帰郷 4-3
太陽が昇って、陽射しが窓から差し込む。
何で、太陽は昇るんだ……
眩しくてしょうがない……
ベッドの布団を頭まで被り、陽射しを遮断する。これで少しは静かに寝れる……
「ブレイン、起きて。もう起きなきゃ。」
布団から頭だけ出して、見上げるとシンパティーが俺を見下げていた。
あぁ、可愛い!
もう下から見たシンパティー、めちゃくちゃ可愛い!!
「もう、シンパティー可愛い! おいで! もう一回寝ようよぉ~」
俺はシンパティーに抱きついて布団に引きずり込む。シンパティーは“キャッ”と言う声を出して、赤面しながら俺を押し返した。
「ちょっと、ブレイン……早くしないと汽車に間に合わなくなっちゃうよっ!」
シンパティーは必死に俺の腕から逃げようともがいていた。
あぁ、もう可愛い過ぎだ……
ん? 汽車?
「あぁ、そうか……今日出発だったなぁ~しょうがない、起きるとするかぁ~」
シンパティーを解放して身体を起こす。
シンパティーはベッドに座りながら、崩れた髪型を手櫛で直している。
何度も言うが、可愛い……
「ほら、早く朝ご飯食べて出かける用意しなきゃ。」
大きな欠伸をしていると、シンパティーは俺の腕を持って、ベッドから引きずり出す。
うわぁ~布団の外寒っ!? 出たくねぇ……それにめちゃくちゃ眠い……
なんとかして布団に戻ろうとするが、シンパティーはそれを許してくれず、腕を強く引っ張る。
あぁ~勘弁してくれ……
「もう、いい加減に起きてよ……」
「起きてるよ……寒いから立ち上がりたくないだけだ……」
俺はベッドから下りたはいいが、寒すぎて布団を無理矢理引っ張って身体に纏わせる。
次引っ越すときは、絶対暖かい家を買おう……そう心に決めた。
「起きてほしいのは頭の方よ。早くしないと、本当に汽車に乗り遅れるからね。私、一人で行っちゃうからね。」
シンパティーは布団にくるまる俺を見下ろしながら腰に手を当ててため息をついた。シンパティーを一人であの田舎に行かせるのは危なすぎる!
「分かった、起きるよぉ~よっこいせ……」
なんとか布団から出て、立ち上がり大きく伸びをする。背骨がパキバキと鳴った。やっぱり、寒い……
「もう、早く着替えて来てね。朝ご飯冷めちゃうから。」
シンパティーは俺に小言を言いながら寝室から出て行った。
“はぁ~い”と気の抜けた返事をして前日用意しておいた服に着替える。
冷たいのを覚悟でシャツを着ると、思っていたほど冷たくなかった。
よく見ると積んである着替えの間にカイロが挟まれていた。
恐らく、シンパティーが挟んでおいてくれたのだろう。本当に優しくて、気が利くいい彼女だ……
しみじみ思いながら、着替えを済ませリビングに向かう。
リビングに入ると、何とも言えぬ良い匂いと暖房の効いて暖かい空間が俺を包んだ。
そして、ダイニングを見ると美味しそうなスコーンが並べてあった。
「ほら、早く食べちゃってね。今紅茶出来るから。」
シンパティーは紅茶を淹れながらニコッと笑った。
あぁ~その笑顔可愛い!
「何か手伝うことある?」
俺はダイニングに着かずにキッチンに行き、シンパティーの横で聞いてみる。
シンパティーはうぅ~んと考えて、“牛乳出して”と微笑みながら言った。あぁ~! 可愛過ぎだぁ!
俺はミルクを冷蔵庫から出して鍋で温める。
俺は基本ストレートが好きだが、シンパティーはミルクティーが好き。
そのまま、2人で朝食をとり、旅支度をする。
俺はさっさと用意を済ませ、シンパティーの用意が出来るのを待つ。
約束の時間まで後30分。家から駅まで歩いて10分かからない。これなら余裕だな。
いやぁ~カロンの反応が楽しみだなぁ。どんな反応するかなぁ?
それにしても、久しぶりの帰郷だ。軍に入ってから一回も帰ってない。
そんな暇もなかったし、それに俺にとってあの町は嫌な記憶を思い出される場所だから……
「ブレイン、お待たせ。用意出来たよ。」
リビングでボーとしているとシンパティーが俺を呼んだ。
「あぁ、じゃぁ行こうか~」
俺はトランクを持って玄関へと急ぐ。
まぁ、あの町でジーニやカロン、シンパティーとも会えた。
良い思い出もあるのかな?
