【06】 PM0:20
土曜日ということもあり、都心は全体的に道が空いていた。野澤が運転した車は15分もかからず竹橋の本部に着く。
休日シフトで出勤している第5班(喜野班)のデスクあたりに人が在る以外、緊急対応室のフロアは閑散としている。
うっすらとだがエアコンが効いていて気持ちが良い。
第3班では、既に出勤しているアーニャがPCと格闘中だった。
普段よりかなりラフ、というかタンクトップにヴェリーショートのパンツという、いつにもまして肌の露出の多い、アグレッシブに扇情的な服を着ている。
彼女の仕事の性格上、通常のデスクではなく、広めのテーブルに複数のマシンを置いて作業しているので、テーブルの下から下半身が見え、ショートパンツから伸びる長い生足が艶めかしくて、同性とは言え目のやり所に困ってしまう。とても官公庁の人間が役所でする姿ではない。
しかし一緒に席に戻ったユカリは、アーニャのその格好を全く気にせず、「お疲れ。昨日の夜はちゃんと家に帰ったのね」と気楽に声をかけてから自分の席につき、すぐにタンマツで何やら調べ始める。
なおも菜穗子が当惑していると、車を地下駐車場に置いて、後からフロアに上がってきた野澤が、菜穗子と、菜穗子の視線の先のアーニャの服装を見て、
「ああ、アーニャの服装ね。休日出勤の時はカジュアルな格好で出勤して良いことになってるんだ」
カジュアル? ポイントはそこ?
あぁ、しかし野澤さんっだって最初に見た時はアロハシャツを着て出勤していた人だった。緊急事態だったので着替える時間も惜しんで出勤したからだと思うけど、アロハシャツが普段着って。この人の服装(に限らないかもしれないが)のセンスは変だ。
「まあ、そんなことより、昨夜からどう報道されているか、ミーティングの前にチェックするぞ」
会議室に移って、そこの大型のモニタでTVのニュースのチェックを始める。全局の報道がサーバに残こしてあり、それを順に呼び出し、音声が聞き取れるギリギリの早送りで観る。
菜穗子にとっては、すべて既知の情報だ。
しかしホームレス拉致のウワサは報道されていない、というか「ホームレス」の「ホ」の字も出ていない・
今朝、支援団体と保健所があんなに揉めていたのに、それについて触れた報道も全く無い(確かに取材陣はいなかったが)。上野公園の台地エリアは、関係者以外立ち入り禁止になったとだけ報道されている。
こういう事件の時によくある街頭インタビューでも、公園を利用していた近所の人が『私も病気にかかったお子さんのご家族と同じように、公園で子供を遊ばせていました。身近な場所ですので、とても心配です』って言ったり、動物園に行こうと思って公園の入り口でUターンさせられた家族連れの父親が『全然気がつきませんでした。上野動物園って上野公園の中にあったんですね』と言ってみたり(ちなみに後者の発言に対しては、野澤が『いくらなんでも迂闊すぎるだろ』と珍しくツッコんでいた)していたが、公園を追われたホームレスの人へのインタビューなど皆無だった。
「どうしてなんですか?」と野澤に訊くと、
「ホームレスを撮影するのって正直、面倒くさいからじゃない、TV局にとって。今は肖像権とかうるさいから、撮す相手が一般人ならなおさら相手の許可取らないといけないし。それに撮影するだけで『人権侵害』とか言われかねないし」
「撮影するだけでですか?」
「TV局側も知ってるんだよ、ホームレスたちがデング熱ウイルスの増幅源になっているんじゃないかっていう説を。でも現状では憶測に過ぎないし、TVで仄めかしでもしたらBPOに訴えられちゃうから。昔からそうなんだよ。過去にデング熱がホームレスが住んでいる公園で発生した時も、その関連性を匂わせたことってTVの報道で観たこと無いし、逆にホームレス側に立った報道もない。怪しいと思ってるから」
