ドアマットヒロインですが、前世の天涯孤独の限界社畜OL(死因過労死)よりマシなのでなにも感じません
「お姉様!これやっといて!」
「はーい」
私はライム。
ライム・ライト・オルレアンという、一応伯爵家の娘…なのだが、所謂ドアマットな扱いを受けている。
我がオルレアン伯爵家は、伯爵家にしては広大な領地を持ちそれを発展させている。
そのため伯爵家にしてはかなり裕福、その上美形揃いの家庭だ。
両親もオルレアン伯爵家を維持できる程度には有能だし、兄は伯爵家を継ぐにふさわしい文武両道な貴公子で、妹は…出来は悪いがとにかく美少女でマナーは完璧なので問題ない。
問題は私だ。
「お姉様はどうしてお父様にもお母様にも似てないのかしら」
「うちは美形遺伝子のはずなのにな」
「醜女ではないけど、平凡なのよねぇ…でも顔のパーツ一つ一つを見ると、私と旦那様の子だとわかるのだけど」
「パーツではなく配置が悪いんだろうな」
すごい言われようである。
妹の寄越してきた貴族学園の宿題を、妹の筆跡を真似ながら解きつつ耳をそばだてる。
そう、私だけ家族の中で唯一美形でないせいで…しかも、前世の「現代日本の限界社畜OLの記憶」があるせいで半端に天才扱いされるのもあって…家族に虐げられこそしないものの、「便利屋」扱いされている。
具体的に言うと、朝から晩まで親の代わりに「執務」やら「宿題」やらをやらされていて自分の時間がない。
寝る時間は三時間しかないし、お風呂はさっと入ってさっと出るカラスの行水。
食べ物は一応、普通に出てくるが掻き込んで早く食べないと納期に間に合わないので超早食い。
それは虐げられているのではと思うかもしれないが、私にとっては今の環境も十分天国だ。
だって前世は天涯孤独の限界社畜OLで、ブラック企業で過労死したからね!
三時間でも寝れるだけマシ、デスマーチよりよっぽどいい。
カラスの行水でも入れるだけマシ、強制風呂キャン生活はさすがに辛かった。
美味しいご飯を食べられるだけマシ、コンビニのおにぎりだけ齧ってた頃より人間らしい。
だから一般的にはドアマット扱いとされるこの状況でも、私にとっては天国だった。
あと趣味なんてもの前世でなかった「生活=仕事」の私にとって、「執務」や「宿題」は「仕事」と同義。
それがない方が手持ち無沙汰で困ってたはずだ。
だから、今の環境に特に文句はない。
なのに、その「平穏」は唐突に壊された。
「ライム!お前何やった!」
「え?執務と宿題くらいですけど…」
「そういう意味ではない!何故か公爵閣下がお前を名指しで呼びつけている!」
「…はい?」
公爵閣下。
我が国に公爵家はいくつかあるが誰だ。
ほぼ引きこもりで外に出ない私に目をつけるとか何者だ、そもそも理由はなんだ。
「と、とにかくお前を差し出さなければ我が伯爵家は終わりだ…」
「あ、す、すみませ…」
「守ってやれなくて、すまない」
…へえ、一応家族愛はあったみたいだ。
便利屋してた甲斐はあったかな、これからどうなるかわからないけど…前世天涯孤独の身の上だった私は、それだけでつい舞い上がってしまう。
家族と思ってはくれていたなら、それで充分。
私は、公爵閣下とやらの元へ行こう。
呼び出しの理由が、不当な処刑宣告だったとしても私一人で引き受けよう。
「…」
「お初にお目にかかります、公爵閣下」
公爵邸に馬車で連れられて、初めて公爵閣下と挨拶を交わす。
どうやらこの国の筆頭公爵家のシャルル・ジル・ティエール閣下が私を呼び出したその人らしい。
さて、用件はなんだろうか。
「やだなぁ、ライム。僕のことを忘れちゃったの?」
「え?」
「僕だよ!あの時君が助けてくれたドブネズミ!」
…なんの話だろうか。
ドブネズミと言えば、数日前屋敷に紛れ込んでいたドブネズミを「殺すのは可哀想」と数日ほど自室の隅に隔離して餌をこっそりやって…いつのまにか、居なくなっていたが。
「魔女の呪いで苦しんでいた僕を君は隠して助けてくれたね。それで僕は「愛を知った」んだ。ドブネズミになる呪いの解除方法はただ一つ、人を心から愛すること…そう、僕は何度も君に救われた」
…つまり、あのドブネズミは閣下が魔女か何かに呪われた仮の姿だった?
