入隊以来の苦労 1-1
「おいジーニ、ブレイン!何で俺の机にお前の仕事が乗ってるんだよ!」
俺は上級大将の部屋の扉を勢いよく足で蹴破ると同時に叫ぶ。大量の資料を両手に持っているため、足で扉を閉めて資料をジーニアスの机に置く。
尉官のフロアにある俺の机の周り、つまり俺のテリトリー。そこには俺が寝れる小さなソファーと、普通の人より少し大きい机がある。
そこには毎日のように大量の資料が山のように置かれる。その3分の1は自分のもの、そして後の3分の2は親友のものだ。
親友二人は自らの仕事や面倒ごとは俺のところに送ってくる。朝起きてきていきなり机に通常の三倍の大量の資料が乗ってたらキレたいのも分かってくると思う。
「よぉカロン・エファトどうした? そんなに怒ったら血圧上がるぞ。」
少し長めで寝癖のついた黒髪に透きとおった黒い瞳のジーニアス。
短く切られた栗色の髪に少し茶色のかかった瞳のブレイン。
二人は優雅に紅茶を飲みながら崩しに崩しきった制服を着て座っている。
この二人は暇な時にはよくこうやってティータイムを楽しんでいる。いや、暇じゃなくても、たとえ仕事中だったとしてもこの時間になったらいつもこうやってお茶をしているのだ。
資料を置いて二人を見る。正直、俺はこの二人を見ると虫酸が走る。
俺はなるべく掟、規則、ルールなどはきちんと守る性格で、支給された制服も規則通りに着ている。原則として、軍服の下はYシャツ、指定されたネクタイ、ネクタイピンは銀色、ベルトは黒で派手でない物、軍靴は黒と決まっている。軍服で開けて良いのは第一ボタンまで、常に銃は携帯していること。のはずなんだが……
この二人はYシャツでなくTシャツ、軍服はボタンを止めるどころか全開、ネクタイはかろうじてついているが緩く結んでおり、ベルトにはチェーンなどがジャラジャラつけている。しかも首や腕にアクセサリーをつけている。規則では腕には時計しか認められていないはずだが……
この二人に掟も規則もルールも関係ない、己自身がルールなのだ。
そんな二人はおいしい紅茶を飲んで高級クッキーを食べている。その姿を見て俺は少し苛つきながらもその怒りを抑えて二人を見る。
ジーニアスはカップの中身を確認すると俺に向けてつきだし“紅茶おかわり”と当たり前のように俺に要求する。
こいつらとは小さい頃からの親友とはいえ、軍では上司だ。
上からの命令はこいつから直接来ることが多い。上からの命令はたとえこいつからの命令だとしてもYesと言うのが規則。
だか、俺はこういうプライベートの事はきっぱり断る。
しかし、俺が断るとこいつらはものすごい睨み付けてくる。こいつらは正直言って怖い、見た目とかそう言うのではなくてオーラが怖いからいらつきながらも言うことを聞いてしまう。
俺は部屋の端にある小さなキッチンでお湯を沸かし、その間に紅茶の葉をポットに入れる。お湯が沸くと少しずつコップを温めながら紅茶を入れる。二つのコップを二人の前に置く。“ご苦労様”と言いながら紅茶を一口飲むブレイン、紅茶を口にして笑っているジーニアス通称ジーニ、こいつら二人ジーニとブレインは小等部の頃からの親友だ。と俺は思っているんだが……
ジーニアスについては小さい頃から何でもできた。
勉強にスポーツ、軍事訓練に喧嘩……全てにおいてトップ並みの成績を残してきた。一般に天才と言う奴だ。
みんなには何でも出来過ぎて逆に気味悪がられていたが、俺はそんなジーニに憧れていた。
だが、ジーニは正直言って悪魔、いや魔王と言ってもいいほど性格が悪い。他人を動かすのは得意だが自分が動くのは極端に嫌がる。それに自分に利益の有ること以外はいやでも動かない。人をバレないようにまるでチェスの駒のように使い、自分に利益を持ってこさせる。
