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【12】 PM4:30

上野駅からJRに20分ほど乗り、埼玉県西川口駅に着く。

 西口に降りて、駅前で佐々を待つ。

 「この駅の標高も海抜以下か」

 タンマツで何かを調べていたらしい野澤が話し出す。

 「昔の資料を読むと海抜4Mってありますから今はマイナス1Mですね」

 同じようにタンマツを見ていたユカリが目も上げずに答える。

 「埼玉県って言っても隣は足立区だし、荒川まで2kmもないから当然か」

 「内陸のイメージありますけど、やっぱり低いんですね」

 「しかし随分と真っ平らな町だな。今は完全に住宅街だけど、昔は一面の田圃だったんだろうな」

 ガードレールに二人並んで浅く腰掛けてタンマツを見ながら話している光景は、いい大人が仲良く?ゲームでもやっているようだ。

 菜穗子の視線に気付いたのか、ユカリが一応、説明する。

 「ああ、これは習慣。もしくは職業病。今、自分が海抜何Mにいるかっていうの、すぐに調べたくなっちゃうのよ。避難経路をどうするかとか、いろいろ考え出したりね」

 「大丈夫、菜穗子もすぐにそうなるから」

 野澤がマジメな顔で付け加えた。

 

 しばらくして佐々が現れた。

 なんとバイクには乗っていない。

 「あれっ?珍しく電車ですか?」

 菜穗子が思わず口にすると、

 「川口署に置いてきた」

 とだけ佐々は答える。

 「川口署では『囲い屋』のこと、認識してましたか?」

 野澤が佐々に尋ねる。

 そうか、バイクを預けたのはついでで、話を聞きに行ってたのね。

 「ああ。名目上はNPO法人にしてあるようだが、実体は地元のヤクザがやっているっていうタレコミがあって内偵中のようだ」

 っていうことは暴力団関係者とやりあうの?これから。

 しかし野澤は全く気にせず、皆を促す。

 「じゃあ行きますか。ここから歩いて5分もかからない場所だから」

 

 地元のケースワーカーから示された住所には、時代から取り残された、剥げかけたトタン外壁の汚い建物が立っていた。

 しかも建物の出入り口がよく分からない。

 少なくとも道路に面した所には無い。

 隣家との狭い路地から、草ぼうぼうの庭が見える。

 そこから入らないと建物の中には入れないようだが、勝手に他人の家に入り込んで良いのか、と菜穗子は一瞬思った。

 しかし躊躇せず佐々が先頭を切りその路地に突入?し、野澤、ユカリもすかさずその後に続いて入っていってしまう。

 菜穗子はしかたなくその後を付いて行く。

 草ぼうぼうの庭の奥に、開け放ったままの玄関が見えた。

 一見、廃屋のように見えるその建物は、今時珍しい、共同の玄関がありそこで靴を脱いで部屋に上がる、かなり古いタイプのアパートのようだ。

 野澤や佐々は建物回りや玄関を詳しく観察している。

 清潔感ゼロで、正直この中には入りたくない。このまま引き返すとか言ってくれないかな、などと菜穗子が甘い考えをいだいていると、外観の観察を終えたのか、野澤は躊躇なく、玄関から建物の内部に向かって大声で、

 「有山敬三さんいますか」

 と呼びかけた。

 

 しばらくしてダサい服を着た、二十歳前半の男が玄関に出てきた。

 この服装センス、間違いない。有山を連れ去った二人組の片割れだ。

 「あんたたち誰? 川口市のヤツなら昼間来てっ」

 しかしその男の言葉を遮ってにユカリが

 「こっちは厚労省と警察。って言っても今日は生活保護の話じゃなくて、伝染病関連の話で来ました。有山さん、先週まで上野公園にいたんでしょ。ちょっと診察したいんだけど」

 なぜか『診察したい』と言う所で、その男の顔が曇り、

 「え~と、オレの一存じゃ決められないから」

 とスマホを出して、内密の話を始めるため奥に引っ込もうとする。

 しかし佐々が押し殺した声で凄み、

 「おい、電話をかけるの止めてこっちに来い」

 そしてその男のスマホを持っていない方の腕を掴んで引き戻す。

 相当な力で掴んでいるのか、その男の顔が苦痛で歪む。

 佐々さん、超怖い・・・

 「余計なことすると、オマエも、その電話の相手も悲惨な目に遭わせるぞ」

 しかしその若い男はちょっと頭が足りないのか、佐々の言葉に込められた(やいば)に気がつかない。なおも電話をかけようとジタバタしようとするその男に佐々がトドメを刺す。

 「病人を拉致って来たことが表沙汰になったら組の方まで話が及ぶ、って言ってるんだ。オマエが捕まるなんて話じゃすまないぞ」

 病人を拉致って来たことがバレている。

 マズい状況に追い込まれている事に若い男はようやく気付き、言葉を失う。

 しかし救いの手?は意外な所からやってきた。

 「ま、そんな難しく考える必要ないよ。有山敬三さん、病気なんでしょ? ここにいる厚労省のおネエさん、お医者さんだから、診させてくれないかな。昼間は熱が下がったみたいだけど、実は病気、まだ治ってないんでしょ?」

 野澤だ。

 佐々と組んだ、みごとなアメとムチ。

 そしてイヤになるほど抜け目がない。さっき、『診察したい』とユカリが言った所で男の顔が曇った事を見逃してない。

 「そうなんっす。また熱が上がってきて、顔色も変になって、どうしようかと」

 男は図星を突かれ急に弱気になる。

 ユカリは靴を脱いで家に上がり込み、有無を言わさない、完全な命令口調で男に告げる。

 「有山さんの部屋に案内しなさい」

 

