帰郷 4-2
「はぁ~~暇だぁ!? やることが無い……暇すぎて死んでしまいそうだ……」
俺の体には小さいソファーに寝ころび、本を投げ出す。天井を見上げて大きく欠伸をする。ちょっと寝ようかな~
「俺に仕事押しつけておいてなにが暇だ!? だったら自分の仕事ぐらい自分でやれ!」
カロンはそう言って俺が渡した仕事の束を俺に投げつけた。俺はその束を掴みすぐにカロンに投げ返す。
「ヤダよ。こんな仕事つまらない。つまらない事はしたくない。それが俺の理屈なんだ。あぁ~なにか面白いことないかなぁ~」
仰向けに寝ていた体を横に向きを変え、ぼーっとする。ジーニはずっと本読んでるから相手してくれないし……あぁ、本当に暇だ。
「お前のは屁理屈って言うんだよ。そんなに暇なら射撃訓練所でも行ってこいよ。」
「あんな火薬と煙だらけの所には行きたくない。俺はもっと、こう、目が覚めるような面白いことがいいんだ!」
ってか、面白いことって聞いて、なんで射撃訓練所? こいつは射撃訓練が面白いのか? やれやれ、これだから軍人は……って、俺も軍人か。
「そんなに暇なら、良い話しがあるぞ。」
声がする先をみると、レックス=アファブル大佐が資料的紙を持って立っていた。
カロンや部屋にいたグレイ少尉は立ち上がり敬礼をした。真面目だね~
「レックス先輩……大佐。なにかご用で?」
カロンは敬礼をしたままレックス大佐に聞いた。今、完璧先輩って言ったよね。
「よぉ、カロン~いつも通りでいいぞ~」
「あっ、そうですか? じゃぁ、お構いなしに。何しに来たんですか?」
カロンとレックス大佐は大学の先輩後輩だ。軍に入る前から知り合いな為、上官だが親しみやすい関係らしい。
まぁ、もともとレックス大佐がフレンドリーな性格なのもある。カロンの保護者的存在であり、数少ないカロンの理解者でもある。
そして、俺達にも親しく接してくれる唯一の人だ。普通、みんな敬語で堅苦しい。俺が楽にしていいって言ってるのに、「いえ、代将にそんな」とか言ってみんな堅い。
でも、レックス大佐だけは、「俺を降格しないでくれよ」と言って普通に接してくれた。
「ブレインとジーニアスに面白い仕事を持って来たぞ。引き受けるか?」
俺とジーニに? カロンは入ってないのか。それはそれで興味がある。
「話しを聞きましょう。」
そう答えたのはジーニだった。本にしおりをしてたたみ、足を組んで座っている。その顔は物凄い笑顔だ。
「さすがジーニアス。話が分かるな。あ、そうだ……カロン、俺喉が乾いたから下の食堂でコーヒー買ってきてくれ。あっ、エスプレッソな。」
ジーニに近づきながら大佐はカロンにそう命令した。
「えっ、今からっすか……この時間食堂混んでるのに……自販機じゃ駄目っすか?」
「駄目だ! 俺は食堂のエスプレッソが飲みたいんだ! ほら、駆け足!」
大佐に言われたカロンはため息をつきながら、部屋を出て行った。グレイ少尉も少ししてから、カロンの後を追って部屋を出て行った。なかなか空気の読める奴だ。
さて、本題に入ろう。
「っで、俺たちに面白い話って何ですか? そして、カロンを抜かした理由は?」
ジーニは椅子にふんぞり返りながら、机にもたれ掛かるレックス大佐に質問する。
確かに、いつも大佐が持ってくる仕事は俺たち三人で出来る仕事が多かった。カロンを抜くのは初めてじゃないか?
「ふふふ、そんなの簡単だ。それは、面白い話の元がカロンだからだ!」
…………なるほど。そう言うことか……
カロンの話、面白そうだ。
「この前の戦いでカロンの名は、良い意味にも悪い意味にも、結構いろんな奴に響き渡った。そして、その功績も認められてきている。それで、だ……」
そう言って大佐は言葉を詰まらせた。
確かに、ある意味悪名が響き渡ったのは確かだ。
でも、何を言おうとしているんだ?