一旦、話を止め、それから皮肉な笑みを浮かべて付け加える。
「さっきも言ったけどさ、ホームレスたちは社会から棄てられた人たちだから『見えても見えないフリ』をされている。TV局にとってもそれは同じ。現時点では存在しないことになってるんだろう。まあ、下世話な週刊誌とか、アンダー・グラウンドなニュースサイトとかでは存在しまくっているけどね」
野澤の話の途中で会議室に入ってきたアーニャが、
「今回もかなり書かれてますよ、ネット上では。読むのがイヤになるほど差別的な表現で」
「ま、その辺の報告はミーティングが始まってからだな」
凸凹コンビの大谷と小仲、ユカリ、そしてやや遅れて佐々もそろい、ミーティングが始まる。
「じゃ、まずアーニャから。問題の、『感染者らしきホームレスが連れ去られた』話の信頼性について」
「結論から言えば信頼性は高いと思われます。最初にネット上に情報が書かれたのは、ユカリさんが掴んだ8月8日19時03分のもの。トンデモない陰謀論なんかがテーマの掲示板でです。しかし一連の書き込みの中から、最初の書き手が書いた内容だけチョイスすると非常に具体的です。
曰く『一瞬の出来事』というタイトルで、『ちょっとヤバい雰囲気の二人組が、不忍通りに路上駐車したワン・ボックス・カーから降りてきて、一つのテントに押し入って、怒鳴り声が聴こえた後、中のホームレスを引き摺り出して、車に乗せて立ち去った。正直、何が起きたのか理解できない』というのが最初の書き込み。
その後、しばらくしてから『そう言えば怒鳴り声が聴こえた後、熱があるとかブツブツが出来てるかとか、ぼそぼそ喋っていた声が聞こえた。テントから動きたくない、っていうニュアンスで。たぶんホームレスが言ったんだと思う』と同じIPアドレスで書き込まれていて、それから一気に『上野公園』『ホームレス』『熱を出している』『今、夏だよね』とかいうキーワードから『それってデング熱?』『発覚しないように感染者が連れ去られている』『拉致したのは政府機関?』とか流言飛語が飛び交う状態になりました。しかし流言飛語の方には最初の書き込みをした人物は加わっていないんです」
「確かに具体的だけど、それだけで信頼性が高いとは言えないな。そもそも陰謀論が書かれているサイトなんだろ? 自分で話を振っておいて、別のIPで陰謀論を盛り上げるくらいやりそうじゃない」警察庁コンビの小さい方、小仲が反論するが、
「もちろんそれだけじゃありません。決定的だと思われるのは、掲示板に書かれたのとは全然別に、あるSNSサイトに、こっちは騒ぎに繋がってない目撃情報が書き込まれていたんです」
どうやら流言飛語のレベルではないらしい。
「掲示板に書かれていたモノと文体も違いますし、今回の書き込みのためだけに新しいアカウントを取ったりしてなくて、過去からずっと別な書き込みがあります。日暮里に住んでいる方が書いている犬の散歩日記で、え~と、そのまま読んじゃいますね。『上野のお山』(上野公園の台地エリアのことらしいです)がデング熱の発生でまた立ち入り禁止になったそうだ。普段散歩している場所が物騒な場所になるのは、何回経験してもイヤなものだ。物騒ついでで思い出したが、木曜の夕方、裕太郎(犬の名前です)と散歩している時に、嫌がるホームレスの人を強引に連れ去った二人組がいた。裕太郎がその二人組に吠えかけたら、そいつらにスゴク怖い目で睨みつけられた。上野公園で裕太郎をいくら散歩させても、ホームレスの方々から不愉快なことをされたとか、物騒な目にあったことはなかったのに、イイ若いモンが物騒なことをやっている。本当にイヤな世の中になった』と、かなり具体的な内容です。実際に書かれたのは今朝だったので、チェックから漏れてました」
「裏が取れたワケだ」小仲が呟くが、それにかまわず野澤が、
