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【10】 8月12日(月) AM8:45

向かえた月曜の朝。

 民間企業はお盆休みに入る週なので、通勤電車はガラガラだったが、休み無しで出勤する身としては少々キツい。

 「異動してからまだ一週間だって言うのに、なんか色々ありすぎだよ」

 菜穗子が感慨にふけりながら野澤班のデスク島に近づくと、野澤が南田を自分の席に呼んで何か話をしている。

 そう言えば南田さん、金曜の夜、西篤室長に何を言われたんだろう。あの後、酒飲まされながら、みっちり説教を喰らっていたんだろうな、と菜穗子が想像しながら見ていると、野澤が大きな声で、

 「東京都建設局には森保が知恵を貸してるんだから、貸しを返してもらえ。向こうの上にはオレがザックリ話を通してあるから、現場から文句は出ない」

 と、南田にハッパをかけている。

 話を聞いている南田の方はというと、西篤の説教?が効きすぎたのか、それとも何かショックな出来事があって週末は良く休めなかったのか、精気のない、冴えない顔をしている。せっかくのイケメンが大ナシだ。

 そして特に野澤に反発することもなく、話を聞き終えるとスゴスゴと席に戻り外出の準備を始めた。

 う~ん、金曜の夜、本当に何があったんだろう。

 

 9時になり、ミーティングが始まる。月曜の朝、ということもあるのか、野澤・ユカリ・佐々・大谷・小仲・アーニャ・菜穗子と、デング熱対策チームの全員がそろって席についた。

 しかし状況はある種の手詰まり状態に入ったようだ。

 「それじゃ、まず現時点でデング熱の発症が確認された人について」

 野澤がまずユカリに報告を求める。

 昨夜遅くまで、オープンに出来ない資料を自宅(と行っても隣の官舎)で調べていたらしく、ユカリは少し疲れている様子で、今朝も9時ギリギリに出勤してきていた。それでいてメイクとかは完璧だったのだが、それが逆に、今回の件でも全く役に立っていない菜穗子にとって、申し訳ない気持ちを更に強くした。

 「一般の方の発症者は、9日金曜が最初の子供2名、翌日10日土曜が大人2名、昨日11日日曜が大人4名の合計8名です。発症者はすべて8月1日以降に上野公園の大噴水周辺を訪れていることが確認できました。いちばん最近訪れた人は8月7日です。

 このことから今回のデング熱は、8月1日以降、大噴水周辺で小規模なエンデミック状態になったと思われます。

 しかし付近に住んでいたホームレスの人たちからは新たな発症者は出ていませんし、土曜日の検診以降、抗体反応が出た人もいません。

 今後も一般の人の中から発症者が見つかると思われますが、たとえば50人規模まで発症者が増えるような状況では無いと思われます」

 「蚊の方は?」

 「デング熱ウイルスを持った蚊は、上野公園の台地エリア、それも北東地区の大噴水周辺から旧奏楽堂前にかけて発見されました。

 しかしそれ以南、具体的には上野動物園入り口以南では見つかりませんでした。

 不忍池周辺も同様に発見されていません。

 ちなみに土曜の夕方、日曜の朝方と夕方の計3回、蚊の採取を行ったそうですので、現状では不忍池エリアに飛び火していないと言い切れるでしょう。もちろん今後もチェックは必要ですが」

 「ヒトスジシマカじゃなくてネッタイシマカが採れた、なんて話もない?」

 「あったら真っ先に報告してます」

 「そういえば都内の他の公園はどうなの? 採取をしてるニュース映像はかなり見たけど」

 「そちらも今のところ発見されていません」

 ユカリの報告に、野澤が難しい顔をして腕を組む。

 しかしこの人、難しい顔をしていても、どことなく笑っているように見えるのはナゼだろう、などと菜穗子が本筋とは関係ないことを考えていると、再び野澤が口を開く。

 「こうなると『アリヤマ』がデング熱に罹ったのかどうか、強く主張できなくなってきたな。旧奏楽堂前の炊き出しに行って感染した可能性もあるけど、そもそも旧奏楽堂前に住んでいた人たちの感染率も低いわけだから」