「大元帥がカロンに休養の為、遅めの夏休みとして里帰りしなさいって言うんだ。まぁ、今カラーにいるとカロンが危ないからってのが本音だろうがな。」
休養かぁ~確かにあいつには休むっていうことを知ってもらった方が良いかもしれない。
それに、内戦が終わったばかりのカラーにあいつがいると確かに危ない。
内戦で恨みを持った奴が攻め込んでくる事もカラーでは日常茶飯事だ。多くの戦争に出ているカロンは特に恨みを買いやすい。
だが、大元帥からの勅命とは……どうやら大元帥はカロンを気に入っているらしい。
「だが、単に里帰りってのも面白くない! だから、カロンの後輩のシフォンちゃんを内緒で連れて行き、カロンの反応を見る! どうだこの作戦。カロンの休養も取れて、しかも面白いときた!」
大佐、あんたのそういうとこ好きだよ! 面白いよそれ!
ジーニと顔を見合わせ、ニッコリと笑い合う。
「だが、俺はちょっと厄介な仕事があって休暇が取れない。そこで、俺が大元帥に頼んでお前たち二人にも休暇を取らせてもらえるように頼んどいた。どんな反応したかちゃんと見てきてくれ、報告頼んだぞ!」
「そんな休暇、許可されたんですか?」
ジーニが大佐に聞いた。
確かに、面白い作戦の為に休暇を下さい何て言えない。
「“エファト大尉がきちんと休養をとるか、監視させます”って言ったらOKくれたよ。ほら、あいつ素直に休養とるような性格じゃないことぐらい大元帥も知っておられるし。」
なるほど、それなら大元帥もOKを出しそうだ。故郷が同じ俺たちなら容易に監視出来るしな。
さすが大佐、策士だな。
大佐は戦いの腕はそうではないが、頭には数千という戦略が入っており、その場に応じて臨機応変に戦略を変えることが出来る。
軍師としては超一流だ。
だから、俺も大佐にチェスではなかなか勝てない。
「でも、そんなの大佐になんのメリットが?」
自分にメリットがないことはしない。俺達の常識だ。
カロンや少尉のようなお人好しは軍には少ない。
「ん? そんなの決まっている……俺が面白い! お前たちならこの作戦に乗ってくれると思ってな~シフォンちゃんにはもう連絡してあるんだ。」
なんとも素晴らしい理由だな。ってか、行動が速い!
本当、あんたのそう言うところ好きだよ!
でも、待てよ……
「大佐はシフォンさんのこと、知ってるんですか? ってか、どうやって連絡したの……もしかしてストーカー……」
俺たちは昨日一度会っただけだから、彼女のことは良く知らない。
でも、連絡先を知ってるって事は、大佐とも親しいのか?
