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ブレイン・リラクスト 5-3

毎朝の日が昇る前に山から下りて、町の端っこにある新聞社へと向かう。

ジャージ姿で帽子を深く被った青年が静かな町を走る。

首に巻かれたマフラーに顔を埋めて、白い息をはく。


新聞社の前にはたくさんの自転車が並んでおり、小さな入り口に青年は駆け込んだ。


「親方、おはようございます。」


「おぉ〜カロン君。おはよう。はい、今日の分。」


挨拶をして、朝から大量の新聞を刷っている社長から今日の分の新聞を受け取る。

自転車の前籠に新聞を乗せて、自転車に跨りペダルを思いっきり漕ぐ。


小等部の時からしているこの仕事は、もう慣れた。

本当は年齢的に働いては駄目なのに、ここの親方は奇妙な子供の俺を働かせてくれた。


普段どこのバイトに行っても、結構この目を気味悪がって採用してくれない店もある。

だから俺にとってはありがたい仕事場だ。



(まだ寒いなぁ……手袋も持ってこれば良かった……)


ハンドルを握る手が凍えそうなほど冷たかった。信号を待っている間なんかに、白い息を吐いて手を温める。

5月とはいえ、まだ日の昇らない朝方は冬のように寒い。



一件ずつ新聞をポストに投げ込み、また自転車を漕ぐ。

この繰り返しをしているうちに、空が少しずつ明るくなってきた。


(今日は早く終わったな。帰りにランニングでもして帰るかな。)


そんなことを考えながら最後の新聞をポストに入れて、自転車に跨る。



その時ふと、地面を見ると何かのペイントなのか、赤い落書きがあった。

その落書きは点々と一本道を作っていた。時々引きずったような跡を残し、壁にもべったりと付いていた。


(近所のガキの落書きか? いや、待て……これって……)


自転車を止めて、しゃがんで地面をよく見る。

赤黒くなったペイントは嗅ぎ覚えのある臭いがした。


「げっ!? これ、血じゃん!?」


つい叫んで飛び上がってしまった。



地面についたこの痕は落書きでなく、血の跡だった。

血を流したまま歩いた跡だろうか。

だとしたら、かなりの出血量だ……


俺は戦場の嫌な記憶を思い出し、自転車を押しながら、その血の跡を追ってみた。


昨日もこの道を通ったが、こんなものはなかった。

なら、昨晩に付いたものだろう。


俺は少し小走りで、血痕を追いかけ、角を曲がる。



すると、そこは広い公園にだった。


(ここって、俺達がよく遊んでた公園だよな……)


俺は自転車を木の近くに止めて、血痕を追う。


しかし、公園はレンガの道と違って、血痕が分かり難く途中で見失った。


とりあえず、キョロキョロしながら歩いていると、ベンチに見覚えのある巨体の人物が寝ていた。


「……ブレイン?」


綺麗なブレンドの茶髪は昨晩の雨にうたれたのか濡れており、顔色はいつも以上に悪かった。

ブレインの巨体はベンチに入りきらず、足はだらんと地面についていた。


「おい、ブレイン。なんでこんなところで寝てるんだよ……風邪ひくぞ。」


“こんなことしてる場合じゃないんだけどなぁ”と思いながら、俺はポケットに手を突っ込んでブレインに近付く。



近付いて初めて、ブレインの様子がおかしいことに気が付いた。


ブレインが寝転んでいるベンチの下にさっきまで追っていた、赤い血が固まっていた。

ベンチの下には血の池が作ってあった。

もしかして、さっきの血痕って……こいつの?


