適応環境4
岡田と橋丘先生に別れを告げて、僕は再び帰路につく。
途中、二差路を左に行った。遠回りなんてもんじゃない。この道では家に帰ることができない。しかし僕の足は躊躇うこともせず、その速度をしだいに速めていった。住宅が立ち並び、道路は緩やかなカーブを描いていた。夕焼けが似合いそうな場所だった。
信号のない十字路に差し掛かるころ、遠くの方に、一際目立つマンションを見つけた。
まるでそのマンションだけが独立した空間に佇んでいるようで、場違いなようにさえ見えた。それにあのマンションは、前もどこかで見たことがある気がする。もっと言えば、この道も、この町並みも、単にそういう雰囲気なだけかもしれないけれど、久しぶりに来たような、懐かしさを覚える。
それが何故かはわからない。わからないから駆け出した。
あのマンションに入れば、全てを思い出す気がした。
それは、確信にも近いものだった。
でもそんな淡い希望はすぐに打ち砕かれる形となった。
入口が見あたらず、マンションに入れなかったのだ。
表に回ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。
真っ青なビニールのシートが覆いかぶさっていたのだ。
近くにあった看板を見ると、『建設中 四月十四日完成予定』と書かれていた。
それは明らかに異様で、異質で、考えられないことだった。
いつかはおもいだせないけれど、僕は確かにここを訪れて中に入って、エレベーターに乗ったはずだ。そこで誰かに会って、何か話をしたような気がする。何の話だったかは覚えていないけど、あの時確かに、ここは完成していたはずだ。
でなければ、僕が中に入ることも、エレベーターに乗ることも、できたはずが無いんだ。
でもどこからどう見ても、この建物は今建設中だ。完成していない。
上部の骨組みが未完成のままむき出しになってるし、シートの隙間から見える壁も塗装されていないところをみても、改修工事というわけでもなさそうだ。
じゃあなんで? どうして? 僕が前来た時は、こんな風じゃなかったはずだ。
考えれば考えるほどこんがらがって、やがて頭の中が真っ白になった。
「ねぇ、あなたもここに引っ越すの?」
後ろから声をかけられた。明るい女の子の声だった。
いきなりのことに驚いて、肩をびくりと震わせてから、恐る恐る振り返ると、少し大きめの茶色いコートを着込み、細身の体に長い黒髪をした活発そうな女の子がいた。
その整った顔には、まだ少し、あどけなさが残っていた。
身長から察するに、僕と同じか、少し下くらいの歳だろう。
「ねぇってば」
「え? あぁ、ごめん。僕はたまたまここを通りかかっただけなんだよ」
「……なぁんだ、そっか。それじゃあまたね」
女の子はちょっぴり残念そうに呟いてから、音もなく姿を消した。
隠れたわけではなさそうだけど、大して気には止まらなかった。