 二階に上がると、建物の中央に通路があり、両側にいくつもドアが並んでいる。

 その中の一つに案内され、入る。

 四畳半ほどの部屋がさらに半分に仕切られ、布団が一枚ずつ敷かれ、人が二人、寝ている。

 もちろん冷房などなく、入り口に立っただけで、すぐに肌にまとわりついて垂れてきそうなほど不快な湿気が充ち満ちている。

 「有山さんはどちら?」

 ユカリが若い男に訊く。

 が、若い男が答える前に、ユカリの声が聴こえたのか、右側の布団に、この暑さにも関わらず毛布を被って寝ていた人が、弱々しく毛布から顔を出す。

 その老人は、今まで見たこともない顔色をしていた。

 「黄疸が出てる!」

 ユカリがその老人の傍らに腰をかがめながら、若い男の方に質問する。

 「ここはアルコール飲ませてるの?」

 「とんでもないっす。ここは酒は厳禁で、一滴も飲ませてないっす」

 「肝臓の持病とかは?」

 「それも無いっす。そもそもこの人、アルコールに弱くて、ちょっとの量ですぐに酔って大声出しますけど、量はほとんど飲めないですし」

 ユカリは老人の目の粘膜の色をチェックし、額に手を当て熱を測りつつ、

 「熱がまた上がったのはいつ?」

 「2時間ほど前に、オレに『また熱が出た』って言って来て、それから急に顔色も変になっちまって」

 「でも放っておいたのね」

 若い男を言葉で突き刺してから、

 「発症後3日から4日で一旦、症状が軽快するとか症状が合ってます」

 ユカリは一旦、コトバを溜めてから野澤に告げた。

 「デング熱じゃなくて黄熱に罹っている可能性があります」

 黄熱?

 それって!

 「いずれにせよ命に関わる状況です。救急車とこの現場を押さえるのにパトカーを呼びますので話はその後で」

 ユカリがタンマツで話を始める。

 「黄熱かどうか確定させなきゃならないが、状況的に黄熱である前提で動く必要があるな。おニイちゃん、悪いけど外部との連絡禁止ね」

 野澤が言うなり、若い男の手からスマホを取り上げ(不意打ちだ!)、佐々に渡し、

 「申し訳ないですがこれから俺たちが話す内容を聞かれないように、コイツのこと見張っておいてください」

 佐々はがっちりその男の腕を握ったまま、部屋を出る。

 それから救急車とパトカーを呼び終えたユカリに質問する。

 「まずやるべき事は?」

 「大きく分けて二つですね。

 一つは、ここ、西川口での対応。

 ここを封鎖して、囲ってる方と囲われている方、全員の検診と念のために黄熱のワクチン接種。さらにここの周辺の蚊のチェック。表の庭、雑草だらけだったから、ちょっとフキツですね。実際には埼玉県と川口保健所に大至急動いて貰わないと。あと警備のために川口署も動かす必要があります。

 もう一つは上野公園の方。

 デング熱だけじゃなく、黄熱について感染者が出ていないかどうか、ホームレスの人たちを再検診する必要があります。それも台地エリアだけじゃなくて、不忍池エリアを含めて。

 さらに周辺の蚊のチェックに関しても、デング熱だけじゃなくて黄熱のチェックもする必要があります。これは東京都と台東区保健所に連絡すれば対応可能かと」

 「いずれにせよ厚労省の梶原君に動いて貰おう。オレたちは支援する暇なんて無くなるだろうから」

 一瞬、ユカリが不思議そうな顔で野澤を見るが、野澤は気にせず今度は外の佐々を呼ぶ。佐々は半身(はんみ)だけ部屋の中に入る。部屋の外では若い男の腕を掴んだままなのだろう。

 その佐々に、

 「オレたちは本部に戻らざるを得ないんで、申し訳ないんですが佐々さんは川口での後の処置、よろしくお願いします。一つ目は有山さんの収容される病院に同行して、黄熱かどうか最優先で診断してもらい、その結果をすぐにオレに連絡ください。

 次ぎに、ここで囲われている人たちと囲い屋の両方と、今、ここにはいない囲い屋関係者も全員、逃げられないように川口署を『支援』してください。

 で、最も重要なのは、発表は政府が行うので、この件に関して川口側の警察、消防、病院、保健所から絶対に情報が漏れないよう強く口止めしてください。もちろん温暖化対策委員会からも埼玉県ならびに川口の関係各所に手を回しますが」

 佐々は何かに納得した表情を見せて、片手で器用に(ちょっと意外)タンマツを操り連絡を始めた。

 そうこうしている間に、救急車とパトカーのサイレンが遠くから聴こえ始めた。

 

 ユカリが野澤に訊く。

 「悟朗さん、私たちが本部に戻らざるを得ないっていうのは」

 不吉な予感があるのか、表情が少し堅くなっている。

 「本当に黄熱だったらオカシイでしょ。たまたま同じ所でデング熱と黄熱が見つかるなんて」

 「えっ?人為的、ってことですか?」

 菜穗子が思わず口にすると、

 「声が高いよ」

 と口の前で指を立てて(シーのポーズをして)制して野澤が、

 「デング熱騒動はタマタマだろうけど、この人が本当に黄熱に罹っていたら、それはテロの可能性がある」

 と小声で二人に示唆する。

 「ともかくその可能性について検討しなきゃイケナい。だからここは佐々さんにまかせて、オレたちは北の丸の本部に戻るぞ」

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