「おい、ブレイン!? どうした!?」


俺はすぐにブレインに駆け寄ると、ブレインの腹部が真っ赤に染まっていた。

パーカーの裾をめくり上げると脇腹に銃で撃たれたのか、風穴が空いていた。


脈を確かめると、微弱だがまだ生きている。息もかろうじてだがしている。

しかし、顔色は死人のような青白く、血で汚れていた。


「おい!? 目覚ませ!? 俺じゃぁお前の巨体運べないんだよ!? おい、ふざけんなよ……目覚ませ!?」


俺はブレインの肩を揺らし、意識を確認するが、なんの反応もない。


本当ににふざけんなよ……



俺は自分のジャージを脱いでブレインの傷を止血し、背中にブレインを背負う。

背負うと言っても、下半身は半分引きずる感じになっていたが。


俺の身長は160cm、ブレインは180cm後半。


背負うと後ろから見たら俺の姿なんか見えなくなる。


「くそ、重たい……仮にも軍人なら止血ぐらいしとけよ……おいブレイン、目覚ませって……死んだらただじゃおかねぇからな!?」


俺は必死にブレインを背負って、走った。





****





「っで、何で俺の家に来たんだよ……」


ジーニは朝風呂を済ませた濡れた髪をかきあげながら、ため息をついた。


今、俺はジーニの大豪邸の応接室に座って水をがぶ飲みしている。


「いや、ブレインを担いで病院まで行くのは、俺の体力的に無理だったし……それに、俺金持ってないから、行ったところで治療してもらえねぇじゃん……」


カラカラだった喉が潤い、ジーニに説明をした。


ブレインを担いでる途中でジーニの家の前を通ったため、こっちに避難した。

あのまま、ブレインを運んだら俺が力尽きるし、病院までブレインがもつか分からなかった……



ブレインは今ジーニの家の治療室で手術中。

腹部に銃弾が残っているらしく、それの摘出手術に時間がかかっているらしい……

ジーニの家の最新医療チームが治療してくれているから大丈夫だろう。


「全く……俺の家は救急救命センターじゃないんだぞ……お前といい、今度はブレインか……」


ジーニはため息をつきながら、紅茶のポットにお湯を入れた。

紅茶の良い臭いが部屋に充満し、俺を癒した。さっきまでの血の臭いはもう当分嗅ぎたくない……


「うるせー……そんなことより、ブレインだよ……なんであぁなったかだ……」


俺がコップを机に置いて言うと、ジーニはポットからカップに紅茶を注いだ。

ゆっくりとした紳士的な動作で紅茶を入れながらため息をついた。


「さっき、あいつの家に人をやった。そしたら、家族全員が死んでいたらしい……」


「はぁ? それ……まじかよ……」


「さすがの俺もこんなダークなジョークは言わないよ。さっき警察にも連絡した。」


ジーニは俺の前に紅茶のカップを置いて、俺の向かい側に座って紅茶を啜った。

ジーニは肩に掛かったタオルで髪を拭いて、ソファーに背中を預けた。


「……じゃぁ、あいつ1人が生き残ったのか……運がいいのか悪いのか……」


俺は紅茶に砂糖を入れてかき混ぜる。


ブレインの家族が死んだ……

俺もジーニも何度かブレインの家に行ったことがある。

近くもなく遠くもない人が亡くなったときって、どうすればいいかわからない……


ただでさえ俺達は戦場で人の死に近い人間だ。

人の死をどう受け止めればいいか分からない……

でも、どうしてかいたたまれない気持ちになった。


「あの状態じゃぁ、ブレインが目を覚ますのは時間がかかりそうだ。まぁ、それまであいつは俺がめんどうを見といてやる。」


ジーニは紅茶を静かに机に置いて、大きなため息をつく。

髪を拭いたタオルを綺麗に畳み、長い足を足かけに投げ出した。

俺はそんなジーニを見つめて、紅茶を一口飲んだ。

溶けきった砂糖が口の中で広がった。





高等部になってジーニもブレインも、一気に背が伸びて大人びた。

3人で歩いていても、2人は大学生に間違われ、俺は弟だと思われる。


2人共ルックスは良いし、頭も良い。あと性格を直したら完璧なのに……



そんな2人に比べて俺はというと、身長は160cmになった途端止まった。

この一年伸びていないから、恐らくもう伸びないだろう……

相変わらず童顔は健在であり、未だに中等部と間違われる。



どうやったら、今、目の前にいるジーニアスのように大人に見えるのだろうか……

やはり、牛乳を飲んで背を伸ばすか……




「さて、ブレインもまだ起きないみたいだし……俺はブレインの家に行ってみるけど、お前はどうする?」


俺が背を高くする為にどうすればいいかを考えていると、ジーニが俺に話しかけた。


「ふぁ? あぁ、行く行く。でも、ブレイン起きないかな?」


もし、俺たちがブレインの家に行ってる間に目を覚ましたとしたら、目を覚ました時ぐらい、あいつの側にいてやりたい。

一番ショックなのはあいつだろうから……


「お前今、違うこと考えてただろ……ブレインなら今麻酔で寝ているから、当分目は覚まさないだろう。」


俺の頭の中を読まれてるみたいで気持ち悪いが、それは置いておこう……


ブレインが目を覚まさないなら、行っても大丈夫だろう。


「そうか。なら行く。一応俺は第一発見者だしな。あっ、そうだ、ジーニ。すまんが、上着貸してくれ。俺のジャージ、ブレインの血でベチョベチョなんだ……さすがにトレーナー一枚は寒いし。」