「どうやら本気で連れ去られたホームレスを見つけなきゃならなくなったな」
と一同を挑戦的な目で見渡してから、さらにアーニャに訊く。
「場所についてはどうだ?」
「上野公園内、不忍池の西側。池之端交番のそばです。『交番のそばなのに、交番は不忍通りの方を向いて建っていて全く役に立たない』と犬の散歩をしていた人が悪口を書いてたので間違いないです」
「やっぱり台地エリアじゃなくて不忍池エリアでの出来事だったんですね。梶原君に不忍池エリアでも蚊の感染調査を行うように要請します。立ち入り禁止にする措置は難しいかもしれませんが楽観視できません」
ユカリがタンマツで連絡を始めるが、待たずに野澤が話を進める。
「目撃者の、個人の特定は出来た?」
「犬の散歩日記の方は個人の特定も終わっていて、住所も連絡先も分かっています。しかし陰謀論の掲示板の方は、内容が内容だけに、特定しにくいよう小狡く立ち回っているヤツラばかりなので、もう少し時間をください」
「分かっている人だけでも情報を転送してくれ。オレたちのチームが後でまた上野に行くからそのついでに話を聞いてくる。佐々さんも今度はこっちに同行してください」
「分かった」
あいかわらず佐々は長く喋らない。
と、ちょうど連絡が終わったユカリが報告する。
「悟朗さん、さっそく『感染症予防衛生隊』が不忍池エリアの蚊もチェックするそうです」
「何ですか、その『感染症予防衛生隊』って?」
ずいぶん大仰な名前だ。自衛隊の部隊の一つなんだろうかと菜穗子が訝ると、ユカリが説明してくれる。
「今朝も虫除けネットと一体になった白色のツナギの防護服を着た人たちが、蚊の採集してたでしょ、あの人たち。『ペストコントロール協会』っていうのの協会員の企業が人を出してくれてるの」
「えっ、『ペストコントロール』って、もしかして病気の『ペスト』ですか?」
「そう。ペストの予防ってネズミとかノミとかを駆除するじゃない。そこから来てる言葉みたいよ。もちろんネズミやノミに限らず、蚊とか蠅とかも含めて感染病を媒介する有害生物の対応をしている所」
「そういえば台地エリアの蚊からデング熱のウイルスは出た?」
野澤が会話に割り込む。
「今さっき連絡が入って、大噴水付近や旧奏楽堂前の蚊からウイルスが検出されたとのことです。公園の北東部ですね。しかし動物園も含め、それ以南ではまだ検出されてません」
「不忍池エリアの蚊の感染調査は、実際は夕方にならないと出来ないよな」
「夕方にならないとヒトスジシマカの活動が活発になりませんから。日中、暑いうちにやっても蚊が十分に捕獲できないでしょう」
「ホームレスたちがテントに戻り出す時間と重なるな。上手くやらないと揉めるぞ」
「連れ去られたホームレスの人が本当にデング熱に罹っていたかどうか確証が無いですから、不忍池エリアを立ち入り禁止に出来ないですし」
「ちょうどオレたちが話を聞きに行く時間帯でもある。何かあったら干渉するか」
私も同行する(はず)なのに、こともなげに『干渉するか』だって。
不安がつのるが、そんな菜穗子の気持ちにユカリも一顧だにせず話を続ける。
「蚊の感染調査については、上野公園以外の都内の大規模公園、具体的にはホームレスの人が住み着いていたり、炊き出しが行われている代々木公園や新宿中央公園などでも、明日から一斉に調査に入るそうです」
「お盆休み前の週末とは言え、都内の公園は人出が多いだろう。結構リスキーだな」
「本当なら全部、今すぐ立ち入り禁止にしたいところでしょうが、蚊からウイルスが検出されなければ出来ませんから」
「そこまでオレたちが口を出せないし」
出せたら野澤さん、立ち入り禁止にしちゃうんだろうな。
「次。拉致が起きた不忍池エリア、その辺の防犯カメラの映像は?」
アーニャが残念そうに、
