楽しげな日々の中で2
「そうやって、また逃げるの?」
彼女が何を言っているのか、何が言いたいのか、まるで見当もつかなかった。
逃げる? 何の話だよ。僕は、逃げたりなんか――――
「本当はここがどこなのか、気付きそうになる度に駆け出して、落下して、辺りの景色を書き換えて、無理やり忘れようとしてるみたいだけど、あなたはもう、これ以上逃げられない」
いつの間にか、僕の右足は、元に戻っていた。
僕の体はまるで言う事を聞かず、ピクリとも動かない。
「だってそうでしょう? この世界は不自然すぎるもの。そこらじゅうが違和感で溢れてる。
ここはいつも楽しくて、嬉しくて、明るくて、都合が良くて…………
でも本当に、ここは素敵な場所なの? あなたの居場所はもう、ここにしかないの?」
「そうだよ。僕の居場所はもう、ここにしかないんだ。だから、だから邪魔をしないでくれよ。
別にいいじゃないか。いつまでも、ずっとこのままで。
僕はもう嫌なんだよ。外の世界が。あそこにいる奴らは、皆僕の事を変人呼ばわりするんだ。
確かに僕は、態度や口調や性格が、ころころ変わるよ。何の前触れもなく。
喋り方だって、最近やっと、普通になったばっかりなんだ。
でももう、それも必要ない。だってここでは、僕は普通になれるから。
所詮ここは、僕の頭の中の世界だ。でもだからこそ、ここには変人しかいない。
変人しかいない世界では、変人が、普通になるんだよ。
それで、外の世界の普通の奴らが、ここでは皆、変人になる。
こんないい世界、他のどこにあるっていうんだよ」
「違う。あなたはこの世界でも普通にはなれないわ。だってあなたは、あの頃とはもう違うもの。
あなたは本当の自分をひた隠しにして、普通になってしまったから。
外の世界の普通では、ここの世界の普通にはなれない。そうでしょう?」