カロン・エファト 3-3
「ブレインちょっと明日の朝のパン買ってきて!」
妹と弟が五月蝿いリビングのソファーに寝転びながら本を見ている時、喧しい母親の声が家中に響いた。
チビ二人はテレビゲームに燃えていて全く話を聞いていない。今日は先生にこっぴどく怒られて気分がブルーなのに…カロンはそのあとすぐに走って帰っちゃうし、ジーニアスは車でお迎えと来たもんだ……
「チビ二人に行かせれば、初めてのおつかい的な感じで。」
チビ二人は“え~”と声を漏らしているが無視。何でそう言う自分にとって悪いところだけちゃんと聞こえてるんだよこのチビ共……
「もう、夜遅いんだから二人に行かせれるわけないでしょ! さっさと行ってきてちょうだい!」
そう言って、買い物籠とお金だけ持たせて玄関から放り出された。
くそっあのババァ俺は夜遅くに買い物行かせていいのかよ。俺とあいつら3歳と5歳しか変わらないんだぜ、なのに俺はいいのかよ……
ブツブツ言いながら町を歩く。町は店の明かりで明るかったが、人はあまりいなかった。町外れのパン屋に入ると夜遅いのにまだパンが結構残っていた。
(こんな夜遅くにパン買いに行かせてるんだ、俺の好みのパン買っていこ~それに帰りに一個食べて帰ろ!)
るんるん気分でパンを選び、お会計を済ます。パン屋の時計を見ると10時を回っていた。パン屋から出て家に帰るまでパンをむさぼり食いながら帰る。やっぱりここのパン屋さんはおいしいや。そんなことを思いながら帰っていると、本屋から見覚えのあるシルエットが出てきた。
「あっ、ブレイン。どうしたのそんなに大量のパンを持って。もしかしてそれ一人で食べるとか言わないよね?」
このやる気のないしゃべり方、ジーニアスだ。“親に頼まれたの”と言いながらパンにかぶりつく。ジーニアス両手に大量のものを持って本を読んでいた、こいつの腕ってどうなってるんだ?
「もほうか? (持とうか)」
見るからに重そうな荷物を両手で持つのはさすがにしんどそうなので親切心から持ってやることにした。ジーニアスはありがとうと言って、小さい方の袋を渡した。小さいから軽いのかと思ったら意外に重たかった……左腕にずっしりとした重みがくる。パンを飲み込み、ジーニアスに訪ねてみる。
「何入ってるの?」
「ん? そっちはコロッケに、コーヒー牛乳、お菓子に、ゼリーそれに1リットルペットボトルのジュースかな?」
こんなにどうするんだ……こいつ一人で喰うのか? いや、この細身でそれはないだろう。実際こいつが昼飯を馬鹿食いしてるところは見たことがないし、そういうタイプではないだろう。俺は“これ、どうするの?”と小さい声で聞いてみると、
「コロッケは今食べて、他は明日の朝御飯と明日のおやつにする。暇だったから家を出てきたら、なんか良いものがたくさんあったから買っちゃった。」
俺が言うのもなんだが、なんて自由人なんだ……
二人で話しながら帰っていると、ジーニアスが一つ路地を入ったところの本屋に行きたいと言い出し“まぁ暇だしいいか”と着いていくことになった。
路地は暗く、鼠や虫などがたくさんおり、汚く臭かった。
一つの路地を入っただけでこんなにも違うものだろうか……そんな路地の向こうに一つ光を出している店があった。どうやらレストランらしいがどうも怪しい……
そういえば、このレストラン……店長が暴力的とかいう噂を聞いたことがある。
なんかバイトの人を殴ったりするらしい。中からはガラスの割れる音や何かがぶつかる音が響いていた。やはり噂は本当だったらしい。
二人でそのレストランを見ていると、レストランの横に残飯を捨てるゴミ箱が無造作に倒れていた。
その残飯を漁る鼠を少し哀れな目で見ていたが、よく目を凝らしてみるとそれは残飯だけではないことがわかった。
人の足? 二人で顔を合わせ頷き、一歩ずつゆっくりそのゴミ箱に近づく。鼠が走って逃げゴミ箱を避けると……
「カロン!?」
ゴミに紛れていたのは、夕方まで一緒にいたあのカロンが無惨な姿で倒れていた。
頭からは血を出し、身体中が痣や切り傷、タバコを押し付けた跡の火傷が生々しく刻まれていた。あの傷はこれだったのか……
息も脈はしているが、だいぶ衰弱しているようで、カロンはぐったりして動かなかった。どうしてカロンがこんなことに……少し体を持ち上げるとカロンの体は思った以上に軽かった。
「とりあえず、この近くに俺の家があるから連れていこう!」
ジーニアスはそう言ってカロンを軽々と担ぎ、俺はパンとジーニアスの荷物を持って走る。こいつこんな重いの片手で持ってたのか!?
