表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラージ  作者: 全州明
四章
10/15

適応環境4

 岡田と橋丘先生に別れを告げて、僕は再び帰路につく。

 途中、二差路を左に行った。遠回りなんてもんじゃない。この道では家に帰ることができない。しかし僕の足は躊躇うこともせず、その速度をしだいに速めていった。住宅が立ち並び、道路は(ゆる)やかなカーブを描いていた。夕焼けが似合いそうな場所だった。

 信号のない十字路に差し掛かるころ、遠くの方に、一際目立つマンションを見つけた。

 まるでそのマンションだけが独立した空間に(たたず)んでいるようで、場違いなようにさえ見えた。それにあのマンションは、前もどこかで見たことがある気がする。もっと言えば、この道も、この町並みも、単にそういう雰囲気なだけかもしれないけれど、久しぶりに来たような、懐かしさを覚える。

 それが何故かはわからない。わからないから駆け出した。

あのマンションに入れば、全てを思い出す気がした。

それは、確信にも近いものだった。


 でもそんな淡い希望はすぐに打ち砕かれる形となった。

 入口が見あたらず、マンションに入れなかったのだ。

 表に回ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。

 真っ青なビニールのシートが覆いかぶさっていたのだ。

 近くにあった看板を見ると、『建設中 四月十四日完成予定』と書かれていた。

 それは明らかに異様で、異質で、考えられないことだった。

 いつかはおもいだせないけれど、僕は確かにここを訪れて中に入って、エレベーターに乗ったはずだ。そこで誰かに会って、何か話をしたような気がする。何の話だったかは覚えていないけど、あの時確かに、ここは完成していたはずだ。

でなければ、僕が中に入ることも、エレベーターに乗ることも、できたはずが無いんだ。

 でもどこからどう見ても、この建物は今建設中だ。完成していない。

 上部の骨組みが未完成のままむき出しになってるし、シートの隙間から見える壁も塗装されていないところをみても、改修工事というわけでもなさそうだ。

 じゃあなんで? どうして? 僕が前来た時は、こんな風じゃなかったはずだ。

 考えれば考えるほどこんがらがって、やがて頭の中が真っ白になった。

「ねぇ、あなたもここに引っ越すの?」

 後ろから声をかけられた。明るい女の子の声だった。

 いきなりのことに驚いて、肩をびくりと震わせてから、恐る恐る振り返ると、少し大きめの茶色いコートを着込み、細身の体に長い黒髪をした活発そうな女の子がいた。

 その整った顔には、まだ少し、あどけなさが残っていた。

 身長から察するに、僕と同じか、少し下くらいの(とし)だろう。

「ねぇってば」

「え? あぁ、ごめん。僕はたまたまここを通りかかっただけなんだよ」

「……なぁんだ、そっか。それじゃあまたね」

 女の子はちょっぴり残念そうに呟いてから、音もなく姿を消した。

 隠れたわけではなさそうだけど、大して気には止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