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 俺は世間一般で言うところの駄目人間だ。

 大学は無事卒業したものの、就職に失敗。アルバイトを探し、フリーターとして生活していたが、つい一ヶ月ほど前にクビになった。フリーターですらなくなった俺は、実家に転がり込んだ。ネオンで彩られた街並とは縁の無い片田舎だが、自室に引きこもってオンラインゲームに現を抜かす身にそんなことは関係ない。パソコンとインターネット環境さえあれば生きていけるニート。世の大人達が顔をしかめる身分まで、俺は堕ちたのだった。




       *       *       *       *




 そんな変わり映えのない日々を送っていた、とある雨の日。夕刻と夜の境目に、愛読している雑誌を買いにコンビニに行った俺は、帰り道で古ぼけたダンボールを見つけた。人気のない公園の入り口付近に、ポツンとそれは置かれている。ゴミ捨て場でもない場所にある不審物に、俺は興味本位で近づいた。この御時世、爆発物がポンと放置されていてもおかしくはない。下手すると不審物に近づいたせいで命を落とすかもしれない。だが、それならそれでいいと俺は思った。むしろ面白いとまで考えた。それほど俺は、この毎日がどうでもいいものだと感じていたのだ。

 しかし、箱の中には予想しなかったものが入っていた。


「……犬」


 つい呆然と呟いてしまう。愛犬家が増加し、動物虐待などに敏感になっているこの時代に、ダンボールで捨てられている犬に遭遇するとは思いもしなかったのだ。

「まだ、子犬じゃないか」

 生まれて間もないのだろう。手の平にすっぽりと収まるほどの小さな命は、今にも息絶えようとしている。消えそうに儚い鼓動が俺の手の平を震わせた。クゥーン……と雨音に掻き消される小さな鳴き声が切ない。この犬は、間もなく死ぬだろう。家に連れ帰って温めてやったとしても、きっと手遅れだ。それでも何故か、俺はこの犬を離し難かった。

 途方に暮れていると、不思議な響きの声が聞こえてきた。

「青年よ、よくお聞きなさい」

 周囲を見渡しても誰もいない。ただ静かな住宅街があるだけだ。首をかしげる俺に、柔らかな声音はなおも語りかけてくる。

「青年よ、その子犬は『幸せ』というものを知りません。辛く悲しい記憶だけを抱いて死のうとしているのです。余りにも、哀れではありませんか。私は、この子に一日の時を与えましょう。その間に、この子犬に『幸せ』とは何か、あなたが示してあげてください。幸福な記憶をあげてほしいのです」

 突然、辺り一面に眩い光が満ち溢れ、たまらず俺は目を瞑る。優しい囁きが耳元をくすぐった。

「……頼みましたよ」

 閉じた瞼に刺激を感じなくなってから、俺はおそるおそる目をあけた。目の前に、やせっぽちの幼い少年がいる。そして、胸に抱いていた子犬は消えた。ずぶ濡れになった少年の無垢な瞳が、全てを物語っている。

 子犬は人間の姿と、僅かな時間を得たのだ。



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