走って、着いたジーニアスの家は豪邸だった。
たしか、ジーニアスは財閥のワイズコンツェルンの次男坊だ。
株や石油からいろいろやってるから大金持ちの中の大金持ちだ。世界で『ワイズ』の名前を知らない奴がいないくらい世界規模の財閥なのだ。
こいつの家は使用人が1000人以上、部屋は5000部屋を越える屋敷に住んでる。敷地の大きさはバチカン市国の三倍の大きさで、この町の横にその敷地が広がっている。門の前までは来たことがあるが、中に入るのは初めてだ。
ジーニアスはカロンを担ぎながら門を開けるパネルに何やら番号を打ち込むと門が自動的に開いた。ジーニアスの後について屋敷の敷地に入るが、この中は世界が違うように思えた。屋敷の扉が自動的に開くとズラッと使用人が5人並んだ。
「お帰りなさいませ、ジーニアス様。とそのお友達様、いらっしゃいませ。」
使用人はにこやかな笑顔で俺達を迎えた。ジーニアスは平然としているが、庶民の俺は心の底から驚いている。驚きすぎて手に持っていた荷物を床に落としてしまった。落とした音で我に返り、荷物を拾い使用人達に頭を下げる。こいつ、毎日こんなところで生活しているのか……
「至急、こいつを医務室№24に入れてくれ。」
ジーニアスはそう言ってカロンを使用人に渡す。使用人はすぐさまカロンを抱きかかえ、早足で廊下を進み、どこかへ連れて行ってしまった。
ん? 待てよ、№24って……
「医務室って何部屋あるんだよ!? ってか家広すぎ!」
俺が庶民の思っていること、疑問に思っている事を代表して言ってジーニアスに問いかける。ジーニアスはカロンの血やゴミがついたYシャツを脱ぎ捨て、走った際にかいた汗を拭ってからゆっくりとした口調で俺に説明する。
「50部屋はあるかな。使用人がたくさんいると、大変なんだ。そんなことより、ブレインはカロンと一緒にいてやってくれ、俺はちょっと用事を済ましてくるよ。」
そう言ってジーニアスは使用人を1人呼び出し、医務室№24へ案内するように命令して何処かへ行ってしまった。
無駄に幅の広い廊下を汚れたYシャツを片手にゆっくりと歩いていってしまった。
俺はこの広い屋敷の中で、少し疎外感を感じながら使用人の後をついて行く。手に持った荷物がさっきより少し重たく感じた。少し歩いて医務室№24の前に着くと、使用人は一礼して何処かへ行ってしまった。一人残されて心細く感じた。ただの医務室なのに入るのにだいぶ勇気がいる……
しかし、ここで立ち往生していると単に変な奴だ。勇気を出して医務室に入ると、傷だらけのカロンがベットに横たわって治療を受けている所だった。
頭には包帯が巻かれ、体中にガーゼが貼られている。打撲、切り傷、擦り傷、捻挫、そして肋骨が二本と鎖骨、右足が折れているそうだ。
ちゃんとした肌が見えているところの方が少ない気がする。ベッドの横には血のついた布やガーゼが大量に置いてあり、荒い息をしながら寝ているカロンを医者が治療している。
しかし、カロンの場合、傷だけでなく衰弱した状態で栄養失調もあるため、回復が遅いらしい……
俺はどうしたらいいか分からなかったので、とりあえず部屋の壁にもたれ掛かり、さっき買ったパンをゆっくりと食べ進める。治療が終わったのか医者が俺に一礼して医務室を出て行った。
医者が出て行ったのとほぼ同時にジーニアスが医務室に入ってきた。用事というのは服を着替えに行くことだったらしく、綺麗でピシッとしたYシャツに着替えられていた。
「とりあえず大丈夫みたいだな。今、コックに何か作らせてるから、ブレインも食べる?」
俺はパンを呑み込み頷く。っていうかお抱えコックかよ……
ジーニアスはカロンの横に椅子を置いて、座った。よく考えたら、こいつと話したの今日が初めてだったのに、なんかうち解けてる……
ジーニアスはいつも無口で、何を考えてるのか分からないような奴だったが、結構ユニークでおもしろい奴だ。
それに、男の俺から見てもこいつは美形だと思う。クラスの女子が騒いでるのが分かったような気がした。黒髪を肩の高さぐらいまで伸ばしており、何で切らないのかっとクラスの女子の質問に対しては“だって切るのめんどくさいんだもん”っという何とも貴族の息子とは思えないほど適当な答えだった。
黒い瞳がカロンを映す中、俺の栗色の瞳はジーニアスを映している。ジーニアスは目をカロンから目をそらさないまま俺に聞いてきた。
「なぁ、カロンは何であんなところで倒れてたと思う? まだ※プライマリーなのに、何であんな路地裏の店にいるんだとおもう?」
※(小学生)
確かに、あんな薄暗い路地裏の店にプライマリーがいたら危ない。
だから学校では“夜に暗い路地裏に行ってはいけません”ってしつこく言われてる。
まぁ俺はそんなルール守らない、っていうか守ろうとも思わない。まぁ俺とジーニアスは路地裏に行ったからカロンを発見することが出来たっと言ったらそうかもしれない。
しかし、カロンはルールや規則は守る奴なのに、なんでこんな所にいるんだ?
「なんか理由があるんじゃない、目を覚ましたら聞いてみようよ。」
ルールや規則をきっちり守るカロンが路地裏で、しかもこんなボロボロになって倒れているなんて、何か理由があるに決まってる。だから、カロンが目を覚ましたら、聞いて見ようと思った。
しかし、心のどこかでは聞きたくないっという気持ちも少しあった。聞いたら駄目なんじゃないのか?聞いたら、カロンはすんなり言ってくれるだろうか……聞いてしまったら駄目なような気がした……