カロン・エファト 3-1
――「やーい、変な目! お前鬼の子だな!」
――「鬼の子! 鬼の子! お前、山で動物喰ってるんだろ!」
うなされながらゆっくり目を開くと目覚まし時計の文字盤が目に入った。
まだ夜中の3時だ。
重たい体を起こし、下を向くと目から少しの涙が流れ、布団に落ちる。
(我ながら女々しいな……)
懐かしい夢を見た。
よくこうやっていじめられ、喧嘩して、その親が出てきて叱られて、また笑われる。それの繰り返しだった。
こんな生活は嫌だったが、母さんが必死に働いて行かせてくれてるんだ、卒業して軍隊にはいるまであきらめるわけにはいけない。だからいじめにも耐えて学校に通った。
ベットに体を寝かせ、横を向いていた体を上に向け、天井を見上げる。久しぶりの自分のベッド、自分の部屋・・・
昨日まで病院の病室で生活をしていて、一週間経った昨日やっと退院することができた。
傷が急に痛み出すことも少なくなり、リハビリも終わった。明日、と言うより今日から仕事復帰することを大元帥から許された。
やっと仕事ができると思うとうれしいし、ギリギリ軍事会議にも出席できそうだ。まだ、少しだが寝れそうだ……もう一度目を閉じ眠りにつく。
****
五月蝿い目覚まし時計が鳴り響き、忌々しい太陽の光のせいで目を薄く開く。
万華鏡のような視界で時計を見ると時計の針は7時を刺していた。本来6時30分には職場に入っていなければならないのだが……
(目覚まし、かけ間違えた……まぁいいか、いつもはもっと遅い時もあるし。)
目覚まし時計を止めてゆっくりと体を起こし、またしてもゆっくりとした動きで壁に掛けられてる服に手を掛ける。
忌々しい太陽め、なんで出てくるかな……ずっと夜だったらいいのに……
朝は頭に痛い。低血圧はしんどいし、寝起きが一番機嫌が悪い。
ワイシャツに袖を通し、今日はちゃんとした制服を身につける。
今日は軍事会議だから、いつもみたいなルーズな格好はできない。だからちゃんとした格好をしなきゃいけない軍事会議は嫌なんだ。
ネクタイをして、第一ボタンまでボタンを止め、ベルトも普通のをする……
カロンはよくこんなかたっ苦しい格好をしていられるな……軍服をきちんと着るのなんかこういう軍事会議か、戦場に出るとき以外はしたくないものだが、あいつは毎日こんな格好だ……正直、見てて苦しくなってくる。
ベルトにホルスターを取り付け、ブーツを履いて大きく伸びをする。そして、少しだけネクタイをゆるめる。まだ軍事会議は始まらないし、始まる直前になったらきちんとした格好をすればいい。っと言うより会議前になったら嫌でもカロンが服装を直してくれるからいいか。
まだ頭が痛いし眠たいが部屋に鍵を掛けて大きなあくびをしながらゆっくりと廊下を歩く。
この時間だ、廊下には俺以外の人は誰も歩いていない。静まりかえった廊下に俺の足音だけが響き、不気味だ。
寮棟を出て仕事場に向かう途中に渡る廊下から見える町の様子を見て、足を止める。
廊下の窓の前に見覚えのある誰かが立っている。こんな所にいるとは思いもしなかった男が立っていた。
「カロン、どうしたんだ、こんな時間に、こんなところで……お前らしくないな。」
カロンの数歩後ろからカロンに話しかけると、カロンは少しこっちを見てまた窓にむき直した。
この前みたいに、こいつに不意討ちで話しかけると殺されかねないから数歩後ろから話しかけるという技を覚えた。しかし、病院にいた昨日までのカロンとはちょっと感じが違った……
「あぁ、お前か。いや、久しぶりに仕事場に行って仕事してたらどうも気が乗らなくて……少し休憩もらって今休んでる。」
意外な答えが返ってきたびっくりした……
入院しているときはあんなに仕事、仕事って言ってたこいつが仕事に気が乗らない? やっぱりこいつ銃弾ボコボコ打ち込まれたから頭おかしくなったんじゃねぇのか? 暇なときに空を見上げているときはよくあるけど、こいつがこんな黄昏れるところ久しぶりに見た。しかし、こいつが落ち込むと調子が狂うし、なんか……キャラじゃないよな……仕事場で何かあったってわけじゃなさそうだし、どうしたんだ?