「あのなぁ~なんで妻も子供もいるのにストーカーしなきゃならんのだ……俺はカロンと大学一緒だろ? ならシフォンちゃんとも一緒。っで、彼女の相談役にもなってやってたんだよ。ほら、カロン鈍感さんだからぁ~」
大佐はため息をつきながら、肩をすくめた。
まぁ、確かにそうだ。大佐は長い間大学で研究してたから、シフォンさんとも会うことがあったんだな。
良かった、ストーカーじゃなくて。
「っで、お前達はこの作戦に乗るかい?」
大佐は少し笑いながら俺たちに聞いてきた。愚問だな。
そんなこと、聞かなくても……
「乗るに決まってるじゃないですか!?」
こんな面白い作戦乗らなきゃ損損! ジーニもすぐさま旅支度をするために部屋に帰ると言い出した。こいつも決まったら動き速いからな……
「待ってよジーニ。大佐、いつ出発なんだ?」
「出発は明日の昼頃だ。なんか予定でもあったか?」
明日の昼頃か、なかなか急だな……説得に時間が掛かりそうだ。
俺がどう説明するか考えているとジーニが気が付いた。
「あっ、そうか。ブレインはシンパティーさんに事情を説明しなきゃ駄目だもんな。」
まぁ、すんなり了解してくれることを願おう。
「うん、そうなんだ。じゃぁ、俺家に帰るよ。大佐、カロンに伝えといてね~」
俺はソファーから立ち上がり大きく伸びをする。
カロンのソファーだから俺には小さい。背中が痛くなっちゃった。
部屋から出ようとした時、扉が開いた。
「先輩、食堂のエスプレッソです。ジーニとブレインは紅茶な。ん? ブレイン帰るのか?」
お盆にコップを乗せたカロンが器用に足で扉を開けて入ってきた。後ろにはグレイ少尉がお菓子を持ってついていた。
そして、グレイ少尉の後ろには俺の見覚えのある、俺の会いたかった人が立っていた。
「シンパティー! なんでこんなところに……」
シンパティー。俺の彼女で婚約者。俺の大切な人だ。
今は一緒に同居しているが、結婚はまだ。でも、いつか絶対してやる。
大佐にエスプレッソを渡しながら、カロンが俺に説明してきた。
「さっき食堂からの帰りにロビーを通ったら、受付にシンパティーさんが立ち往生してたから、連れてきた。」
少し天然な性格のシンパティーのことだ、なんかその状況が容易に想像出来る。
っていうか、カロン、ナイスだ!
「なんだ、連絡くれれば下まで迎えに行ったのに……」
「急いで出てきたから、携帯忘れちゃったの。」
まぁ、これも想像出来る。でも、急いで出て来るほどの用事なのか?
「ブレインがお昼ご飯、食堂飽きたって言ってたから、お弁当作ってみたの。迷惑だった?」
シンパティーは弁当の入った紙袋を持って俺の前に立って俺を見つめた。
おぉ! わざわざ、俺のわがままを聞いてくれるとは……
「ありがとうシンパティー! わざわざ作ってくれたのかぁ~愛してるよぉ! でも、俺今から帰れるんだ。帰って一緒に食べよう。」
シンパティーを抱きしめてそう言った。
おっと、お弁当がぐちゃぐちゃになっちゃうな。お弁当を持ったシンパティーが赤面しながら俺から離れた。
「何で仕事しなくて良いの? いつも忙しいって言ってるのに。毎日仕事が大変なんでしょ?」
そうシンパティーに言ってる。仕事をカロンに押しつけてるなんて、言えない……
そんなシンパティーの発言を聞いてカロンがもの凄い顔で俺を見ていた。
ごめんカロン。俺は偉いってことにしといてよ……
「それは後で話すから、とりあえず帰ろう。」
「おい、何帰ってんだ。お前大佐から仕事貰ってんだろ?」
カロンはコーヒーを飲みながら俺を制止させる。
おっと、そうだこいつにはまだ説明してないんだったな……
俺が伝えようとする前にジーニが先に口を開いた。
「カロン、お前にも仕事があるんだよ。大元帥からの勅命だぞ。良かったな。」
ジーニの言葉を聞いてカロンは頭にハテナを出して首を傾げた。まぁ、気になる話だろうな。
「大元帥がこの前の戦いでお前が痛手を受けたと聞いて、長期休暇を取りしっかり休養するように、と言うことだ。だから、久しぶりに里帰りでもしてやれ。だいぶ母親に会ってないんだろ?」