****
「っで……」
俺は汽車の中で怒りで爆発しそうだった。
「なんでお前らがいるんだぁぁ!?」
向かいの席と隣に当たり前のように座っているブレインたちに怒鳴る。
ブレインとシンパティー、ジーニ、そしてシフォン……
なんだこの大所帯……
駅のホームで汽車を待っていたら何やら見覚えのある人がいると思ったら、こいつらだった。
まさかとは思ったが、こいつらは俺の帰郷に同行してきやがった。
「いや~だから、これは俺たちの仕事なんだってぇ~大佐からの命令だよ。」
ジーニが足を組み“この椅子座り心地悪い”とぼやきながら説明した。
「それは分かった。いや、分かっちゃいないが……だとしても、シフォンやシンパティーさんがなんでいるんだ! 仕事に関係ないだろ!」
俺は俺の隣に座って窓の外を楽しげに見るシフォンを指を指しジーニに聞く。
シフォンは何も聞こえないと言うかの如く、わぁ~と外の景色を楽しんでいる。
このやろう……
「だから、大佐が誘ったんだよ。お前がどんな反応するかってので。」
先輩、帰ったらまず一発殴ってやる!
あぁ、もういい……もう汽車に乗ってしまったし、今更帰れとも言えないし……
諦めて椅子に背中を預け、脱力。疲れた……
「まぁまぁ、俺もお前も久々の帰郷だ。今は仕事とかそんなのは考えずに楽しもうぜ。」
ブレインは鞄から棒付きキャンディを取り出しながら言った。
確かに久々だ……
俺のふるさとの町まで汽車で丸々1日かかる。
この空白の1日、なんだか落ち着かないな……
本当に落ち着けないな……
「うわぁ~またドベじゃん……」
本当に……こいつらは……
みんなはトランプゲームをして騒いでいる。
俺は上の段のベッドで寝ているのに、こいつらの声が五月蠅くて眠れない……
「ジーニ君、強すぎだよぉ~私全く勝てないよぉ……」
どうやら、シフォンがドベのようだ。
そんなことはどうでもいい……
「お前ら五月蝿い! 寝れねぇだろ!」
俺がそう言うと、シンパティーとシフォンは一瞬黙るがジーニとブレインは笑ったまま黙る様子はない。
もうこいつら、嫌いだ……
それから、少しして皆汽車の中にあるカフェに行ってしまい、やっと静かになった。
俺は備え付けの毛布を掛け、体を小さく丸めて眠る体勢にはいる。
しかし、少しするとガラッと部屋の扉が開く音がした。
ふと扉を見ると、シフォンが何やらお盆を持って立っていた。
「ん? お前カフェ行ったんじゃねぇの?」
俺が体を横にしたままそう言うと、シフォンは俺の向かいに座って机にお盆を置いた。
「うん。でも、私あんまりお腹減ってなくて……カロンはお腹減ってるかなぁ~って思って。だから、サンドイッチ半分こしよ。」
シフォンはお盆の上のサンドイッチを持って笑った。
お盆の上にはコーヒーとココアが一つずつ。
「ったく、しょうがねぇな……食ってやるよ。ほれ、寄越せ。」
俺は体を起こしてシフォンを手を伸ばす。シフォンは笑いながら俺にサンドイッチの片方を手渡した。
俺は貰ったサンドイッチにかぶりつく。ハムとレタス、チーズとシンプルなサンドイッチだが意外に美味しかった。
「ねぇ、カロンの故郷ってどんなところ?」
シフォンはサンドイッチをかぶりながら聞いてきた。
どんなところ、と言われましても……
「………田舎?」
っとしか言いようがない……
「田舎って、分からないよ……ほら、こんなものが盛んとか、こんなのが有名とか~」
シフォンは一生懸命聞いてくるが、本当に言いようがないんだよな……
俺はコーヒーをすすり、椅子にもたれながら、考える。
「まぁ、強いて言うなれば……軍事的なことについては有名何じゃないか? あと、治安が悪いのでも有名だな。人攫いとかよく起きてたし。」
俺の故郷には軍事学校(俺たちの母校)と大きな軍事工場があった。
そのせいかは分からないが、治安が悪かった。
まぁ、皮肉なことに、そのおかげで俺は仕事が出来ていたのだが……
治安が悪いから人攫いも頻繁に起きていた。子供が攫われ、そのまま売られたりなど、日常茶飯事だ。
「なんか凄いところだね……人攫いかぁ~私攫われちゃったりしてぇ~」
シフォンは笑いながらココアをすする。
「安心しろ、お前みたいなやつを攫ったところで、何の得もない。それに、人攫いは基本女、子供を攫うんだぞ? お前は該当しない。」
