8話 フェルズの回想
――夜
「……ふぅ」
粗末なベッドで寝転んだ私は、天井を見上げて大きく息を吐いた。
ここは……今日の昼までは、私の家族……兄たちとその仲間だと思っていた盗賊たちのアジトだった場所。
しかし彼らは、もういない。
突如現れた魔龍王レスィード、そしてその下僕である竜牙兵によって全滅させられてしまった。
……唯一人、私を除いて。
そしてその際、兄弟の末の妹……だったはずの私は、彼らとは何の血縁もないただの“商品”でしかなかった事が判明したのだ。
私の存在意義とは、一体? もはや、この先どうすればいいのかも分からない。
“仲間”の一員としてしての生き方しか知らなかった私。この先は、知らない道を歩まねばならないのだ。
そして、そうなってしまった事件の当事者であるレスィードは、私の隣で大いびきをかいて眠っている。
魔竜王レスィード。伝説の中の住人の一人。
魔王軍先遣部隊副将。猛将、いや暴将というべきか。勇猛果敢、というよりも凶暴獰悪な戦いぶり。いくつもの街を灰燼に帰し、精鋭部隊をたやすく粉砕したという。その戦いぶりは諸王国連合軍を震え上がらせるに十分であった。
間違いなく、触れてはいけない存在。
何故かそんな男を、私たちは襲ってしまった。それが、悲劇の始まりだった。
――あの時
「いいカモがいる」
“兄貴”の言。そして彼は私たちを率いて街道沿いまでやってきた。ターゲットはロクにモノもしらないお上りさん、とのことだ。
そして、待つ事しばし。
現れたのはあの男、レスィード。長身で均整の取れた体躯の若い男だ。顔立ちも整っている。私も一瞬見惚れてしまったほどだ。
だが、どことなく危険な香りがする。何というか……その姿、あるいは雰囲気には違和感があったのだ。兄たちにはない、私だけが知る感覚。まるであそこにいるのはヒトではない何か……。そう感じた。
止めるべきではないか? そう思いはしたが、確たる根拠はない。
所詮、私は兄弟の“末妹”でしかなかった。
そして、私が煩悶しているうちに襲撃の指示が下された。彼を襲った結果は……
正直言って、思い出したくもない。一つ上の“兄”は放った矢を受け止められた挙句に投げ返されて戦死。さらに、襲撃した仲間たちも尽く返り討ちにあってしまった。
そして、私は尋問を受けた。その結果……どうやらレスィードは現在の常識を知らないということ、は知ることが出来た。
その後、仇を討とうとしたものの叶うはずもなく……。
それでも、この男の後をつけた。
自分の中でも、理由はわからない。仇討ち? それとも……
そして、レスィードは私たちのアジトにたどり着いた。
逃げ延びた長兄たちと協力すれば、この男を倒せるかもしれない。淡い期待を持ちつつ、私は男を観察していた。
そして私が見守る中、男はアジトの奥に隠し部屋を発見したのだ。
そこは、私の知らない部屋。中には沢山の財宝があった。
そして……私は知りたくもない事実を知ってしまった。
私は“商品”として育てられた、と。
そしてその事実は、後から現れた長兄の口からも語られた。そして、私をどういう目で見ていたのかも……。
そしてその後、一番上の上の兄を含めた仲間たちはこのレスィードにまとめて鏖殺されてしまった。
生き残りは、私のみ。文字通り、皆殺しだ。
そして私はというと……一人ぼっちになっていた。
そして……私はこの男の虜囚となった。
「…………ッ!」
思わず涙がにじむ。
“兄”たち……そして“親父”。
彼らもまた、私を商品としてしか見ていないのであろう。
今更帰ることなど出来ない。
「なあ、おい」
「……はい?」
不意に声がかけられた。
隣を見ると、いつのまにかベッドに腰掛け、こちらを見るレスィードの姿があった。
「泣いているのか?」
「いや、オレはそんな……」
とりあえず強がってみせる。
が、
「んッ……」
堪え切ることは出来なかった。
「ううッ……」
「オイオイ、やっぱり泣いてるじゃねーか」
気がつけばボロボロ涙をこぼしていた。
「ったくヨ。ガキが強がるんじゃねーヨ。こっちへ来な」
「へっ? ……えっ? ええっ〜⁉︎」
そう言うとレスィードは、有無を言わさず私を抱え上げて自分のベッドに連れ込んだ。
……えっ? いやまさか? いきなりそんな……
私は突然の貞操の危機に混乱。
しかし、
「一人じゃ寝れねーよーな乳臭いガキが粋がってても仕方がねーだろーがヨ。俺がついててやるからとっとと寝やがれ」
「…………はい?」
よく考えたらこの男、私を子供どころか幼児扱いをしていたな。風呂の時もそうだった。あんな……あんなッ!
……考えたら腹が立ってきたので、不貞寝することにした。
――どこともしれぬ場所
「〜〜〜〜」
名を呼ばれた気がした。
誰だろう? 聞き覚えがあるようなないような……
「〜〜!」
再びの声。
何と言ったのかは分からないが……それは私の名だとは理解できた。
そして、その方へと視線を動かす。
視界に映る、その貌。
銀白色の髪、鳶色の瞳。そして白磁の如く白い肌の美しい佳人……。
彼女は私を覗き込んでいた。
見覚えは……ない。しかしその姿には、何故か懐かしさを感じた。
「……! お母、さん……?」
思わずそんなことを呟いていた。
記憶には、ない。だが、この懐かしさ。もしかして……私の母、なのだろうか?
しかし、声は発することは出来ない。
私は彼女に抱かれ、かつて感じたこともないほどの安らぎの中にいた。
ああ……このままずっとこうしていたい。
「もう大丈夫だからね。心配しないでいいのよ」
そう言って優しく抱きしめてくれる彼女の腕の中。
私の意識はゆっくりと溶けていった。
――翌朝
「ふぁ~あ……」
私は温かい温もりの中で目を覚ました。何というか……心の奥底にあった蟠りが消え、久々にぐっすりと眠れた感じだ。この、温かい……
温かい……ン? 昨晩の記憶が蘇る。
……いやまさか。
私は恐る恐る目を開ける。
と……
「オウ、起きたか。朝だぜ」
「ヒエッ⁉︎」
目の前に男の顔があった。
だ……誰⁉︎ この凶暴で獰悪そうなこの男は……? 夢の中で見た人は、もっと優しげで……思い出せないけれど。
……ああ、そうだ。レスィード! 魔王軍先遣部隊副将の男。
私はこの男に囚われているのだった。
「おは……ようございます」
とりあえず、挨拶。機嫌を損ねてはいけない。
「オウ。よく眠れた様だな」
……とりあえずは大丈夫そうだ。
と、思った直後。
「あ〜〜、赤ん坊ってこんな感じだったよナ。懐かしいゼ」
……は?
この男、ものすごく失礼な事を言いよる。一度、殴ってやろうか。
……だがとりあえず、今は自重することにした。




