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冷たい太陽と海の花  作者: 木乃梢
1.舞い込んだ、政略結婚
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-1

 ある年の初夏の日。

 思いがけない国の使者が運んできた、思いがけない内容の文書に、海と水の小国ティアータの王室は色めきたった。国王のみならず、その場に居合わせた王妃と彼らの息子である王太子もが瞬時にその文面を呑み込めずにいた。

「まさか、あの大国グウィネイラが我が国に……」

 王太子のつぶやきにパッと顔を上げ、驚きから立ち直った王妃が軽く二回手を叩く。その音に王も我に返った。

 すぐに走り出てきた小間使いに、王妃が言う。

「王女をここにお呼びして。大事な話なので、至急」



 *****



 ばしゃばしゃと水の跳ねる音と一緒に、明るく高い笑い声が響く。

「ほら、こっちよ! はやく!」

 庭に造られた小川で、一人の少女と犬が元気に遊んでいる。跳ねて飛ぶ水しぶきが昼の光にきらめいた。

「フィオレナ様!」

 そこへ一人の侍女が慌てた様子でやってきた。その姿を認めると少女はくすくすと笑って、彼女の愛犬マヌエルも主人の様子を楽しそうに見ていた。

「おこりんぼニーナが来たわ! 逃げろっ」

「――お待ちください、王女様! 国王陛下がお呼びでございますゆえ、急ぎ向かわなくてはなりません」

 その言葉を聞くと、少女――フィオレナは、すっと姿勢を正した。それを見てニーナもほっと息をつく。

「さあ、こちらへ。執務室でお待ちですわ」

「……ニーナ、どんなお話かしら?」

「私も内容までは伺っておりません……とにかく至急、とだけ」

 フィオレナはハァとため息をひとつ。後ろについてくる愛犬を振り返った。

「マヌエル、また怒られるのかしら、私たち?」

 賢そうな目をしたグレイハウンドは、舌を出して首をかしげるだけだった。


 執務室の扉の前で、せめて髪だけはとニーナにタオルでガシガシ拭かれ、その間にフィオレナはワンピースの端をぎゅっと絞った。パタパタと落ちる水がカーペットにシミを作ったが、致し方ない。

(執務室の書類が濡れちゃったら、大目玉だもの)

 そんなことを思いながら、フィオレナは扉を軽くノックした。その間にニーナは一礼して、マヌエルを連れてどこかへ行ってしまう。少し心細くなりながらも、中から返事が聞こえて、そっと扉を開けた。

 部屋には両親と兄の三人がそろっていた。フィオレナの王女にあるまじき姿を見て、父王は唖然とし、王妃と兄は楽しそうに微笑んだ。

「フィーナ、またマヌエルと水遊びかい? 夏空になって毎日だね」

 兄にからかわれているのが分かり、フィオレナはツンと顎を上げた。兄はくすくすと笑っている。ゴホン、と王の咳がした。

「さて、フィーナ、お前に一つ聞きたいことがある」

「はい、お父さま」

「お前は、北の大国グウィネイラと我が国が同盟関係になることを、どう思う?」

 驚いて聞き返すと、父王は例えばの話だ、と答えるだけ。とにかくここはフィオレナの意見が聞きたいらしい。まだ15歳になったばかりのフィオレナの意見など聞いて、どうしたいんだろう? 彼女は訝しく思いながらも、自分の考えを述べた。

「私は賛成です。我が国は経済において、この近隣諸国ではトップと言えるでしょうが、軍事力――こと陸軍に関しては、少し不安が残ります。対してかの大国は冷たい土地に悩まされて、特に冬の食糧は他国からの輸入に頼らざるをえない反面、陸軍においては他国の上を行きます。私たち二国が手を繋いで、こちらは食糧を、あちらは力を提供しあうのは、あり得る話だと思いますけど……」

 話しているうちに父の笑みがどんどん深くなっていくので、フィオレナは不思議に思って言葉を切った。国王は満足げに頷いて、ひげを撫でている。

「帝王学や歴史などは、ちゃんと学んでいるようだね。安心した。グウィネイラ語は習っているか?」

「得意とまではいかないけど、一通りは……。お父さま、どういうことか教えてください。いったい何が始まるんですか?」

 すると国王は居住まいを正し、真剣な表情でフィオレナを見つめた。さすが国王、その威厳は緊張感を伴い、フィオレナは思わず両の拳を握りしめた。

「先ほど、グウィネイラの使者が文を届けに来たのだ。我が国と仲良くしたい、とな」

 真顔で少しふざけたように言ってから、国王はにっこりと微笑んだ。

「そこで、我が国の姫君と、かの国の王太子殿の婚姻を提案された」

 フィオレナはその言葉を聞くと、目を見開いて父王を見つめた。その様子を見て、少し伺うように王妃が口を開いた。

「今はまだ婚約準備の段階だけど、そうね……一、二年の間に、正式にあちらの国に迎えられるでしょう。もちろん、拒否権もありますよ。この同盟はお互いにとって利益も大きいけれど、これまで特に親しくしてきた訳ではない相手にあなたを引き渡すのです。まったくの安全策とも言えないのですから」

 母の穏やかな声に、フィオレナはゆくる首を振った。

「私の個人的な感情や、一存で決めることではないですから……。お父さまたちは、このお話を受けるおつもりなんですよね?」

「私も宰相も、今のところ積極的に進める方向でいる」

「でしたら、」

 フィオレナは両親たちの予想を裏切って、強く明るく微笑んだ。濡れて重たくなった服の裾をちょっと持ち上げて、優雅にお辞儀をする余裕すら持って。

「それがこの国のためになるのなら、私は王の御意のままに」


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