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ラージ  作者: 全州明
三章
6/15

あるはずの無い過去2

 あちこちに植え付けられた木々は青々と(しげ)り、至る所で蝉たちが騒がしく喚き立てていた。

 夜になるとそれらは途絶え、代わりに鈴虫の合唱が始まる。

 町はすっかり、夏色に染まっていた。

 ここで黄昏(たそがれ)ていても仕方ない、僕はおもむろに立ち上がり、帰路につく。

 僕はかなりの方向音痴なので、見知った道以外勘が通用しない。もうすぐ夕方になる。日が沈みきるまでには帰りたいところだ。

 歩く速度は急速に速まり、しまいには走り出していた。

 僕は焦っていた。早くも(ひたい)に汗が(にじ)む。

 心臓の位置がはっきりとわかる。

 胸騒ぎがして、バッと後ろを振り返る。そこにはさっきのベンチがあるだけで、誰もいない。

 胸騒ぎは治まらず、その後も何度も振り返る。何度見ても誰もいない。

 でも、なぜだか誰かに追いかけられている気がした。

「誰かぁ‼」

 僕の叫びは不思議と反響し、何重にも重なって聞こえた。

 地面は平らなはずなのに、何度も転びそうになる。

 バッと後ろを振り返る。道の脇には木々が立ち並び、遠くの方にベンチが見えた。

 曲がり角に差し掛かり、速度を落としてなんとか曲がり切ってから、もう一度振り返る。

 道の両脇には木々が立ち並んでおり、遠くの方にベンチが見えた。

 こんなことはあり得ない。間違ってる。

 ここはどこなんだろう。見覚えの無い一本道がどこまでも続いている。

 僕はがむしゃらに走り続けた。

 疲れてきたのだろうか。周りの景色がしだいにぼやけ始める。

 辺りはすっかり真っ暗になっていた。多分もう、誰も追ってきていない。

 それでも僕は走り続ける。後ろを振り返らないようにして。

 再び曲がり角に差し掛かる。今度は速度を落とさずに、構わず走る。

 すんでのところで曲がり切り、再び一直線に走る。

 景色のぼやけはさらに悪化して、しだいに(ゆが)み始めた。

 それでも僕は走り続ける。ただひたすらに、前だけを向いて。

 歪みはさらに酷くなり、景色がひび割れる。僕の行く手にも大きな亀裂が走り、やがて穴が開き、そこから淡いオレンジ色の光が漏れてきた。

 それでも僕は、走り続けた。その光の、向こう側へ。

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