表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラージ  作者: 全州明
一章
1/15

コンクリートの向こう側

 第一話 「コンクリートの向こう側」



 部屋のテレビは、もはやどうでもいい情報を永遠垂れ流す、騒がしい箱と化していた。

 どのチャンネルも、どの番組も、家から一歩も出ない僕にはあまり、関係が無い。

 毎日に変化が無いせいか、最近では曜日や日付どころか、昨日と今日の区別さえ、つかなくなっている。時間の感覚も薄れ、気付けば朝になっていたし、夜になっていた。

 時が経つにつれ、僕の日常から様々なものが失われていった。

 かゆくなった時くらいしか、頭を洗わなくなった。

 痛くなった時くらいしか、歯を磨かなくなった。

 髭を剃らなくなったし、髪も切らなくなった。

 食事は扉の前に置かれるし、一階のトイレに行く時以外、部屋から出ることもなくなって、いつしか一日中パソコンをいじっているだけの日々になっていた。

 散らかったゴミででこぼこになった床。汗の染みついた枕。しわくちゃのベッド。点けっぱなしのテレビとパソコン。

 この部屋に、綺麗なものなんてない。夢も希望も、何も無い。

 それらが僕を虫食(むしば)むせいか、体はいつも、どこかしらの不調を訴えてくる。

 突如睡魔に襲われて、いつのものように、僕は後ろに倒れ込む。

 ベッドは部屋の半分を占めていたから、倒れ込めば、大抵そこにはベッドがあるのだ。

 いちいち振り返ったりなんて、する必要は無い。

 でもそこに、ベッドはなかった。ただ、(くう)を掻き分ける感触しかない。それがなぜかなんて、考える暇もなかった。

 マズいと思って振り返ったときには、床に散らばったゴミが、もう目の前まで来ていた。

 僕は反射的に目を閉じた。

 すると頭を打つことも、怪我をすることも、痛みを感じることさえも、無かった。

 (ほほ)を風が掠める。僕はまだ、落ち続けているらしい。

 恐る恐る目を開くと、世界は、白で埋め尽くされていた。

 風はしだいに強くなり、僕を手荒く包み込んでくる。あまりの強風に呼吸が妨げられる。

 苦しい。息がつまりそうだ。

 風は止むことを知らず、尚も容赦なく吹きつけてくる。

 乾いた目が痛い。体はとうに冷え切って、ビクとも動かない。

 このまま死ぬのだろうか。

 それも悪くない。あのままあの部屋で、ありふれた最後を()げるよりずっといい。

 視界は、相も変わらず白で一杯だ。どこもかしこも真っ白で、何も無い。

 空っぽだ。本当に、空っぽだ。

 だけどあの部屋とは違う。ここにはどこまでも続くような奥行きがある。そして比べ物にならないくらいの開放感がある。

 でも寂しい。あまりに何も無さ過ぎて、世界に僕しか居ないみたいだ。

 途端に襟首から来た脱力感に襲われる。体がずんと重くなり、(たま)らず(うめ)き声が漏れる。

 真っ白で何も無い世界で、縦とも横ともつかない角度で落ちて行く自分を、僕は遠く離れた場所からぼんやりと(なが)めていた。それは夢でしかあり得ないことだった。

 思わず笑みがこぼれてしまう。

 今笑っているのは、一体どっちの僕何だろう。

 足元に、落ちて行く僕の背中が見えた。そこには鏡があるらしかった。けれどそこに映り込んでいたのは、昔の自分だった。髪だって(ひげ)だって長くない。肌も服装も綺麗だ。なのにつまらなそうにする、なのに不機嫌そうにする、そんな僕が。

 鏡との距離はあっという間に縮まって、ついには今の自分と昔の自分が鏡を通して背中合わせになった。

 甲高い、酷く耳障りな音がして、鏡は見るも無残に砕け散り、破片が風を受けて花びらのようにひらひらと落下し始める。

 そして鏡の向こうには、夕焼けに包まれた、暖かい、のどかな町並みが広がっていた。


 ――――強風は、心地のいい(そよ)(かぜ)に変わり、僕は静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