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【02】 PM8:30

「マチガイない?・・・そう一人は重症・・・子供は滅多に発症しないんだけど、発症すると重症になる傾向があるみたいね」

 声を荒げたのは一瞬だったが、ユカリが声を荒げること自体が滅多に無いことらしく(菜穗子は初めて聴いた)、一同は瞬時に真剣モードに切り替わり、雑談を止める。ユカリはすぐにいつもの冷静さを取り戻し、低い声で電話を続けたが、他のメンバーが聞き耳を立てた感じになったので、

 「新しい情報が入ったらまたよろしくね。ホント電話してくれてありがとう」

 と言って切りあげる。

 そして西篤と野澤を歓迎会をやっていた個室から連れ出す。

 

 「さて、宴もたけなわではございますが」

 西とユカリとの密談を終えた野澤が、西と一緒に部屋に戻り(ユカリは席を外したままだ)ちょっとピリピリしたムードの一同を茶化すように切り出す。

 「菜穗子の歓迎会は中断。ここでお開き」

 と、ここでいつものようにカラカイ気味に菜穗子に話しかける。

 「別途、席を設けるから、皆への自己紹介スピーチは、残念だけどその時までお預け」

 別に私はスピーチがしたかった訳じゃない! と菜穗子が言い返す間も無く、野澤はあっさり真剣モードに切り替え話し出す。

 「本日19:30頃、東京都台東区内で、海外渡航歴のない人へのデング熱の感染が確認された。我々第3班は、非公式ながら現状を調査、状況によっては介入する。

 ただし、今回はオレ、ユカリ、佐々さん、大谷、小仲、アーニャ、菜穗子の七人で動く。店に許可取ったので、本部に戻らず、七人はこのままこの場に残ってミーティングを開始。本田さんと森保は明日以降の仮設堤防の追加の対応や、千住緑町堤防爆破事件のフォローに集中。とりあえずは以上」

 ここでユカリが部屋に戻ってきて付け加える。

 「まずは店の人にテーブルの上を片付けてもらって、ついでに濃いお茶を出してもらうから、それまではこの件についての発言は禁止。いくらこのお店が対応班(わたしたち)御用達で、防音、防盗聴対策がしてあるって言っても店員さんの口は塞げないから」

 本田と森保、そして野澤に言及されなかった(無視された?)南田が帰る仕度を始めるが、その南田が、なぜか室長の西篤に、

 「君は私に付き合いなさい」

 と誘われる。『誘われる』というよりは西から何か話があるようだ(先ほどの説教の続き?)。そしてそれを証明するかのように、店を出て行く西に野澤が『よろしくお願いします』的な頭の下げ方をする。

 お偉いさんからの強引な誘いに、足取り重く、南田は西の後から店を出て行った。

 

 本田と森保も店を出て、食器が片付けられ、お茶(そこはインド料理店らしくチャイだったが)が残ったメンバーの前に並んだところで、野澤が、

 「それじゃミーティングを始めようか。じゃ、ユカリ、現状報告を」

 「確認された感染者は7歳と5歳の男の子の二人。お兄ちゃんの方が重症で、文教医科大学付属病院に搬送されたとのことです。感染場所は上野公園の大噴水付近が疑われています」

 「ネットでのウワサとの整合性は?」

 「上野公園ということは合ってますが、ネット上のウワサは上野公園の不忍池エリア西側あたりの出来事として書き込まれています。上野公園の大噴水付近からは正反対、直線距離で約1Kmも離れてます」

 「そもそもユカリさんがチェックしていたネットでのウワサって、詳細はどういう感じだったんですか」

 と、アーニャが聞く。ネット上の情報をチェックするのは彼女の担当分野なので、特に気になっているようだ。

 「昨夜19時頃、上野公園の不忍池エリア西側で、熱を出しているホームレスの人が無理矢理ブルーシートのテントから連れ去られた、それも医療機関とは思えない人たちによって、っていう目撃情報が最初にネット上の掲示板に書かれた内容。それを読んだ人たちが、『上野公園』『ホームレス』『高熱を出している』『今、夏だよね』とかいう連想ゲームを始めて、『デング熱』に感染しているたホームレスの人が『拉致された』とか、『発覚しないように感染者が連れ去られている』っていう内容の『流言飛語』になって拡散していったみたいね。サイトにどういう書き込みがあったのか、後で詳しくアーニャに履歴を転送しておくわ。私が掴んでいる情報は今のところこんなところ」

 あれっ?それだけ?

