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8話 出会っちまった

俺は一人、街を歩いていた。

迷宮から帰って、換金も済ませたせいで夜となっている。


食材を買おうにも、もう市場はやっていない。

空いているのは酒場などの飲食店だけである。


ちなみに、俺が入ろうとすると扉を閉められてしまう。

呼び込みをしている従業員が俺を視界に入れると、俺が視界から消えるまで店の扉を閉めるのだ。


そのため、俺は自分で調理をすることを迫られることになった。

そのせいで、悪名が広まる前は大した家事能力が無かったのに、広まりきってしまった今は家事全般そつなくこなすことができるようになってしまったのだ。


不幸中の幸いと言っていいのだろうか。


「はぁ……」


溜息を吐きつつ足元にあった小石を蹴る。

ころころと石畳を不規則な軌道で転がっていく。


それを追いかけて、さらに蹴る。

止まったら、蹴る。


それを繰り返しながら、郊外にある家を目指す。


実に子供のような行動であるが、大人になっても嫌いな人間はいないと思う。

思……う。


ただ周りのことに目を向けすぎているせいで、それをしなくなるだけだ。

周囲には人がいない。


夜であり、俺が郊外に出ようとしているためだ。

この時間帯の道は、極端に人の往来が無い。


こうして、石蹴りに興じることができるのだ。

石が転がる音と靴の音だけがこの場所から響く。


遠くからは酒場の喧騒。


俺はただぼーっ、としながら石を蹴っていく。

何も感じることなく、ただ無心で。


ころころ。

ころころ。


ころ。


「?」


ふいに、石の転がる音が止まる。

もっと転がっていくはずだ。


俺は不思議に思いながらうつむいていた顔を上げる。


そこには、人がいた。

赤いまだら模様のバトルドレスを着ている銀髪の少女。


「…………」


とりあえず、俺は何もないように少女の横を通り抜けることにした。

完全に見られていた。


ガン見だった。

目がらんらんと輝いていたから。


穴が合ったら入りたい。


「ねえ」


少女の横を通り抜ける直前、少女が呼びかける。

周囲にいる人物は俺一人。


つまり俺に呼び掛けているのだ。

【死神】である俺に。


俺の悪名を知らないということは、別の街から来たのだろうか。


「なんだ」


俺は平静を装って返事をする。

少女は心から嬉しそうに、はにかむ。


「きゃ……話しかけちゃった……」


小声で、何かつぶやいている。

頬に手を当てて、体を揺らしている。


最初から赤かった頬は見えなくなったが、その代わり彼女の耳が赤くなった。


「なんだ」


俺は再度呼びかける。

少女は一人の世界に入っていて、俺の存在を半ば忘れているようだった。


「はっ……御免なさい」


優雅なカーテシーを披露する。

もしかして、貴族なのだろうか。


「あのね」


少女は、上目遣いで俺を見てくる。

その姿は妖艶でありながらも、どこか幼き純真さを残している。


少女は自身の口前で手を合わせる。


「名前が欲しいの」


「は?」


俺は呆ける。

あまりにも突然であったからだ。


「待て、初対面だよな」


俺は警戒を強める。

何か新手の詐欺じゃないのか。


大体名前が欲しいなんて変だろう。

少女が披露したカーテシーから高い教養があるとわかる。


「初対面……よ?」


少女は首を少し傾げている。

なぜ疑問符を浮かべているのだろうか。


「私には、名前が無いの」


だから、と。


「——ねえ、私に名前を頂戴?」


何もかもが、分からない。


「貴方が良いの」


「……なぜだ?」


俺は当然の疑問を口にする。


「なぜ君には名前がない?なぜ君は初対面の俺に名づけを頼む?」


「それは……」


少女はその先の言葉を言おうとして、言いよどむ。

代わりに顔をさらに赤くさせる。


「~~~~~~~~っ」


その自覚があるのだろう。

少女は顔を俯かせて、俺から見えないように隠す。


やはり、何か思惑が……?


「言えないわ」


か細い声。

震えもあり、今にも掻き消えてしまいそうだ。


「……他を当たってくれ」


俺はその場を後にしようとしたが、家がある方向は少女が立っている場所であったため足を踏み出せない。


「嫌よ……」


俯きながらも、少女は両手を横に広げて通せんぼしてくる。

通す気は無いのだろう。


少女は顔を上げる。


「お願い、私に名前を頂戴」


その顔は赤く染まっているものの、その表情と瞳には、強い意志が込められていた。

俺は頬を掻く。


「……センスには期待しないでくれ」


俺は溜息交じりに、そうつぶやく。


「!!」


少女は頭を上下に強く振っている。

長く綺麗に整えられている銀髪が、ぶんぶんと動きに沿うように動く。


本当に、なんなのだろうか。

目の前の少女に疑問は尽きないが、要求を満たさなければ帰れなさそうなので名前を考えることにした。


「——ハイネ」


俺はその名を口にする。

特に理由などない。


ただなんとなく、その名前が浮かんだ。


「ハイネ……」


少女は、顔を俯かせて何度も口に出して俺の言葉を咀嚼する。

何度も頷いてから、顔を上げる。


「ありがとう、ダーリン」


「そうかい。……ダーリン?」


「あ」


少女は口を押えて、逃げるようにその場を去る。

速い。


しかし今の俺には、それを考えることができなかった。


「ダーリン……」


一体、どういうことだよ……。

怖いよ。


あとになって気づいたが、俺の進行経路を通せんぼしたことから、彼女は俺の家の場所を知っていたのかもしれない。

いや、これは考えないようにしよう。


背筋が凍りそうになる。


一人、頭を抱える。


「——少し、良いだろうか」


今度は何だろうか、と振り返ると。

そこにいたのは。


「私は聖室庁査問官、アリスという」


黒い騎士の鎧。

そして胸部にある紋章。


「黒灰騎士……!」


「む、その呼び名は正式なものではないのだが……。まあ良い、話を聞かせてもいいだろうか」


「俺は何もしていないぞ!」


「いや、そういうことじゃないのだが……」


――――――――――

―――――――

―――――


少女——ハイネは屋根に上り、それを観察していた。


「もう、タイミングが悪いわね」


目線の先には、愛おしい彼と、逢瀬を邪魔した騎士がいた。


「殺そうかしら」


腰に帯びていたマチェットに手を掛けるが、直前で思いとどまり止める。

殺意を上回るほどの熱情が、ハイネを支配していたからだ。


「ハイネ……いい名前」


何度も、何度も自分の名前を呼ぶ。

熱に浮かされた表情で、何度も何度も。


今の彼女は誰もが振り返るほどの妖艶さを醸し出していた。

それも当然であろう。


なぜならば、名付けたのは誰よりも愛している人なのだから。


「今回は邪魔されてしまったけれど、次は、ね?」


ハイネは愛おしい彼を蠱惑的な視線を送りつつも、静かにその場を離れるのであった。


「また今度ね、ダーリン?」






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