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魚と涙と風と
怖い。
その声にあらがえない事を私は知った。
薄々感じてはいた。でも、はっきりとはしていなかった。
怖い。
不意につく恐怖。
犯されそうなほど強烈な言葉に甘美な誘惑と、音。
怖い。
逆らえなくなってしまいそうな自分が。
怖くて仕方がない。
私は○○ではない。
それは、私もあなたも互いにわかっていたはず。
毎日可愛がられ、そこに微笑んでいるのは“私”じゃない。
あなたの呼ぶ名前も“私”じゃない。
元々“私”ではないのだから、そうではないと考えること自体おかしいのだけれど。
怖い、怖い、怖い。
音、鼓動、温もり。触れてはいけない。触れたら戻れない。
甘美な、あまりにも優美なその罠のような誘惑に、私は手を伸ばしかけて、躊躇っている。
なれるのならば、あなたの一番大切なものになりたいけれど。魚は涙を流さないでしょう?人間は一筋縄ではいかないでしょう?風は同じ場所にずっとは止まれないでしょう?
それと同じなの。
何故私は……なの。
これ以上刻めない何を刻むというの。
それ以上もそれ以下もないまま、漂わせて。
漂わせていて。




