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【13】 PM5:30

野澤、ユカリ、菜穗子の三人は、川口署が用意してくれたパトカーで本部に戻る。

 サイレンこそ鳴らさないが、中々のスピードだ。

 先週の月曜から今日までの八日間でパトカーに乗るの、これで三回目か。いくらなんでも乗りすぎだな~、などと菜穗子は現実逃避気味に思う。

 出発してすぐに、病院に同行した佐々から連絡が入る。

 やはり有山は黄熱に罹っていた。

 北千住の時と同様に、当然のようにパトカーの助手席に陣取っていた野澤は、運転する警官の名前を確認してから、

 「これからする我々の言動について、他言を禁止します。言わずもがなですが高度な守秘義務が発生しているのでいつも以上にお気を付けください」

 と以前はしなかった宣言をする(それだけ危機的状況にあるっていうことだ)。

 そして温暖化対策委員会の幹部を次々とタンマツに呼び出し始めた。

 

 後部座席に座ったユカリもタンマツで関係各所に連絡を取り続けている。

 やはり後部座席に座っている菜穗子は忙しくしている野澤やユカリに質問できないので、自分もタンマツで調べ始める。

 まず黄熱についてだ。

 ウィキペディアを見ると黄熱は、『ネッタイシマカなどの蚊によって媒介される黄熱ウイルスを病原体とする感染症。感染症法における四類感染症。黄熱病と同義。発熱を伴い、重症患者に黄疸が見られることから命名された。熱帯アフリカと中南米の風土病である』と概説されている。

 有山さんの、今まで見たこともないような顔色が『黄疸』だったのか。ユカリさんがすぐに黄熱を疑ったわけだ。

 症状については『潜伏期間は3~6日で、突然の発熱、頭痛、背部痛、虚脱、悪心・嘔吐で発症する。発症後3~4日で症状が軽快し、そのまま回復することもある。しかし、重症例では、数時間から2日後に再燃し、発熱、腎障害、鼻や歯根からの出血、黒色嘔吐、下血、子宮出血、黄疸などがみられる。黄熱の致死率は30~50%とされている』

 えっ、30~50%?

 高すぎない?

 致死率が1%に満たないデング熱なんて比較にならない、とてつもなく危険な病気だ。

 そう言えばあの野口英世って、黄熱病の病原体を特定できないまま(当時はまだ『ウイルス』っていう概念そのものがなかった)、黄熱に罹って死んだんだよね。

 その病気が生物学的テロ、いわゆるバイオテロで使用された疑いがある?

 パニックが起こってももおかしくないような事態だ。

 とは言え、私が今ここでパニクってもしょうがないので、続きの説明を読む。

 『特効薬は無いが、一回接種の生ワクチンによって予防可能』

 予防は可能なのか。

 『流行地域や流行可能地域では入国に際して公的機関発行による国際予防接種証明書を求められることがある』

 じゃあなんで熱帯アフリカと中南米の風土病になっているんだろう。

 その答えは、他のページを見ることで分かった。

 流行地域では、その地域に住む野生のサルの間で感染し合い、病原体が維持されるので、ウイルス供給源が断てないからだ。

 そして街に近い領域に住む、黄熱ウイルスに感染したサルを都市型のネッタイシマカが刺し、そのネッタイシマカが街に住む人を刺し感染させるという、人だけでは断てない発症サイクル。

 なら、日本に病気を媒介するネッタイシマカもいないし、そういうタイプの野生のサルもいない(ニホンザルには感染しないようだ)から、風土病化しないっていうこと?

 さらに調べてみる。

 黄熱を媒介するのはネッタイシマカだけじゃなく、今回のデング熱騒動でさんざ話題に出た、ヒトスジシマカも媒介するようだ。

 これってもしかして・・・

 いやいや、そんな酷薄なことは、人が人に対して出来ないだろう。あり得ないよね、という菜穗子の望みは、野澤の発言で、一瞬にして覆させられた。

 「ホームレスを野生のサルに見立てて、彼らと一般市民の間で黄熱を常在化させることを意図したバイオテロの可能性があります」

 野澤は温暖化対策委員会の幹部たち全員を端末上に呼び出し終えたのか、事態の説明を始めた。

 

 「今さきほど、正確には17時45分、今回保護した人物が黄熱に罹患していると確認されました。もちろん海外渡航歴無しでです。

 黄熱はデング熱と違い予防接種が出来ます。

 黄熱の流行地域に日本から旅行に行く場合、予防接種が必須もしくは、推奨されます。逆に流行地の人で、日本に旅行に来れるような人はもちろん黄熱の予防接種をしています。つまり予防接種が出来ないデング熱のように、旅行者が日本国内に黄熱を持ち込み、それが第三者に伝染る可能性はほとんど無いと考えられます。

 よって今回の黄熱患者の発生は『ホームレスが公衆衛生上のリスクになっていることを利用したテロ』の可能性があります。

 普通に考えれば黄熱をバイオテロの手段としては使わないでしょう。人から人に直接感染しませんから、テロの手段としては余りに効率が悪い。シャーレ上の培地で増殖させた菌を撒けば済む炭疽とかと違って、媒介する蚊を増やさなきゃイケナイですから手間もかかる。予防接種が可能なのでテロリストにとって安全だっていうことくらいしかメリットがないわけですから。

 ホームレスに対する蔑視が無ければ。

 たぶん『右派』によるテロなんでしょう」

 突然、出てきた『右派』という言葉に菜穗子は途惑うが、もちろん誰も説明してくれない。そのまま野澤は話は続ける。

 しかしこの人、偉い人たちに説明しているのに途中から言葉がタメ口になってきてるよ。

 「実に右派の考えている思想に近いですよね。

 仕事もせず、人の役に立たたないくせに、国民みんなのための公園に勝手に住みついているホームレスなんて排除して良い、っていう思想。

 彼らにしてみれば、ホームレスを黄熱に感染させて公園から一掃しつつ、公園で楽しく遊ぶ一般市民も巻き添えにする良い方法とか思ったんでしょう。

 デング熱より高い確率で蚊の卵に垂直感染しますから、上手く行けばネズミ算的に感染した蚊が増えますし、卵の中で越年もします。

 まあそうなれば誰も公園に行けなくなっちゃいますが、公園なんて税金の無駄、どんどん閉鎖させちゃえくらいに思ってるんでしょう。右派の連中のことですから」

 

 「デング熱の発生は偶然でしょう。蚊の活動の盛んな時期を選んだら、たまたまそこでデング熱も発生したっていう。オトリというか、カモフラージュでデング熱も発生させたという可能性は考えられないですね。テロリスト側に全くメリットがありませんから。逆にデング熱騒動があったから、これほど早く黄熱の発生が掴めたわけですし」

 

 「具体的なテロの方法ですか?

 感染予防衛生隊を装って、黄熱ウイルスに感染した蚊を撒いている可能性があります。

 一昨日観察した所、ホームレスは感染予防衛生隊に全く無反応でした、上野公園の不忍池エリアでは。

 その時は定期的に検査しているので珍しくないだけか、と思いましたが、実際は直前にも見ていたんじゃないでしょうか。偽物が逆に蚊を撒いているなんて思わないで。

 ということで、今、ウチの分析担当アーニャのことに防犯カメラ映像を再度チェックさせてます。 

 おっと、今、連絡が入りました。8月2日の15時頃、感染予防衛生隊のようなカッコをした一団が不忍池エリアに現れたそうです。もちろんホンモノの感染予防衛生隊がその時出動した記録はありません」

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