「久しぶりに、昔の夢を見たんだ……」
一瞬、心を読まれたかと思ったが、違うようだ。こちらを見ずにカロンは小さな声でそう呟いた。
昔の夢? 昔っていつのことだ、こいつとは小等部の頃に会ったけど夢になるようなことなんて星の数ほどあるがな……どの星の事だろうか……
「昔って何だよ? お前が昔話か? “過去を振り返らない!”とかよく言ってるようなお前が似合わねぇ~っていうかお前記憶力あんの?」
「ひどっ! あのな~俺だって過去を振り返ることぐらいあるよ。ほら、お前らと初めて会った時の夢だよ。」
こいつと会った時、それはよく覚えてる。こいつは小さい頃から目立っていたし、俺が気を許した数少ない友人だったから……
****
カロンと始めは学年もクラスも同じなのに、あまり話さなかった。
何しろ俺は人見知りキングだったし、カロンはあまり人を引きつかせなかったからな。
カロンは途中から入ってきて成績は上の下ぐらい、休み時間も一人で本を読むか、勉強をするか、寝てるかのどれかだった。カロンが誰かと仲良く話す所はあまり見かけなかったし、正直俺もカロンの事はあまり知らなかった。
カロンは小等部三年生にしては幼い顔立ちに小さい身長だったが、一部の女子にはモテていた。しかし、カロンは寄ってくる女子をことごとく避けていた。
その態度や、カロンの容姿や性格からか、よく喧嘩や苛めのターゲットにされていたことだけはさすがの俺も、嫌でも噂が入ってきて知っていた。
俺もだいたいは一人でふわふわしてたし、いつも誰かと一緒にいるなんてことはあまりしなかったし、したくなかった。
そんなある日の昼休み、昨日裏庭にある木の影が思いの外、居心地が良いことに気がつき今日もそこで昼寝をしようと、その木へ向かった。今日は日が照ってるが、ぽかぽか陽気で絶好の昼寝日和だ。木にもたれ掛かって昼休みの騒がしい校舎を眺めてながらぼーとしていた。
「ねぇ、そこ俺の特等席なんだけど。」
ぼーとした頭にいきなり話しかけられてびっくりした。
横を見ると、光の入ってないやる気のない目をした少年が無表情のまま本を持って立っていた。
確かこいつは、学年トップの天才、ジーニアス・ワイズ。
こいつもクラスではぼーとしていることが多く、訓練でも勉強でもなんなくこなしてしまうような奴だ。俺は小さく“あぁ、ごめんね”と言って少し位置をずらす。
ジーニアスは無言のまま俺の横に座って本を開き、本を読み進める。それから少しの間ジーニアスは本を読み、俺は日向の暑苦しさと日陰の涼しさを比べるように涼んでいた。そんな時、突然ジーニアスが口を開いた。
「この特等席を見つけるとはお前、なかなかの奴だな。ここ、日向ぼっこには最適なんだよ。」
本から目を離さすことなく、俺に話しかけるが、人見知りキングの俺はどう話していいかわからない。
とりあえず“うん、そうだね。”と感情のこもってない生返事をしておくことにして、先程より少し静かになった校舎を見上げる。
それから数分沈黙が走ったが、その沈黙を破るには不十分なぐらいの声が横から聞こえた。
「お前、めんどくさがり屋だろ。」
ジーニアスは突然、本から目を離さずに呟いた。俺はその言葉に少し驚きながらジーニアスの方を見る。ジーニアスは一瞬目だけこちらに向けて、また本へと視線を移した。
「……よくわかったね。さすが、俺が耳にするだけあるよ、君は。」
先程より少し明るめのトーンで答えると、ジーニアスは少し、いや露骨に嫌そうな顔をして俺の方を見てから、明らか作り笑顔をして笑った。
「俺と同じ臭いがする。」
そう言って満足したのか、またしても本に視線を戻してしまった。
「奇遇だな、俺も今そう思ったところだったんだ。纏う空気は全くの逆なのにな。」