そして私の献身…というか見捨てられなくて可愛がっていたのが災いして、私のドアマット生活を私との生活で知った閣下は「私を愛し」「私をドアマット生活から救うため」私をここまで呼び出した…?
ああ、まさしくドアマットヒロインだね。
だけど。
「閣下、私はあのドブネズミが閣下だと知って献身したわけではございません」
「承知の上さ。僕が勝手に君に恋をした」
「もし閣下が私をお求めなら応えない理由はありませんが、そこに愛はありません」
「あ、応えてくれるの?嬉しいなぁ。結婚しよう」
「はい、喜んで」
その方が実家も喜ぶだろう。
だがここからが本題だ。
「ですが、もし閣下が私の家族に害をなそうとしているならそれはやめてください」
「…なんで止めるの?そもそもよくわかったね」
「あるあるなのでわかりますよ。家族に手を出されて喜ぶほど人間終わってないので、普通にやめてください」
「君をあんな扱いしたんだよ?」
「それも込みで、受け入れてましたから。嫌だったら嫌と言うべきでしょう。それも無しにいきなり報復とか、人間としてちょっと…」
「…あー、まあ、うん。そっか。わかった、君が気乗りしないなら君の実家への「嫌がらせ」はやめておくよ。まだ実行に移してなくてよかった」
…なにをするつもりだったのかは、聞かぬが花だろう。
「じゃあ君の実家への嫌がらせはやめ!その分の労力とお金は全部君を幸せにするために使うね」
「ご配慮ありがとうございます」
ということで、実家の破滅を防ぎつつの溺愛される甘やかされ生活が望んでもないのに始まってしまった。
「ともかく、まずはご飯からにしようか」
「あ、ありがとうございます」
「好きな食べ物はある?」
「好き嫌いがあんまりなくて…」
「ならお任せだね。調理長に最高のものをと厳命しよう」
そして用意されたのは、ビーフシチューにハンバーグにピーマンの肉詰めに…子供が好きそうかつめちゃくちゃ美味しそうなメニューばかり。
「え、あの、こんないっぱい食べきれません」
「好きなものを好きなだけ食べて良いんだよ」
「でも残したらもったいないです」
「残飯は肥料にでも変えればいいさ。別にただ無駄にするわけじゃないよ」
「ええ…」
いいのかなぁ。
でも、とりあえず食べられるだけ食べよう。
パクリと一口口に運ぶ。
「…!美味しい!」
「ふふ、それはよかった」
家で出ていた食事より数倍美味しくて感動して、癖で早食いしないよう気をつけつつもお腹いっぱいになるまで食べきってしまった。
結局残飯はほぼなし。
「うん、このくらいの量ならペロリなんだね。覚えておくよ」
「いやまあ食べ過ぎた感はありますけど。次からは半分の量でいいです」
「ええ?少食だなぁ」
「鍛えてて体の大きい閣下とちびヒョロガリな私では食べる量が違って当たり前です」
「だからこそもっと太って欲しいんだけど?」
「それは…まあ、はい、善処します」
そんなこんなで、公爵邸での初めての食事はとてもとても満足…というか充実し過ぎて困るくらいだった。
「じゃあ、そろそろお風呂に入って寝ようか」
「はい」
「お風呂の準備は君につける侍女たちにさせてあるからね、ゆっくり入っておいで」
「ありがとうございます…!」
ゆっくりお風呂に浸かれるなんて本当に久しぶりだ。
そして浴場に入ると、薔薇風呂が用意されていた。
ゆっくり浸かってるだけで侍女たちに綺麗にしてもらえて、お風呂上がりのケアまでされる。
荒れていた肌がほんの少し回復した気すらした。
そして寝巻きも最高級のものを用意されていた。
明日の朝からは閣下の買ってくれた、既製品だが最高級品のドレスが待っているらしい。
「閣下、本当に何から何までありがとうございます」
「ふふ、当然のことをしたまでだよ。じゃあ君の部屋に案内するね」
「は、はい」
閣下に連れて行かれたのは豪華なお部屋。
天蓋付きベッドまである、広くて快適そうな…実家では使用人たちの使うような部屋に押し込められていた私には、逆にちょっと居心地が良すぎるお部屋だった。
「え、こんなお部屋使っていいんですか?」
「もちろんだよ、好きに使って」
「ありがとうございます…!」
なんだか、特別なことをしたわけでもないのに大事にされ過ぎてちょっと困るけど。