俺のジャージはブレインの止血に使ってしまったから、血だらけだ。今着ている薄いトレーナー一枚で5月の朝は寒い……


ジーニはしばらく俺を見つめてから、少しムッとした。


「……お前なら大丈夫だろ。そのまま行け。」


ジーニはムッとしたまま、召使いからコートを受け取り、羽織って言った。


どうやらジーニはめんどう事に巻き込まれてご機嫌斜めのようだ……


「えっ……無理だって!? 凍え死ぬから! ジャージで良いから貸してくれ……」


「嫌だ。お前のトレーナーが血だらけだから貸したくない。もしコートに血が付いたらどうしてくれる。弁償してくれるかぁ? 今のお前がいくら働いても返せない額だぞ? それとも俺の家でせっせとバイトをして返してくれるのか?」


相当機嫌が悪いようだ……

目つきが怖い……


俺は自分を見ると、ブレインを背負った時の血がベッタリ付着していた。

確かにこの上から上着を着たら、確実に汚れる……


「じゃぁ、トレーナー脱ぐよ。それなら貸してくれるか?」


トレーナーを脱いでタンクトップなら汚れてないし、大丈夫だろう。

新聞配達で少し汗を掻いたが、そこまででもないし……


「嫌だ。汚い。」


ジーニはぷいと顔を背けて断言した。


「汚くねぇよ!?」


どんなけ機嫌悪いんだよ……


確かに勝手に瀕死状態のブレインを持ち込んだのは悪かったが、そこまで怒るか?



このご機嫌斜めなジーニを説得するのは至難の業だ。

諦めてこの寒空どう乗り切ろうか考えてると、俺の頭に何かが降りかかった。


「ほら、さっさと着替えろよ。置いてくぞ。」


ジーニはため息をつきながらそう言って、応接室から出て行った。


俺は頭にかけられた、ジーニのパーカーと高級感溢れるコートを見つめた。


結局貸してくれるのかよ。素直じゃない……


俺は血だらけのトレーナーを脱いで、パーカーを着る。

ジーニのパーカーはサイズが大きく、裾も袖もダボダボだ……


そのままコートを羽織ってジーニの後を追った。






ブレインの家の現場はとてもじゃないが見れたものじゃなかった。


弟妹と母親の死体は頭や胸、身体中を包丁で滅多刺しにされてリビングに転がっていた。

それをしたであろう父親は家から少し出たところで心臓を銃で撃ち抜かれて死んでいた。


「これは酷いな……」


ジーニは顔を背けながら呟いた。

俺は戦場で慣れてしまったのか、結構直視出来た。

この前まで一緒に遊んでいたブレインの弟妹にビニールシートが掛けられ、運ばれていく。


「なんで……こんなことになったんだろうな……」


俺がそう呟くとジーニは俺を見て、静かにため息をついた。


「人間って、自分が追い詰められると周りに迷惑を掛けたり、巻き込んだりしたくなるもの。って本に書いてあった。でも、あくまでそれは本の中の知識で、論理で求められた考えだと思ってた……でも、本当にそうだとしたら……人間ってものすごく弱い生き物だよな……」


ジーニは首に巻かれたマフラーに顔を埋めて、静かに手を合わせた。

俺が昔教えた東洋の文化で何かを弔うときに手を合わせて拝むのを、ジーニは印象に残ってたらしく、戦場でもこれをするのを時々見かける。

俺も、静かに手を合わせて、拝む。


どうか安らかに眠ってください。


「ブレインの荷物を取れるかと思ったけど、今は無理そうだな……もう少し落ち着いてからにするか……」


ジーニは目の前を行き交う警察を見ながら、呟いた。


俺たちの周りには野次馬の民間人などもたくさんいる。

今俺たちが中に入ったら俺たちもブレインにも都合が悪い。


「そうだな。そろそろ帰るか……ブレインも目を覚ましたかもしれないしなぁ~」


俺は大きく伸びをしながら野次馬をかき分けて、ジーニの屋敷に戻った。



ブレインの家族が殺された理由も分からない……


しかし、ブレインはこの世で大事な家族を亡くした。


そんな事実をあいつは受け止めれるのかが、俺不安だった……

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