俺はクラスでもふわふわしていてあまり足が着いていないが、こいつは足がちゃんと地面についている。それなのに、他の奴等とは違って鬱陶しくない。
そのまま、短い沈黙を挟みながらも俺達は少し距離を縮める事ができた。ジーニアスは噂からかか、冷淡で高飛車なイメージがあったが、全然違った。ほんわかしていて、おもしろい。性格に共通点が多かったからか、人見知りの症状は出なかった。
昼休みも半分が終わり、大分会話も弾んできた時、俺達の目の前に何かか落ちてきた。
黒く短い髪に緑かかった瞳をした、平均より遥かに小柄で童顔な少年が、身体中に傷や草を着けて壁から鈍い音をさせながら落ちてきたのだ。
「って……思いっきり腰打った……ん?」
尻餅をついて汚れたボロボロになった制服のズボンの砂をはらい、よろめきながら立ち上がる。
少年は俺達の存在に気が付きこちらを緑がかった瞳を薄く開いて見る。
少年の頬には誰かに殴られた様な痣がくっきりと残っていて、口からは少量の血がついていた。頬だけではない、露出している肌という肌に痣が見えるが、明らかに軍事訓練でできた怪我ではなかった。
こいつがあの噂の苛められっ子カロン・エファト。
その傷ついた姿を俺達は驚きと哀れみの目で見ていたら、校舎の裏からいくつか人の声がした。その声に反応して声のした方を見てから、カロンは小さく舌打ちをして、
「くそっ、あいつらしつこいな。なぁ、あんたらここ危ないよ。速く逃げた方が利口だと思う。」
カロンはそう言うと俺達がもたれ掛かってる木に飛び付き、まるで猿のように軽々と登っていく。こいつものすごい身軽だな……
カロンが木の上に身を潜めてから少しして向こうから※ソアラーの男子5人が所々怪我をした足を引きずりながら歩いてきた。※(高校生)
「おい、お前達あのチビ餓鬼どこいったか知ってるか?」
俺達は顔を見合わせて、首を横に振った。そうすると高等部の男子達は校舎の向こう側に消えていった。
消えてから少ししたら木の上からカロンが逆さまでぶら下がったまま俺達を見て少し微笑んだ。
「ありがとな。御陰でうまく撒けた。」
いつも教室の机で勉強しているか、本を読んでいるか、寝ているかのカロンとは思えないほどにこやかに笑った。
こいつは、人が嫌いなのだと思ってたが、以外にフレンドリーだ。っというより、こいつは仲良くしたいのに周りがそうさせてくれないのかもしれない……
「なんでそんなにボロボロなんだ? それにさっきのソアラーなんだよ。」
俺が聞きたい事をジーニアスが代わりに聞いてくれた。カロンは綺麗な弧を描きながら木から下りて着地をし、服に着いた葉っぱを叩きながら俺達に話した。
「いや、昼休みに裏に呼び出されてさ~そのままボコボコにされた。でも、そのまま殴られただけなのは俺の性に合わないし、ムカついたから全員返り討ちにしてやったら、なんか怒ったから逃げてきたわけ。痛っ……」
カロンはぱんぱんに腫れた頬に手をおいて顔をしかめた。ソアラーの奴にリンチにあったんだ、それは相当痛いだろう。頬だけではない、体中という体に怪我がある。こいつ一体どんな生活してるんだ?
「こっちに座って、傷見せろよ。」
ジーニアスはこいつにそう話しかけた。ジーニアスはそう言ってカロンの腕を引っ張った。カロンは少しびっくりして、微笑み首を横に振った。
「いいよ、勝手に治るから。それに、俺に関わったらお前達もターゲットにされるし、こんくらいの怪我なんか日常茶飯事だし。じゃぁな。」
指をポキポキ鳴らしながらそう言うと、カロンはまた小走りで駆けて行った。カロンが走り去ってから少しして、さっきのソアラーの声が遠くに聞こえた……