「それが。まず不忍通り側は映像がありませんでした。不忍通り沿いは50メートルおきに高性能の防犯カメラが、それも警視庁管轄のものが存在しているんですが、交通違反、主に駐車違反をチェックしているものなので、何事も起こらなければ48時間で上書きされて消されちゃうんです。『一瞬の出来事』で起きた話ですから、駐車違反が取れるほど駐車していたとは思えず、実際に消されていて、私をしても復活できませんでした」
『私をしても』というところがアーニャさん、何やら怪しげだが、
「駐車違反を防犯カメラで切符が切れるように法改正して、カメラの台数を一気に増やした時、不要な個人情報を残さないようにした、っていう妥協の産物のやつね」
警察庁のデカイ方、大谷が残念がる。
「公園側の防犯カメラは? 午前中行ったけど、不忍池エリアでも防犯カメラは何カ所かあったよ」
野澤が尋ねる。
そんな所までチェックしてたの?と菜穗子は軽く驚く。自分は全く気にもしなかった。しかし考えてみれば昨日のミーティングでアーニャに防犯カメラの映像を入手しろって指示していたから、逆にどういうところに防犯カメラがあるのか気にして当然だった。全く気にしていなかった私が情けないということだ。
「公園側は入手できていません。私も存在には気付いていて、管理している東京都の東部公園緑地事務所というところに問い合わせたんですが、『休日なので担当者がいない』の一点張りなんです」
「担当者はいつ出勤するって?」
「月曜だそうです」
「そんなには待てない」
「ハッキングしちゃいます? 簡単ですよ」
できちゃうの? アーニャさんってそういうスキル(って言っていいのか)があるの? というかハッキングなんてそもそもマズイよね。しかし野澤はあっさり、
「バレないようならやっちゃって。時間がもったいないから」
やらせちゃうの?
「バレないですからやっちゃいます。このミーティングが終わり次第とりかかかりますが、30分もかからないと思います」
やっちゃうの?
というか、そもそもこのミーティングに出ているのって警察庁(大谷・小仲)に警視庁(佐々)、警察関係者が半数近くいるのに、ハッキングさせるのを誰も止めないってどういうこと?
だいたいアーニャさんだって警視庁出身じゃない。確かサイバー犯罪対策の技術者だったと聞いてるんだけど、サイバー犯罪をする方だったの?
しかし野澤とアーニャにツッコむ人間はいなかった。
「次に佐々さん。『ホームレスが連れ去られた』ことの捜査状況は?」
「非公式に捜査一課時代の部下に依頼した。単にホームレスが連れ去られた懸念があるっていうだけじゃ彼らも動けないし動かないから、今回の構図も明かしている。だが個人的なコネクションを使って調べているだけだ。ホームレスが拉致された確証があるわけじゃないし、被害届など出てないから、表だって組織としては動けない。さっき青木が調べた情報でも動けないだろう。強弁すれば『病院に連れて行った』とも取れる内容だからな」
アーニャが佐々の発言に不満そうな顔をするが、それは情報が不十分な事を指摘されたことではなく、皆が呼ぶように『アーニャ』ではなく『青木』と姓で呼ばれたからのようだ。
「しかし現場に近い情報は集まると思う。もう少し待ってくれ」
「現在の上野のホームレス状況については、メールで送っていただいた内容以上の情報は上野警察署ではなかったですか」
「ない。ホームレスたちも数は増えたが、過激だった世代の人の割合が減って、大人しくなったそうだ。トラブルも減って、そう言う意味でのマークもしていない」
「次ぎに大谷と小仲、ホームレス支援団体について」
まず私から、と大谷が切り出す。
「公安による情報ですが、感染症予防法の改正に反対していた団体は、どこもまともな団体のようです。過激な思想をそのまま実行に移すアクティブな団体や、偏った教えの宗教団体などは無いそうです。もっとも彼らのマンパワーも有限ですから、マークしていないだけかもしれませんが」