大佐の言葉にカロンは頷いた。
そんな簡単に会えるわけがない。俺達の故郷はこの国の最東端だ。車で二日、汽車でも丸一日掛かる。このミドルの隣街が故郷の大佐のように容易には会えない。
出来ることは電話や手紙ぐらいだ。
まぁ、そんなのしてるのカロンだけだけどね。俺とジーニは全くの音沙汰なし状態。
「まぁ、大元帥の命令なら仕方ないか……了解しました。何日間の休暇ですか?」
脱力したカロンは椅子にドカッと座った。
なんで休みもらって脱力してんだよ、こいつ。俺なら大喜びなのに。俺はシンパティーに先に帰っといて伝えて“ザッ、カロン里帰り大作戦”を考える。
「約一ヶ月だ。11月下旬に軍事会議が開かれる。それにブレインとジーニ出なきゃならないから、それぐらいまでの休みだ。ゆっくりしてこい。」
今は10月下旬、確かに一ヶ月ぐらいだな。つまり、俺たちは一ヶ月もただで休みがもらえるわけだ! レックス大佐万々歳だな。
「11月までねぇ~って、なんで俺の休暇にジーニとブレインの会議が関係あるんだ?」
カロンは首をひねりながら俺たちを見た。
しまった!? 俺たちが付いてくことバレる……
「そりゃ、ジーニとブレインを真面目に会議に出させるのがお前の仕事だろ。こいつら、お前に言われないと真面目に出やしない。」
大佐は当たり前のようにそう言った。
さすが策士。嘘も上手い……
「なるほど。でも、一ヶ月かぁ~そんな長期間も休んだことないから、どうすれば良いかわかんないや……」
カロンはソファーに座り呆然としていた。短く切りそろえられた髪を両手で掻き上げる。
「夏休みとかあったろ?」
「夏休みはバイト掛け持ちしてたから逆に忙しかった。」
そうだった……
こいつ、休みになったらバイトのシフト増やすんだった……
それでも足りないなら他のバイト探して掛け持ちしてたんだった……
その欲求する気持ちを違うことに使え。
うぅ~んとカロンが唸る。
休暇でよくここまで悩めるなぁ~
俺だったらやりたいことやりまくるなぁ~
美味しいもの食べて、観たい映画観て、行きたい所に行くのにぃ~
「とりあえず、田舎帰ってぇ~山の仕事の手伝いでもするかぁ~」
「それって仕事じゃん……仕事以外にお前に生き甲斐はないのか! 老後に廃人になるぞ!?」
仕事とバイトばっかりしやがって。こいつほど仕事人間はいないぞ……
「そう言われても……普段から休日も鍛錬とかしてるから……どうすれば良いか……」
そうだった……
こいつは軍の休日も朝早く起きて、トレーニングして銃の整備して寝るって感じの生活してんだった! そりゃ楽しい休日の過ごし方なんて、分からんわな……
「じゃぁ、今回で暇の素晴らしさを味わってこい。お前にはそれも必要だと思うぞ。」
レックス大佐はそう言ってカロンの頭を撫でた。カロンは嫌そうな顔をしながらその手を避ける。
「さて、俺たちも任務の準備をしに帰るとするかぁ~」
ジーニアスは大きな欠伸をしながら立ち上がる。そうだ、俺もシンパティーに伝えなきゃ。そして、美味しいお弁当を食べよう。
「あっ、そうかお前たち仕事があるのか。なんか悪いな……お前たちは仕事してるのに、休暇もらって……」
カロンがソファーから立ち上がり、俺とジーニに申し訳なさそうに謝った。
いやいや、お前のおかげでいい休暇が取れそうだ。
「いいよ。お前には休暇が必要だ。それにお前には日頃から世話になってるし、これくらい当然だよ。俺たちは仕事してるけど、お前は思いっきり羽を伸ばしてこい。」
ジーニの言葉を聞いていて俺は笑いを堪える方が大変だった。
仕事してる? まぁ、仕事だけど……仕事と言う名の休暇だから。
よくもまぁ、そんなセリフがスラスラと言えたもんだ。
カロンなんかキラキラした瞳で見てるぞ。信じてるぞ、こいつ。
「じゃぁ、俺たちは帰るね。楽しんで来いよぉ~いろいろと~」
俺は最後に意味ありげな言葉を残して部屋から出た。
扉が完全に閉まり、廊下で二人で大爆笑した。