困るのに、嬉しかった。
公爵閣下に引き取られて早一月。
さすがに一月もすれば特別待遇にも慣れた。
公爵閣下の、スキスキアピールにも慣れた。
「ライム、今日は君のために薔薇の香水を用意したよ!つけてみて」
「はい…わ、すごく素敵な香り」
「ふふ、気に入ってくれてよかった」
公爵邸での生活は何不自由なく、閣下に愛されて、使用人たちにも良くしてもらっていて。
すっかり、実家のことが頭から抜けてしまっていた。
「あ、そうそうライム。君のご実家から手紙が来てたよ」
「え」
「娘が何か失礼はしていないか、帰ってくる気配がないが娘は大丈夫かって真っ当な心配の手紙」
「あら」
「そういえばライムを可愛がるのに夢中で、嫌がらせの下準備をなかったことにした後ライムの実家にノータッチだったのを思い出してね。求婚の手紙を送りつけたよ」
求婚…やっぱり閣下は私を欲してくれるらしい。
最近では、それを心地よく感じる。
「あの…ありがとうございます、閣下」
「うん。あ、ついでに婚約指輪もそろそろ出来上がる頃だからご実家の許可が出たら贈るね」
「はい」
なんだか、心が弾む。
前世でも今世でも、こんな晴れやかな気分は初めてだ…。
「ライム」
「はい、閣下。実家からの返信でもきた頃ですか」
「本当に、よくわかるね」
…良い返事ではなかったらしい。
不機嫌そうな閣下に甘えるように擦り寄る。
「…君がそんな態度、珍しいね」
「不機嫌そうなので、アンガーマネジメントです」
「なあにそれ?まあいいや。…君の実家、君が欲しいと僕が手紙を送ったらなんて返したと思う?」
…前提として、公爵家では「仕事」をさせてもらっていない。
ただ甘やかされるだけの生活だ。
だって閣下やその部下がとても有能で、手伝うことすらないから。
でも。
「…書類仕事に都合がいいならそのまま差し上げます。でも結婚は、美しい妹とした方がいいですよ…とか」
「…いつも思うけどなんで当てられるの」
「あるあるなので」
「どうする、やっぱり嫌がらせ今からでもする?」
「いえ、そんなことせずとも他にもっといい「嫌がらせ」がありますよ」
「?」
実家は私の価値を低く見積もってる。
なら。
「閣下が心から私だけを求めていると追加で書状を出してください。そして私の実家に乗り込んで、惚気を最大限発揮して婚約をもぎ取ってください。それだけで、勝手に私を下に見ていた実家はどんより雲模様です」
「…ふふ。平和でささやかで、でも最大限あちらの尊厳を踏みにじれそうな提案だね。わかった、ライムが望むならその嫌がらせだけで済ませてあげる。ライムは優しいね」
「いえ、超絶性格悪い提案ですけどね」
ということで、閣下は書状を認めて送りつけた。
そして後日私の実家に乗り込み、相当惚気て来たそうだ。
実家の面々は顔真っ赤、しかし公爵家からの縁談を断ることもできなくて…妹を何度も勧めてきたが、最後には諦めて私を「差し出した」そうな。
「あの悔しそうな顔、傑作だったよ?特に妹さんはね」
「でしょうねぇ…」
「幻術で再現できるけど見る?」
「家族の醜い顔など見たくもありません」
「そっかぁ」
ということで、私と閣下の婚約は成立した。
「まあ、そんな愉快な話は置いておいて」
閣下が私の前に跪く。
「改めて、結婚してください。僕の可愛い人」
「…もちろん、喜んで。ここまで尽くされて気持ちが湧かないほど冷徹でもありませんから」
「………え、僕を男として見てくれるようになってたの?だから受け入れてくれるの?僕が公爵だからじゃなくて?」
「それがないとは言えませんけど、今は公爵閣下に気持ちが追いついたつもりです」
「…ライム!」
公爵閣下に抱きしめられる。使用人たちがいつのまにか私たちを囲んで、拍手喝采。
「なら、そろそろ名前で呼んで欲しいな」
「はい、シャルル様」
「〜っ…可愛いっ…」
ということで、ドアマット扱いだったけど特に何も感じてなかった私は望んでもないのに救い出されましたが結局は幸せになれたようです。
「絶対幸せにするからね」
「もう十分すぎるほど幸せですよ」
「ふふ、本当に可愛い!」
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