「まとも、というのをどう捉えるか、によるけどね」
小仲が口を挟む。
「働こうともしないヤツらに、メシを炊き出したり、生活保護を受けさせるために尽力したりする人たち自体、『まともじゃない』って思っている人も多いよ。それに囲い屋と大差ない団体もあるし」
「それって小仲の持論だよね」
大谷がツッコむが、
「それは後で議論してくれ。それより『まともな団体』から、危なそうな『囲い屋』の話を訊き込みできないか? デング熱の件は伏せて、『囲い屋らしき連中に連れ去られたホームレスがいる』みたいな切り口で」
野澤は話を先に進めるよう促す。
「我々が訊きに行くのは無理でしょう、完全に畑違いですから。温暖化対策委員会として動いているのが表沙汰になるのは避けたいんですよね」
小仲の発言に対して大谷が補足気味に、
「先方の調査に同行するなら何とかなると思うんですが」
「調査? 捜査じゃなくて」
野澤が訊く。大谷はちょっと答えにくそうにしていたが、佐々とアーニャを見て、
「警視庁の悪口が言いたいわけじゃない、という前提で聞いてください」
言いずらかったのはそういうことか。
「今日の午前中、私は刑事部捜査二課の知り合いと会って話を聞いてきたんですが、正直、『囲い屋』って完全に小物扱いで、ほとんどマークされてない感じでした」
「どういうこと?」
野澤の問いに、
「オレが答える」
佐々が引き取る。
「捜査レベルで関係するのは刑事部捜査二課、ここは巨額のお金に関する詐欺や横領などの犯罪の担当。ここで相手にするのには『囲い屋』は小物過ぎる。告発でもされないかぎり対応しないだろう。
あと関係するのは組織犯罪対策部。ここは『暴力団』の担当だが、『組』がシノギでやってる団体以外はマークしていない。
なおざりになる理由はまだある。『囲い屋』がピンハネしているのはホームレスからだが、その金は地方公共団体が出している生活保護費からだ。行政による政策的判断で支払われている面があるので、やはり行政の一部門でもある警察は手が出しにくい。
が、最大の理由は、『囲い屋』がやっていること自体は非合法とは言えないからだ」
佐々による説明はこれで終わりのようだ。佐々がまとまった話をするのを菜穗子は初めて聴いたが、太くて渋い声でちょっとカッコ良く、アーニャが好きになるのもちょっとだけ分かる気がした。
しかし、まだ説明不足なんじゃないの?
「『囲い屋』がやっていることが、『グレーゾーン』とか『非合法とは言えない』、ってどういうことなんですか」
菜穗子が誰と話しに問いかけると、
「『囲い屋』のやってることが非難される理由って」
なぜか警察庁のデカイ方、大谷が説明し出す。
「生活保護費をピンハネしていることに尽きる。弱い立場の人たちから『搾取してる』と言った方がより聞こえが悪いというか。生活保護は以前に比べ大幅に減額されているとは言っても、その内訳として、住宅扶助に関してはその地域で実際に借りられる最低限の家賃水準は保たれている。まあそうでなきゃ扶助する意味が無いし。だから、その地域ごとに住宅扶助の上限額が決まっているわけ。
しかし、『囲い屋』のやってることって、人一人が住めるとは言えないような狭いスペースにホームレスの人を押し込んで、生活保護受けさせて、それでいて家賃として住宅扶助の上限額を取る。一部屋に三人押し込めば、二人分の家賃はピンハネできる。
住宅扶助だけじゃない。生活保護が支給される銀行口座自体をホームレスの人から取り上げて、生活扶助で支給されている分の中から雀の涙のような金額しか生活費渡さないとか、残飯みたいなヒドイ食事を出しながら、高額の食事代を支給額からどんどん差し引いてゆくとか、あの手この手でピンハネするのよ。
