入隊以来の苦労 1-3
カラーには寮があり、だいたいの奴らはそこで寝泊まりをする。
俺もそうだが滅多にここに帰ってくることは無い。なぜならあの二人のよこしてきた仕事が一日では終わらないからだ。終わらないときは徹夜をして終わらせ後ろにあるソファーで寝る。
現にこの前帰ったのは4日前になる。部屋の鍵を開けて入ると埃が舞い、腕で顔を覆うが煙たかった。
(これは掃除がいりそうだな……)
まだ寝るには時間があるし、埃だけでもはたいておこう。頭にバンダナとマスクをしてほうきとはたきをもって掃除を始める。
俺の部屋はみんなに殺風景と言われるほど必要以外のものは何一つ無い。勉強する為の机、寝る為のベット、本や資料を収納する為の棚、以上だ。これ以上に何一ついらないし、欲しくない。
部屋の棚とベッドの掃除が終わり、机の掃除に入る。ペン立てと少しの本をどかし濡れ雑巾で拭く。最後に写真立てをきれいに拭いて終わり。机にものを戻して写真立てを置く。バンダナとマスクを外し洗濯籠に投げ捨て、ベッドに倒れ込む。
写真立ての中には小さい頃の俺と若い両親が仲良く写っている三人は笑顔で楽しそうだ。これが三人で取った最後の写真……
この後、俺が6歳の時に父が重い病気に罹り、ほんの数ヶ月で他界してしまった。泣き崩れる母を見て俺は何もできなかった、無力な自分に絶望していた。俺に力があったら……そんなことばかり思っていた。
「俺が…俺が母さんを守るから……だからもう泣かないで……」
冷たくなった父が横たわるベッドにしがみついて泣いている母親を見た時、俺はそう誓った。幼いながらに母を守ろうと必死で働いた。
父に言われたことを守り、父が残していった山で必死に働いた。母もそんな俺を見て少しずつ立ち直っていってくれた。それを見ていた俺は嬉しかった。
父の遺していった財産もあったおかげでやっと貧しいながらも普通の暮らしができるようになった。小さくてすきま風や雨漏りなんてふつうにあるこの小さな山小屋で暮らすのは大変だったが、母と二人で暮らしていたから楽しかった。
そんなある日、母は俺に下町の軍事学校に入っておいで、と言ってくれた。
軍事基地に入れるのは嬉しかった。昔から憧れていたし、父が昔勤めていた軍隊に入ることのできるルートだから。しかし、軍事学校に入るにはお金もかかるし何より働けなくなる。そうなると今以上に生活が厳しくなってしまう。俺のせいで母さんがしんどい思いをするのはいやだ。
だから俺は母の言うことに首を横に振って“俺はこのままでいいんだ”と母に伝える。しかし母は何度も何度も同じ事を繰り返した、“母さんのせいであなたの将来を潰したくない、お願いだから行ってくれ。”
母の押しに負けて軍事学校にふつうの人より2ヶ月遅れて入った。軍事学校に入ってから俺は必死に勉強した。母が与えてくれたこの希望を無駄にしないように必死に勉強をし、勉強の合間に働いた。
俺が卒業試験に合格し、もっと勉強するため奨学金で大学に通うことになった。大学の合格をいち早くに母に伝える。母はそれを聞いて涙を流して喜んでくれた。その涙は今も忘れることができない。今、母は元気なのだろうか……
そんなことを思いながら、静かに重たい瞼が降りる。
きっちり5時に目覚まし時計が鳴り響きその音で目を覚まし、目覚まし時計を止めて大きく伸びをする。何日も寝ていなかったからか、今日はとっても体が軽い。
体を起こして棚からバスタオルと着替えを持ってシャワールームに入る。熱いシャワーを体に当てながら精神統一。戦いに出る前はいつもこうやって心を無にする。無関心になれば戦いもつらくない。