 「さっき感染者が出た、っていう内容の電話をユカリさんにかけてきたのは誰ですか?」

 ちょっと驚いた顔でユカリは菜穗子を見て、それからカッコ良く笑いながら、

 「これまた言いにくいことをズバッと聞いてくるわね。あれは厚生労働省の私の後輩から。ネット上でウワサが飛び交っているから、万一、感染者が出たら教えてね、って予め耳打ちしておいたの」

 と、ここでユカリは菜穗子から野澤に視線を切り替え、付け加える。

 「その厚労省の後輩は、今、二人の子供が入院している病院に向かっています。連絡をくれたくらいですから、我々に協力的ですよ」

 というユカリの示唆に乗っかって、

 「それじゃオレたちもその病院に行くか」

 野澤が堂々と割り込み宣言をして、

 「と言っても全員ぞろぞろ病院に行くのはナンだから・・・」

 と一同の顔を見回し仕事を振る。

 「アーニャは本部に戻ってネット上の情報をチェック。まず目撃者からの情報を分析、情報の信頼性の有無や、目撃されたっていう場所と、感染場所と疑われている場所が違う理由も探れ。あと、実際の目撃者個人の特定も行ってくれ。

 さらにもう一つ。目撃者情報の信頼性がそこそこ高ければ、ホームレスの人が連れ去られた、という場所の防犯カメラの情報を入手して、連れ去られた人、連れ去ったヤツらを特定するための一連の作業をしてくれ。超過勤務手当をちゃんと出すから、自宅に持ち帰って仕事をしないように」

 それにはアーニャはちょっと不満げだ。

 「今晩はいいです。本部に戻って仕事をします。でも明日、明後日は公休日なんですが」

 「だからこそちゃんと出勤して仕事してね。アーニャは休んでいるフリをして家で仕事しちゃう人だから」

 ユカリが呆れて窘めるが、アーニャはまだアルコールが残っているのか、

 「だって出勤するとなると化粧とかしなきゃいけないし、面倒くさいんです」

 と愚痴る。そんなにキレイなんだからスッピンでもいいって・・・

 「もとい。ここにいる七人は全員休日出勤してもらうからそのつもりで。なにか外せない用があるヤツはいるか」

 野澤が口調だけはピシッと言い放つ(顔はニヤニヤしたままだったが)。

 えっ、ということは私も休日出勤? デング熱って蚊に刺されたら感染するんだよね。でもそれくらいしか知らないし、緊急対応班としてもイレギュラーな業務のようだから『オン・ザ・ジョブ・トレーニング』にもならなそうだし、私が休日出勤する意味あるの?と菜穗子も怪訝に思う。

 しかしアーニャは、七人の中に佐々が入っていることに気付き、

 「分かりました。特に用事は無いですので出勤します」

 と口先は不満げに、でも目は佐々を熱烈に見つめながら返事をする。

 ちなみに佐々はずっとアーニャを見ないフリをしている。

 野澤はそんな変な空気を無視して話を続ける。

 「佐々さんは『ホームレスが連れ去られた』ことに関して、警視庁へ働きかけてください。本当に『拉致監禁』なら犯罪ですから。もちろん、非公式に。緊急対応班が本気でクチバシを挟んでいる、と思われない形で。いつも無茶なお願いで恐縮ですが」

 本当に無茶な話だ。しかし佐々は何の問題も無いかのように頷く。

 「もう一つ、現在の上野のホームレスについて、上野警察署で把握している情報を確認してください。上野公園だけじゃなくて、山谷とかも含めて台東区全体の」

 「署で把握しているのは表面的な部分、数とか分布だけだが」

 佐々にしては長いセンテンスで訊き直す。

 「逆に言えば、そこはバイアスがかからない信頼できる情報ですから」

 バイアスがかからない=属している組織の理論で歪められない数字、というところか。それに納得したのか、再び佐々が頷く。

 「大谷と小仲はホームレス支援団体の情報を集めてくれ、まともなところからまともじゃないところまで」

 「公安でチェックしている団体の情報に限らず、ということですか?」

 大谷が確認する。しかし公安ってホームレス支援団体の情報まで集めてるものなの?

 「そっちより、経済犯罪か組織犯罪の情報が必要なんだけど」

 「警視庁の生活安全部とか組織犯罪対策部あたり、っていうことですね。佐々さんは忙しそうなので、こっちでやっときます」

 佐々は表情だけで、軽く大谷に謝意を表す。

 「で、オレとユカリは、これから二人の子供が入院している病院で情報収集。その情報に間違いがなければ、明日は朝から上野公園で実地調査。で、情報を持ち寄って、明日の13時に本部でミーティング。そんな感じでヨロシク」

 何がヨロシクだ! アンタは昔のミュージシャンか! てか、私は何をやるんだ! という菜穗子の心の中のツッコミが聴こえたのか、ニヤつきながら野澤が付け加える。

 「今回の件に関しては、菜穗子は基本、ずっとオレのアシスト。というかオレが菜穗子のアシストかな? 今回は実質的にユカリが司令塔になるので、いちいち菜穗子の疑問に答える時間的余裕がないだろう。よってオレが菜穗子の教育係を代行する。分からないことがあったら何でも聞いてくれ。ゴシップネタについても何でも答えるぞ。ただしそれに関しては話が面白くなるウソしか言わないけどな」

 それに関してない(・・・・・)ことについてもウソしか教えてくれなそうだけど。カラカう気持ちに満ち溢れた笑顔で言われても信用できるか、と、心の中で菜穗子はツッコんだ。

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