でもそれは『非人道的』って非難されることだけど、非合法じゃない。住宅扶助の算定に一人当たりの居住面積が決められているワケでもなければ、一食当たりの原価の下限が決められているワケでもない。銀行口座を取り上げるのだって、計画的に使えない人の代わりに口座を管理していて、その手数料をもらっている、って言い訳できる。
つまりはヒドいことやってるけど『非合法とは言えない』。そしてヤラレている相手のホームレスは『ヒドいことヤラレてるし搾取もされている』とか自分たちから告発したり政治的な問題にしたりできない。残念ながらその意欲や能力が無い。そもそもあったらホームレスやってないよね」
なにやら大谷の説明は自嘲気味である。
「そもそも被害届が出ない。囲われている人は、生活保護の申請の手続きが自分じゃ難しくて出来なかった人たちが多いし、特に厳しい冬場に路上生活するよりマシ、と思ったりしている部分もあるから」
さらに小仲が補足する。
「『囲い屋』のやってることが非難される二つ目の理由は、社会に復帰させるために何もしていないっていうこと。生活保護を受けてる人でも、保護を受けている理由が癒えたら基本的には社会に復帰して自活できるよう、職業訓練を受ける必要があるのに、そういうことは何もしていない。
さっき言った『囲い屋と大差ない団体』っていうのは、そういう所。NPO法人の形にしてるけど家賃が無料でも低額でもない、住宅扶助の上限額を取るくせに名前だけは『無料低額宿泊所』っていうのをやってる団体なんて職業訓練は全くやってない」
小仲はこの件に関して腹に一物あるらしいが、大谷が反論する。
「出た、小仲の『自助努力』論。それってちょっと現実的じゃないよ。ホームレスの人って結局、仕事をするには年を取り過ぎていたり、障害を持ってたりする人がほとんどでしょ」
どうやらこの件で大谷と小仲はいつも言い合っているらしい。
「だからそれは今議論すべき話じゃない」
また野澤が議論になるのを止める。
「それより生活安全部の総務課・生活安全対策第一係はどんな感じ?」
「そっちはこの後、小仲と一緒に会うことになってます。路上生活者を保護する施策も考える部署なので、『現状を把握するための調査に同行する』ことに持って行けると考えています」
「逆に言えば『現状は余り把握していない』って事なんですけどね」
大谷の説明に小仲が付け加えて話し出す。
「やっぱりここも人数の確認くらいしかしてないみたいですね。更に言えばホームレスたちが目の前から消えてくれるのは厄介な仕事が少なくなって助かることで、『囲い屋』たちの動向には興味がない感じですよ」
「何かスイマセン。お役に立てずに」
なぜかアーニャが謝る。
「生活安全部って私が所属していた部署なんです。その部の中に私が所属していた『サイバー犯罪対策課』があるんです」
「こっちこそゴメンね。話を聞く前に決めつけちゃって」
大谷が小仲を睨みつけながらフォローするが、
「いいえ、たぶん本当のことですから」
アーニャも自嘲気味だ。
「ともかく生活安全対策第一係に名目だけでも出てもらって、『まともな団体』から『囲い屋』について調べてくれ」
野澤が話を畳み、
「佐々さんは、捜査一課だけじゃなく、組織犯罪部の方もお願いできませんか」
「分かった。ヤクザがシノギでやっているとか、上納金払ってるとか、そういうウワサのある『囲い屋』については確認する」
「お願いします」
「じゃあ再確認。アーニャはこの後、上野公園の防犯カメラ映像を入手、分析を始めてくれ。大谷と小仲は生活安全対策第一係に同行、『囲い屋』について調べる。佐々さんは捜査一課と組織犯罪部の両方から『囲い屋』情報を収集。あと夕方から行う不忍池エリアのホームレスへの訊き込みに同行してください。17時には出発します」
「現地集合でいいか」
「結構です。では池之端交番前で18時集合ということで」
「了解した」