「ひどいなぁ……私だって、女だよぉ~まぁ、攫われたくないからいいか~」
全く前向きな奴……
本当にに攫われたら洒落にならないぞ……
俺はコーヒーを机に置いて大きな欠伸をする。眠い……
「あっ、見てみて! 山にもう雪かかってる!」
シフォンは窓の外を指差しながら騒いだ。
まったく……五月蠅いったらありゃしない……
「そりゃ、雪ぐらいかかってるさ……それより、俺は寝るぞ……昨日も徹夜だったんだ。」
俺は大きく欠伸をしながらベッドに戻る。
「徹夜って……昨日は帰ったんじゃないのか?」
ふと扉の方を見ると、ジーニ達が立っていた。しまった……
「そうだ、お前俺たちと一緒に帰ったじゃねぇか。なんで徹夜なんだよ。」
うわぁ~本当にタイミング悪いなぁ~
まぁ今更嘘をつく訳にはいかないか……
「いや……一緒に帰って、荷支度をし終わった後。どうも残った仕事が気になって……戻って仕事してたら徹夜になったってだけで……」
そう説明するとジーニとブレインは呆れ顔で大きなため息をついた。
「お前はどこまで仕事好きなんだ……休暇の意味分かってるか?」
ジーニは毛布にくるまっている俺を足でつついた。
「でも、今日から1ヶ月は休みなんだから、大丈夫だよ。」
俺がかろうじて言い返せることと言ったらこんなことしかない。
俺がそう言うと、ブレインとジーニは大きく明らかわざとらしくため息をついた。
「まぁ、いい。それより、折角の2人っきりを邪魔して悪かったな。」
ジーニは笑いながらそう言った。
ん? 何の話だ?
「なっ、何言ってるのジーニ君! 私達、そんな!」
俺が頭にハテナを飛ばしていると、シフォンが慌ててジーニに弁解した。
シフォンはなにを慌ててるんだ?
「ジーニ、何の話だ?」
「あぁ! カロンは気にしなくて良いから!?」
ジーニに事情を聞こうとしたら、シフォンに口を抑えられたら。
何なんだ?
「まぁ、お前は気にしないだろうな~でも、相手は気にしてるって事を覚えとけよ~」
ブレインが笑いながら俺の頭を叩いた。
シフォンに口を塞がれるは、ブレインに頭を叩かれるは、ジーニには笑われるは、一体全体何なんだ?
「ほら、もうちょいでトンネルだよ~」
俺がシフォンの手を無理矢理どけると、シフォンは明らか目を反らしながら窓の外を見た。
なんだ? なんか気になる。
「おい、シフォン。何だったんだよ、さっきの。」
窓の外を眺めるシフォンの横に行き、聞いてみる。が、
「だから、カロンは気にしなくていいの!」
目も見ずにこうの一点張り。
逆に気になってしょうがない。
「なんだよ、いいから教えろよ。なんの話だったんだ? おぉ~い、シフォンさん~」
とうとう耳を塞いでしまったシフォンの耳元で大きな声で言うと、シフォンがやっとこっちを見た。
ん? ちょっと顔が赤い?
「えぇ~と、だからぁ~サンドイッチ美味しかったね、って話。」
はぁ? サンドイッチ?
明らかなんか話が違うような気がするのは俺だけか?
ブレインとジーニに視線を移すと、2人は笑いを堪えていた。
****
俺の発言でカロンが気が付くと思ったのに、カロンは全く気が付かなかった。
(男女が一つの小部屋で2人っきりだぞ? しかも片方は気がある。少しは気にするだろ……)
聖職者かと思うほど、女に興味のないカロン。
シフォンさんに聞き続ける姿は俺から見たら哀れだ。
それにシフォンさんも、まさかのサンドイッチの話にしてしまうとは……
これは哀れを越して滑稽だ。俺とブレインは笑いを堪えるので必死だった。
この二人、本当に面白い。
そのまま、他愛の話をして時を過ごした。
夜。
俺たち男三人と女性二人と部屋を分けて寝床に着いた。
椅子兼ベッドが固くて、夜中に目を覚ました。
なんだか目が冴えてしまい、体を起こす。
少し寝ただけなのに、腰が痛くなった……次取るときは一等席を取ろう……
横に寝ているブレインは案外何処でも寝れるので、すやすや寝ていた。
ふと、上の段のベッドを覗くが、そこには寝たときにいたはカロンの姿はなかった。
廊下にでも行ったのかと思い、上着を肩に羽織って廊下に出た。
廊下を見渡すと、ジャージ姿のまま、少し離れた椅子に座るカロンの姿があった。
腕を窓辺に預け、流れる景色を窓の外をただただ眺めていた。
少し近づくと、カロンは俺の存在に気が付いた。