シャワーを終え、アンダーシャツの上に防弾チョッキを着てその上にワイシャツを着て軍服を羽織る。これも掟通りすべてきっちりする。腰にホルスターをつけそこにシグ・サウエルを装着し、昔父にもらった長刀を腰にぶら下げ、手袋をはめ部屋の扉の前に立ち部屋の中を見渡す。
もうこの部屋に帰って来れないかもしれない……そう思うとこの部屋とも最後の別れになるかもしれない。そして静かに部屋の扉を閉め鍵を閉める。鍵を閉める音がこの部屋ではとても大きく響いた。
ポケットに手を突っ込みながら廊下を歩く。すれ違う人皆が俺に向かって頭を下げる。
こうやって目的も無く歩いているといろいろな情報と噂が耳に飛び込んでくる。暇な時はよくこうやって情報収集をする。
今日はカロンが戦場に出る日、こういう日はたいてい愚痴や嫌みが廊下に飛び交う。その噂を聞くためにめんどくさいが軍内を歩き回る。
そんな事を思いながら歩いていると、いきなり飛び込んできた情報は聞き覚えのあるものだった。
『また“冥界の船頭”が内戦に出るんだってさぁ。』
『エファト大尉だろ? 怖ぇな……』
冥界の船頭? 何だそれ……二つ名にしてはあんまりじゃないか? カロンはそんな悪い二つ名をつけられるような奴じゃ無いんだが……
俺はとりあえずその噂をしている二人組ににこやかに近づく。
「ちょっとそこの君たち~さっき話してた“冥界の船頭”って何のことだか詳しく話してくれるかい?」
俺がいきなり現れたので二人組はものすごくびっくりし敬礼をする。俺はそのままでいいという気持ちを込めて手を前に出す。
「リラクスト代将……いやその……エファト大尉はこれまでに普通の人とは思えないほどの戦いに出ています。
エファト大尉の名前のカロンがギリシャ神話の冥界の船頭役のカロンと同じなのと、戦場で大勢の人をあの世に送っていることから“冥界の船頭”という二つ名がついたと思われます。」
敬礼をしたまま二人のうちの一人が話す。
冥界の船頭か……確かにあっていると言ったらあっている。戦場で敵をあの世へ導いてやるのがあいつの仕事だ。だが、そんな悪いような二つ名は止めてやって欲しい。
そう思っていたその時、俺の横を真剣な顔でカロンが通り過ぎて行った。
俺は二人にありがとうと言ってから、カロンの後を小走りで追う。“おい、カロン”そう言いながらカロンの肩を掴むと、いつの間にか俺の眉間に拳銃が突きつけられていた。
拳銃を抜く動きも俺の眉間にそれを突きつける動きも速すぎて見えなかった。拳銃の先に見える瞳は獣のような目をして何かに脅えているように小刻みに震えていたいた。
その瞬間俺と廊下の雰囲気が凍り付いたが、カロンは俺の顔を見て目に光が戻った。
「何だブレインか、いきなり肩掴むからびっくりするだろ。」
そう言って拳銃をホルスターにしまい、右手で頬を少し掻いてから無理矢理の笑顔を作った。
こいつは戦いの前になるといつもこうやって殺気と神経を体の端まで行き渡らる。普段は隙だらけなのに戦いの前になると隙が全く無くなる。そのまま何も言わずにカロンは俺の前から去っていった。手の震えがまだ止まらない。
猟では常に神経をとがらせておかなければならない、これは父から教わった事だ。
猟と戦場は一緒にしたくないが父に教わったことは今までに俺の命を何回も救ってくれた。戦いに行く前にいつも父の言葉を頭の中で何度も繰り返す、そうするとピンチの時、父が助けてくれそうな気がするからだ。
腕時計の文字盤を見て空を見上げる。綺麗な秋空だ。
「エファト大尉、そろそろ連合軍がこちらに来ると推測される時間です。」
無線機から声が聞こえる。小さく“了解”と答えると戦闘の邪魔にならないように無線を切る。さて動くか……