6話 全滅
確かにバレてはいなかった。
ずっとそんな素振りは見せていなかった。
「そこにいるのはわかっているぞ、出てこい」
その言葉に、冒険者の一人が息をのむ。
バレた。
静かに隣にいるリーダーを見る。
リーダーは首を横に振る。
言葉には出していないが、出るな、と暗に言っているのだろう。
それをみた冒険者の三人は、リーダーに倣うように無言のまま、首を縦に振る。
このパーティーは、四人で構成されたパーティーである。
四人は【死神】マデスの言葉に努めて無反応のまま、息を殺す。
そうして、どれだけの時間が経っただろうか。
体感では永遠に感じるほどの長さであった。
「ふん、臆病者め」
聞こえてくるのは扉を開く音。
どうやら財宝を取りに行ったようだ。
「っはあ……!」
それを見て、大きく息を吐く。
息が乱れているのを自覚する。
自然と息を止めていたのだ。
それは皆も同じようで、同様に息を乱している。
「あれが……【死神】」
一人が戦慄した表情でつぶやく。
彼が戦うところを見た人はいなかった。
高位冒険者の一人であるが、本当に実力に見合うのかどうか、怪しんでいた人もいた。
マデスはパーティーを何回も組んでいた。
その際に組んだ人は、実力のある冒険者であった。
故にマデスが高位冒険者となれたのは単にパーティーの功績であり、マデスは寄生虫にすぎないというのが、マデスの実力に疑念を持っていた人の談である。
思えば、誰も詳しい実力を知らないのは当然だ。
なぜならば。
それを見た人間は例外なく死んでいるから。
死神によって、殺されているから。
「凄まじい……強すぎる……!」
冒険者はマデスが人を殺す際の手段について、こう考えていた。
迷宮攻略で疲弊したところを、罠にかけて殺す。
マデスが組んでいたのは実力のあるパーティーである。
それこそ、自分たちのパーティーよりも強いと断言できる。
全員が高位冒険者。
そんなものはザラにあった。
どれだけマデスが実力を持っていたとして、そんな冒険者のパーティーを殺害するには罠の存在が必要不可欠になる。
そう考えていた。
しかしそれは見当違いであった。
罠なんて必要ない。
単純な実力で、高位冒険者のパーティーを殺せるほどに、隔絶した実力を持っていた。
強さだけならば、二級相当の迷宮主をマデスは余裕をもって一方的に殺していた。
それができるのは、ごく限られた人物にしかできない。
「あれは、高位冒険者どころか……」
「最高位冒険者に匹敵する……!」
今になって、体にうすら寒いものを感じてきた。
「報酬、もらうんだったな……」
リーダーが苦笑して言う。
それに同意だ。
なにせ危険度が想定と違いすぎる。
「【死神】の情報も取れたんで、帰りませんか?」
「ああ、そうだな。奴も宝物庫から地上に転移するだろう」
宝物庫には転移の魔法が施されている。
行先は固定であり、迷宮の入り口である。
リーダーはうかがうように他の仲間を見る。
「俺はそれでいいぜ」
「迷宮主を倒しているからな。奴もここで殺しにきたりはしないはずだ。万が一奴が此方に戻ってこないよう早めに道を戻ろう」
パーティーは、すぐさま行動を開始する。
転移の魔法は使えないため来た道を戻ることになるのは面倒である。
マデスが戻ってこないように、後方を警戒しながら道を戻る。
後ろの少女もそれに従って着いてくる。
「———?」
違和。
勢いよく後ろに振り返る。
少女が満面の笑みで此方を覗いていた。
「だ——」
「ざんねんっ」
視界が落ちていく。
落ちながら見たのは、満面の笑みの少女。
顔にそぐわないマチェットを持っている。
マチェットには、血が。
視線をずらす。
そこには大量の血が舞っていた。
冒険者はなぜ自分の視界が落ち続けているのかを知る。
この血は、すべて自分のものだ。
首を落とされているのだ。
目の前の少女が、途端に悪魔のように見えてくる。
しかし、無情にも。
そこで一人の冒険者の意識は闇に途絶える。
「なっ!?」
「一体どこから!?」
残りの冒険者は、三人。
運よく生き残った彼らは冒険者としての本能か、即座に少女から距離を取る。
マデスを警戒するあまり、それ以外への警戒がおろそかになってしまっていた。
しかし、夢にも思わぬだろう。
「二人目……!?」
殺人鬼は、マデスだけではなかった。
「ねえ」
最大限の警戒を続けていると、少女は人を殺した直後とは思えないくらいの眩い笑顔でこちらを見る。
「もっと、貴方たちの輝きを見せて?」
「——っ!よくも仲間を!」
「おい待て!?」
一人が怒りに任せて突っ込んでいく。
少女は自分に向けられた武器を見ても、笑顔が失われることは無い。
冒険者の攻撃を、すり抜けるように回避して、すり抜け様に首を断つ。
いとも簡単に、冒険者の首を断った。
奇襲抜きにしても相当な実力者である。
「うん、やっぱりいい輝きね。でもダーリンには遠く及ばないわ」
少女は恍惚な笑みを浮かべる。
この時だけは、少女ではなく妖艶さを醸し出す美女にも見えるかもしれない。
しかしそれは彼女の所業を知らず、返り血がついていないときである。
「おい、待てお前……!その顔」
リーダーが、震えた指で少女を指差す。
それは仲間が二人も殺されたことへの怒りと、恐怖からか。
「【アウレリアヌスの娘】だな……!?」
もう一人の冒険者は、その名前に反応する。
「それって、あの?」
「殺人件数五百件以上。星室庁が追っている大量殺人鬼……!」
リーダーの言葉を聞いた冒険者は畏れを含んだ目で、少女を見る。
少女は仲間の死体を眺めていたが、すぐにこちらへと顔を向ける。
「お願いがあるの」
どこまでも冷えた空気が、冒険者を満たす。
少女は固まったまま動けない残りの冒険者へと声をかける。
「まだダーリンに会うには覚悟が足りないの。だから貴方たちで——」
たん。
軽く地面を蹴る音と共に少女が駆ける。
「——肩慣らしさせて?」
「逃げ——」
あと、二人。