「あぁ、ジーニか。どうした? お前が途中で目を覚ますなんて、珍しいじゃねぇか。」
カロンは本当に珍しそうに俺を見た。
俺はカロンの横の壁にもたれ掛かって、同じように窓の外を眺めた。
真っ暗だけど、所々に民間の明かりがチラチラ見えて綺麗だった。
「ベッドが固すぎて眠れないんだよ。一等席にすれば良かったよ。」
俺は本当で後悔している。あんな固くて狭い所で、どう寝ろと言うんだ。
「ははは、確かにお前には酷なことかもな。でも、普通の軍人はあれが普通なんだけどなぁ~」
カロンは窓の外を見ながら笑った。
軍人は確かに戦場への移動はトラックだったりするから、もっと寝心地は悪そうだ。
それを思い出し、改めて俺はもう戦場には行きたくないと思った。
「そんなことより、お前は何をしてるんだ? お前は寝れない訳じゃないだろ。むしろ寝ろ。万年不眠症が。」
昨日も一昨日も確かその前の日も徹夜だったらしく、この3日は寝ていない。
なのに、こいつはいつも通りだ。バカみたいに元気だ。
「誰のせいで不眠症だと思ってんだよ……いや、俺はちょっと考え事で……」
カロンは窓から目を離さずにそう言った。
考え事ねぇ~
「なにを考えてたんだよ。明日の晩御飯何かなぁ~みたいな?」
「どこまで俺をガキだと思ってんだ! ちげぇよ!」
少し怒鳴ったカロンに俺は人差し指を口に当てて“シィー”と静かにするように合図。
するとカロンはすぐに口を閉じた。
ここは廊下。扉の向こうには寝ている乗客がいる。少しボリュームを下げよう。
「いや、俺達帰郷するの二年ぶりだろ。あの町はどうなってるのかなぁ~って思って。」
なんだ、そんなことか。
あの町は変わることはないだろう。
軍事に長けており、治安が悪く、一本道を返れば孤児や浮浪者が多い地域が広がる町。
そして、それを取り締まる警察や軍人、それを雇う地主。
彼らはそんな下々の町民の暮らしを知らずに、平然と裕福な暮らしをしている。
軍事工場と軍事学校があの町にある限り、貧富の差が縮まるとは到底思えない。
「変わってないだろうな……俺たちの町は……でも、それでも、俺たちの故郷だ。どんなに嫌で苦しい思い出がたくさんあろうが、あの町は俺たちの大切な故郷。だろ?」
カロンは少し笑いながら俺に聞いてきた。
俺は否定も肯定もせず窓の外を眺めた。
どんなに嫌で苦しい思い出がたくさんあろうが……か。
まぁ、カロンにもブレインには良い思い出より、嫌な思い出の記憶の方が印象的だろうな。
それは俺も同じ。
俺はあの町が大嫌いだ。
「お前はあの町に帰るの、楽しみか?」
俺は窓の外の景色を見つめるカロンに聞いてみる。
カロンはん~と悩みんで俺の方を見た。
「どうだろうな……元帥に帰れって言われたから、とりあえず汽車には乗ったけど……正直、まだ心の準備が出来きれてない感じ、かな。」
カロンは苦笑いをして俺を見上げた。
「だよなぁ~俺も正直まだ到着しないでほしい……あの町には思い出が多すぎるんだよぉ~」
俺は壁に体を預けてしゃがみ込む。
そう、あの町には良い記憶も悪い記憶も多すぎるんだ。
頭がパンクしてしまいそうなほど、あの町でいろんな出来事が起きた。
「それだけ俺たちがあの町にいたってことだろ? そりゃ、18年もいればたくさんあるだろ。さぁ、そろそろ寝るか~」
カロンは椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。
伸びをしても俺の身長には届かない。
こいつの成長期はいつ来るのだろうか……
もしこのまま止まったら160前後だろ? さすがに可哀想だ。
神様、こいつにどうか成長期を……
「お前、今めちゃくちゃ失礼なこと考えてるだろ……」
カロンは俺を睨み付けながら、小さな声で言ってきた。
うわっ、こいつ俺の心を読みやがった! 恐るべしカロン・エファト……
「そんな訳ないだろ。別に、カロンの身長ここで止まったら可哀想だなぁ~なんて考えてないよ。」
「考えてんじゃねぇか!?」
カロンは俺の肩を思いっきり叩こうとしたが、俺はするりと避けた。
俺は笑いながら部屋に戻る。
カロンは顔を赤くしながら俺を追ってきた。
大丈夫だ、カロンはまだ成長する。
心も体も……まだまだ。
成長期が終わったのは俺の心の方だ。
もう進むことはない。
動かない心を俺はどうするのだろうか。