 「つまりは強引に介入しにくい状況になっている、ということですね。実は我々の方も行き詰まっていまして」

 大谷が発言を求めたので、野澤がシグサで先を促す。

 「生活安全対策第一係に同行してもらって、『まとも』な支援団体、たとえば無料で診察をしている団体や、炊き出しをやっている団体に『囲い屋』について話を聞きに行ったんですが」

 大谷はそこで口ごもって、相棒の小仲を小突き、小仲は「仕方ないな」という表情で続きを話す。

 「話を聞きに行ったんですが、ホームレスの支援団体は、『囲い屋』を把握していないようなんですよ。把握していない、っていうのは語弊があるな。見ないようにしているのかな、もしくは見ないフリをしているのかな。

 ともかく、『具体的には知らない』っていう答えしか返ってこないんですよ。警察に同行してますから言いたくない、っていう面もあるんでしょうけど」

 相対的に支援団体に厳しい発言をする小仲に、

 「しかし見ないようにしているのは生活安全対策第一係だって一緒だよね。ホームレスの人が目の前から居なくなってくれるんだから、『囲い屋』については見て見ぬフリをしているっていう面では大差ない」

 大谷が皮肉で返すが、

 「だから、そういう話は、後で二人でやって。ちなみに『アリヤマ』については何か情報はあった?」

 野澤が話を戻す。

 これには大谷が、

 「『アリヤマ』っていう名前で、小洒落た格好をしたホームレスには、どこも心当たりはないそうです。少なくとも無料診療を受けに来たことは無いとのことでした」

 「無料診療やってる所って上野公園からちょっと離れていて、熱出した人間が歩いて行くのは億劫な距離でしたし」

 小仲が補足する。

 「佐々さんの方はどうでした?」

 「少なくとも警視庁管内では、暴力団の明確な傘下である『囲い屋』はいなかった。暴力団の資金源対策として一昨年の春にまとめて潰したそうだ。別件で挙げたのでニュースにはならなかったが。今は神奈川、埼玉、千葉の各県警に当たってる」

 つまりは進展は無かったと言うことだ。

 「え~と、私の方も進展ありませんでした」

 続けてアーニャが自己申告する。

 「連れ去られる以前の防犯カメラに遡って、『アリヤマ』さんがテントから出て防犯カメラの方に歩いて行くような映像を探しましたが、そんな都合の良い映像はありませんでした。

 ちなみに『アリヤマ』さんがあの位置にテントを立てたのは7月11日金曜の午前10時頃。前のテントはその二日前の9日に片付けられています」

 「片付けられたってどういうこと?」ユカリが尋ねる。

 「たぶん上野公園を管理している東部公園緑地事務所の人たちが片付けてます。そのテントは一ヶ月以上人の出入りが無く、空き家?状態になっていたと思われます。その所為か、片付けていた人たちと回りのホームレスの人たちが揉めた様子もありませんでした」

 「空いていたスペースが二日で埋まっちゃうのが現状か。いずれにせよ東部公園緑地事務所には手を回しているので今日中には話を聞けると思う」

 野澤がニヤっと笑って付け加え、さらに一同を見回して、ミーティングを締める。

 「大谷と小仲、そして佐々さんは、今までの方針で引き続き調べてください。今日から平日なので、今まで聞けなかった人たちから情報が得られる可能性が出あります」

 しかしユカリを見て、

 「ただし、今日の調査で成果が無かったら、方針を変更する。

 正直、現時点では『囲い屋』は『アリヤマ』が病人だから連れ去ったワケじゃなく、たとえばケースワーカーの訪問日が近づいたから『アリヤマ』の身柄を確保しに来た、という推測が妥当だ。

 さらに言えば彼の罹っていた病気がデング熱かどうか確言できる材料に乏しい。

 従って明日以降も通常業務を放置してまで追いかけることは出来ない」

 すごく真面目な雰囲気で野澤が告げる。ユカリはそう言われるのを半ば予想していたのか、表情をフラットに保ちつつ黙って頷く。

 「アーニャは現時点から通常業務に戻れ。菜穗子は今後の参考に、今日一日だけはユカリに引っ付いてこの問題について理解を深めてくれ」

 

 ミーティングの後、ユカリは会議室に残ってタンマツの資料を整理していた。

 ユカリさん、冷静に見えて、やっぱり野澤さんの打ち切り発言に怒っているのかな?

