から姿が見えない、ってこの辺でちょっと話題になったんだよ、前の日は朝から熱出して寝込んでたはずなのに。

 で、オレはなんとなく気になって、昨日の朝はテントに残っていた。

 そしたら、なにやら物騒な音が聞こえてテントから出てみると、あのバカどもが『シャレコウベ』のテントを壊して、中の荷物も含めて台車に積んでるんだよ。

 オレが文句言ったら、アイツら、『アリヤマは病気にかかったんだよ。当分、施設に入ってもらうから荷物は持って行く』だって。

 あれ?あいつの名前がアリヤマだって、その時、聞いたんだったかな。

 それはともかく。

 アリヤマ本人の依頼、ってアイツらは言うんだけど、証明できるモンとか出してみろ、って文句言ったら、その後はオレのことを完全に無視。もう一方的に、アリヤマのテントから台車から荷物まで、根こそぎ持ってかれちゃった。

 ワンボックスカーであっという間。ありゃ馴れてるよ。

 アリヤマを囲っていた囲い屋が連れ戻しに来たんだろうね。

 

 囲い屋って連れ戻しに来るものなのかって?

 相手によるよ。アリヤマみたいに酒呑んでクダ巻くヤツは、連れ戻しに来ないんじゃないかな。手間がかかるよ。もっと従順なホームレスはイッパイいる。そう考えると不思議だな、アリヤマを連れ戻すって。

 二人組のチンピラに見覚え? ない。全然ない。不忍池の回りに出入りしている囲い屋じゃないと思う。

 

 そういえば上野のお山の方でデング熱がまた発生したんだって?

 なんでもあっちのヤツら、中学校に泊まれて、メシも配給されるって言うじゃないか。そもそもあっちの方がテントも広くとれるし、炊き出しもやってるし、アイツらばっかり恵まれてるよな。

 で、あんた医者なんだろ? 念のため、診察してくれない?

 

 デング熱の検査キットは思ったより簡単なもので、血液を少量採り、その血清部分にサンプルを浸し、抗原抗体反応が出るかどうかでチェックできる。イノウエはデング熱の抗体を持っていなかった。

 「熱もないですし、今のところ問題はないですが、ちょっとでも熱とか出たら無料検診しているNPOの所に行ってくださいね。感染してからこの検査で分かるまで2、3日以上かかる場合がありますから」

 ユカリはニッコリ笑って質問を続ける、

 「ちなみにアリヤマさん以外で、このあたりで熱を出した方とかいらっしゃいました?」

 「いや~聞いてないな。炊き出しをもらいに、皆、あっちによく行くんだけどね」

 「本当に熱が少しでも出たら無料検診所に行ってくださいね」

 ユカリの優しげな言葉にイノウエがニヤさがり、

 「わかってるって。皆にもそう言っとくよ」

 そうこうしている間に、虫除けネットをかぶり、白色のツナギの防護服を着た人たちが、大きな網を振ったり、蚊の採集の仕掛けを設置をしだした。

 例の感染予防衛生隊が動き出したのだ。

 ホームレスの人やその支援団体と、また一揉めあるかと野澤たちが心配?していた事態だが、ホームレスの人にとって、公園で蚊を採集する一団が現れること自体は『年中行事』であるようで、全く気にしていなかった。

 

 イノウエの診察を終えたユカリも含めた四人は池之端交番に移動し、巡査さんが入れてくれた冷たい麦茶を飲みながら話をする。

 「肩すかしでしたね」ユカリが話し出す。

 「それって感染予防衛生隊とホームレスの人たちが揉め事を起こさなかったっていうことですか?」菜穗子の問いかけに、

 「そうじゃなくて」ユカリは苦笑しながら説明する。

 「イノウエさんの話。『囲い屋』がほぼ確実に絡んでいる、っていう状況は分かったけど、『アリヤマ』って言う人にたどり着くための情報はほとんど無かったから」

 ユカリの話に野澤が付け加える。

 「ホームレスが自分の事を周りの人にベラベラ喋っている、なんて逆に言えば考えにくいか。あっ、でもテントを片付けた二人組はまたしてもワンボックスカーを使ったっていう情報があったな。二回現れてる。時間と場所が分かっているから近くのNシステムから割り出せるかもしれない」

 「アーニャにやってもらいましょう。しかし」

 「まあ難しいだろう。まあ藁をも掴む気持ちだよ。で、佐々さん、オレたちは、例の犬の散歩をしていた人への訊き込みに、根津へ行きます」

 「オレはもう少し訊き込みを続ける。ホームレスの連中がテントに戻りつつあるからな」

 と、返事をした後、珍しく佐々が野澤に話を振る。

 「しかしここの雰囲気、普段と違いすぎないか」

 「普段をよく知らないんですけど、具体的にはどう違いますか」

 「差別主義者どもが騒いでいない」

 「なるほど。いつもの土曜日であれば街宣車とかでホームレスを攻撃してますか」

 「こんな時ですからいくらなんでも自粛してるんじゃないですか」

 と脇からユカリが訊くが、

 「いや、彼らのメンタリティだと、ここぞとばかり差別的発言を大声でしてそうなもんだよ。現にネット上の反応はそうだったじゃない」

 野澤が(佐々の代わりのように)ユカリに答え、改めて佐々に依頼する。

 「そう考えると確かに静かすぎますね。なんかつまらないこと準備してないといいんですが。念のため公安第三課に耳打ちしておいていただけませんか」

 何もそこまで、と珍しくユカリが呆れた表情をするが(公安第三課は右翼的な団体を調べている公安警察のセクションのようだ)、佐々は黙ったまま頷いて立ち去った。

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