適応環境3
「……まさか創立記念日だったとは」
「災難だったな」
自分も間違えて来たくせに人ごとのように何食わぬ顔で呟く彼は、僕のクラスメイトであり、友達でもある、岡田健治君だ。細身だけど筋肉質で、黒光りする整った黒髪に、鋭い目つきと細い黒ぶち眼鏡。外見から既にちょっと危ない感じの男子高校生だ。
例えるなら雨の日に傘を折りたたんだまま持ち歩く人だ。
どうしてこんな例え方をするかと言えば、この前、実際にやっていたからだったりする。
要するに、ちょっと変わった感じの人なんだ。変人とでも言うべきだろうか。
でもそんなことを言い出したら、僕の学校は変人で満ち溢れてる。変人が多すぎて、もはやそれが普通になってしまっている節すらある。
「あ、橋丘先生だ」
岡田が唐突に、前からやってきた白衣の男性を指す。
「橋丘先生? 誰?」
僕は聞き慣れない名前に首を傾げた。
「知らないのかよ。ほら、あれだよあれ、何か脳の研究してる人」
そういう岡田もうろ覚えらしかった。
「脳の研究?」
「正確には空想と妄想の違いについて研究している脳科学者だよ」
橋丘先生は僕らにそう説明してくれた。でも、やっぱり僕はこの人のことを知らないと思う。
「二つはどう違うんですか?」
僕は橋丘先生に尋ねた。先生は、少し考え込むような素振りを見せてから、こう答えた。
「空想と妄想の違いは、気付いているかいないかなんだよ。
空想は、自分が今空想していることに気が付いているし、次の日、昨日空想していたことを覚えている。ところが妄想は、していないことをしていたと思い込む。本当はしていないのに、した記憶があって、したと思い込んでいて、本当はしていないことに気がついていない。これが妄想だ。実は妄想は、精神疾患の一つなんだよ。脳が自己防衛のためや、自分の立場を有利にするために、自分で自分に嘘の記憶を植え付けるんだ。
それもとことん、都合のいい記憶をね」
「へぇー」
岡田は生返事をした。話を聞いていない時の態度だ。
でも僕にはもう一つ聞きたいことがある。
だから悪いけど、後少しだけ、置いてけぼりになっていてもらおう。
「それじゃあ先生、自分から目を覚ますには、どうすればいいんですか?」
僕は次また悪夢を見たときのために聞いた。
「君はもう、目を覚ましているはずだよ? ただそのことに、君が気がついていないだけで」
先生は、僕の質問の意図を履き違えてしまったらしい。