ブレインもジーニまでとはいかないが優秀な成績を残している。
しかし、面倒くさい事があると全て他人、主に俺に回すほどのめんどくさがり。しかもかなりの飽き性だ。それにこいつは俺が今までがんばってきた仕事のいいとこ取りをよくしてくる。そして、軽く変態だ。本人はフェミニストだ、と言い張るが俺もジーニも変態だと確信してる。
しかし、この性格なのに女によくモテる。ブレインだけじゃないジーニもよくモテる。だが、ジーニはめんどくさいし、なんで他人に自分の時間を使わなきゃならないと言ってまじめに付き合ったことはないらしい。ブレインは彼女持ち、しかもその彼女にベタぼれ。
俺も二人までは言わないし、二人とはモテ方が違うがモテる……はず。二人が言うに“カラーにはショタコンが多いから”らしい。どうせ、童顔ですよ……
しかし、俺は二人の仕事や尻ぬぐいをするのに必死で女に付き合う時間も余裕もない。
それに俺は女に全くと言っていいほど興味が無いし、女は苦手だ。それを言うといつもブレインに“おまえ男じゃないな”と言われるがそれにも慣れた。
「そんなことより、何でお前らの仕事が俺の机にあるんだ。それになんだこのメモ! “この仕事今日の5時までに仕上げて持ってきてね。”ってなんだよ! 俺自分の仕事もあるし、まだこの前のお前の仕事の領収書の始末まだやってないんだよ!」
俺はそう言いながら机を強く叩く。叩いたときにおいてあったカップががたんと音を立てて中の紅茶は数滴こぼれる。二人は俺の目を見ていつも当たり前のように言う言葉それは……
「だってめんどくさいんだもん」
二人はそう言って紅茶を一口。こいつら、俺を何だと思ってるんだ……
「めんどくさいじゃねぇだろ! 只でさえ自分の仕事で手一杯なのに! 何だこの量! 俺を殺す気かぁ!」
資料の山を指差しながら猛抗議。徹夜明けの俺にこの量の仕事は殺人行為だ。
「こんな仕事で死ぬほどお前は柔じゃない。大丈夫、俺は信じてる。」
「信じられても困るわぁ! 何だよ、何を信じてるんだ!? 死ぬから、マジで死ぬから! たまにはお前ら自分の仕事は自分でやれよ!」
息を切らせながらジーニに抗議をしたが、ジーニは全く聞いていないかのように窓の外の風景を眺めだした。こうなったらジーニは駄目だ。今までの経験上、こうなったジーニは何を言ったところで全く動かない。
ブレインはため息をつく俺にクッキーを差し出して”まぁ食べなよ”と言って紅茶を飲む。
いらないと言おうとした時俺の腹の虫が鳴いた。そういえば、昨日の夜から何も食べていなかった。
「ほら、食べなよ。ここのクッキー美味しいんだよ~普段お前が食べる安いお菓子とは違うんだよ~お腹空いてるなら、この缶全部食べて良いよ。」
ブレインはそう言って缶ごと俺に差し出す。ちょっとムカついたが、空腹に耐えられず俺はクッキーを掴み口に入れる。確かに美味しい。安いお菓子ては何か違う感じがする。
ある程度クッキーで空腹を満たした。ふぅ~と一息つくと二人がニヤッと笑った。この笑顔、何かを企んでいる顔だ……
「今食べたクッキーが今回の報酬ね。食べたんだから、仕事頼んだよ~」
しまった……空腹に負けてつい食べてしまった……こいつらの目的は俺に仕事を断れない状況を作る事だったんだ……やられた!
「ほら、早くしないと時間が勿体ないよ。俺も元帥に呼ばれてるんだ。」
ジーニは優雅に紅茶を飲みながら微笑んだ。こいつらいつかしばく。
クッキーの粉だらけの口をぬぐい大量の資料を持って部屋から出る。
出る際に思いっきり力を込めて扉を閉める。こんな小さな抵抗しか出来ない。情けない……