 少し声をかけにくい雰囲気だ。

 菜穗子は少し躊躇したが、とりあえず「この問題について理解を深める」のが今の私の仕事!と割り切って、ユカリに尋ねてみた。

 「さっき野澤さんが言った『ケースワーカーの訪問日が近づいたから身柄を確保しに来た』ってどういうことなんですか」

 ユカリはタンマツから顔を上げて、一息ついてから、笑みを浮かべ説明する。

 「この場合、ケースワーカーって野澤さんが言っているのは、区とか市町村の福祉課の『地区担当員』って呼ばれている、生活保護を受けている人に定期的に家庭訪問して、生活保護を続けるかどうかを判断する人たちのこと。

 『囲い屋』が身柄を強引に確保しに来た、っていうことは、本人がいなくなっても『囲い屋』は生活保護を受け取っていて、家庭訪問でそれがバレないように本人を連れ戻す、っていう構図。確かに今回の場合、一番あり得そうな推測だわ。

 『アリヤマ』さん、酒癖悪い、って言われてたじゃない。そう言う人は『囲い屋』は避けるって話をしてたよね。あれだけたくさんのホームレスの人たちの中から選びたい放題なんだから、普通、管理しやすい人を選ぶ。

 そういう意味では、『ケースワーカーの訪問日が近づいた』のが『アリヤマ』さんを連れ戻す差し迫った理由として妥当な推測だと私も思う。

 ただし、何で『アリヤマ』さんの居場所を『囲い屋』が知ったのかは説明がつかないし、他にキレイに説明がつかない部分もある。

 『無料宿泊所』とか、グレー?なNGOを片っ端から当たるとかまだ手も残っている」

 そして、今度はいつものように陰のない、カッコ良い笑顔を見せてユカリは先を続ける。

 「でも、冷静に考えれば悟朗さんの判断は間違ってないかな。

 いつでも招集可能なメシの種として公園にホームレスの人を温存しておくために、『囲い屋』がデング熱の発症者を隠したっていうなら少々無理をしてでも介入すべきだけど、今までの調査ではその可能性はほとんどない。

 『アリヤマ』さんの身柄を押さえて、デング熱だった、って分かっても、『囲い屋』を包括的に排除する施策を進める材料としては小さすぎる。今の仕組みを抜本から変えないと出来ない施策だからね。

 佐々さんが神奈川、埼玉、千葉の各県警で何か手がかりを掴んで来てくれないと正直、お手上げだな。(大谷)ヒカルと小仲君の方は難しそうだし。

 悟朗さんは東部公園緑地事務所には手を回しているって言ってたけど、あそこは最初から非協力的だったし」

 でもそれって。

 「東部公園緑地事務所って東京都の建設局に所属してませんか?」

 「そうだけど、どうして?」

 「実は今朝、野澤さんが・・・」と、今朝、ユカリが出勤する前にあった、野澤が南田にハッパをかけていた件を説明する。

 「なるほど。ナンのカンの言って悟朗さん優しい。でも南田君で大丈夫かな? 代われるなら私が行きたかった! 南田君の顔をツブすことになるけど」

 野澤のどこが優しいのか全くわからない菜穗子だったが、他にも尋くことがあった。

 「ユカリさんが行くと顔をツブすことになるんですか?」

 「どう考えても東京都建設局は国土交通省出身の南田君の庭だからね。直接、私たちと関連が深いのは河川部で、公園緑地部じゃないけど、どちらも局はいっしょだから。

 悟朗さん、南田君以上に建設局に食い込んでるから、あっちの局長に話を通したんでしょ。早い話、私が行く行かないの前に、悟朗さんが全部手配できちゃったと思うな。南田君の顔をあからさまには潰さなかった、っていうことか」

 と、少し考えてから、自らにハッパをかけるように言う。

 「よし、ここは悟朗さんの判断を信じて、東部公園緑地事務所から話を聞ける前提で対策練るよ!」

 ようやくユカリにいつものテンションが戻ってきたようだ。

 

 南田から連絡が入ったのは午前11時過ぎ。午後3時に東部公園緑地事務所・管理課にアポイントメントが取れたとのことだった。

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