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4話 迷宮へと

体の処遇は後にすることにした。

なぜ彼女がこの家にいるのかはわからない。


ただ、家の前評判として聞いていた一週間以内に人が死ぬというのは、体がやったことだろう。

初めて彼女を見たときは、なんというか名状し難き何かを感じた。


死因はみな、自殺であったらしいため、あのまま発狂して死んだのだろう。


未だに納得入っていないが俺のことを主と定めてくれていなければ、前の住人と同じ目に遇っていただろうことは想像に難くない。


「主、体にも食べさせてください」


そんな体は今、俺の隣にいた。

その目線は俺が食べている食事に固定されている。


「あの部屋から出れたんだ」


「何を言っているのですか?あの部屋は体が隠れていただけで、出入りは自由ですが」


幽霊は縛り付けられない。

それは知っているのだが、あの部屋の異常さを見るとなんとも忘れそうになってしまう。


「……食えるのか?」


微妙な顔をしながら、パンをちぎって体に渡す。

体は両手でそれを受け取——。


「あっ」


すり抜けた。


「実体が無いと言っていたじゃないか」


溜息をついて、パンが落ちた先を茫然と見つめる体に言う。

体はしゃがんでパンを取ろうとするが、その手はまたもすり抜ける。


「…………」


「…………」


体は立ち上がる。


「食べられませんでした」


「そうだね」


体は肩を落としながらどこかへと消えていく。

俺はそれを見送ってから、食事を再開する。


まだ朝であるものの、とても疲れた。


俺はさっさと朝食を済ませて、装備室へと向かう。

装備室には、その名の通り装備品が置かれている。


しかしあくまでも多くある部屋を有効活用しようと無理やりに作ったため、空白のある寂しい空間となっている。


俺は今着ている服を脱ぎ、着替える。


「よし」


ボロボロのローブに、大鎌はマスト。

ローブの下には防御に優れた防具を。


短剣を二本隠しておく。

流儀に反するが、万が一というものだ。


俺は装備室を出る。

これから何をするか。


それは決まっている。

迷宮へと赴くのだ。


冒険者としての仕事ではない。

単に腕を鈍らせないためだ。


流石にパーティーを組むことはできないであろう。

昨日パーティーが俺を除いて全滅したのだ。


悲しいことに俺がパーティーを崩壊させた犯人ではないかと疑われている。

そんな今、無理にパーティーを作ってしまえばその疑いはさらに深まってしまう。


こういうときがあったら、俺はひとまず時間を置くことにしている。

その間は自分一人でも行くことのできる迷宮へと赴くのだ。


修練のために。

俺は家を出る。


「行ってらっしゃいませ、主」


体がどこからか出てきて、俺を見送る。

一緒に来るつもりはないようだ。


まあ、確実に騒ぎになって、連帯責任で捕まってしまうだろうからその方が良いのだが。


森を出て、街へと歩く。

俺の風貌を確認した人からは、警戒の一心で離れられていく。


それはさながら海が割れるようだった。


交通量が多い場所に、冒険者ギルドはあるのだが簡単にたどり着くことができるのだけが、唯一の利点と言っていい。


「……いらっしゃいませ」


冒険者諸君にも、受付嬢にも嫌な顔をされる。

彼らだけは、俺に真っ向から嫌悪の感情を向けてくる。


そんな顔を真っ向からされると俺のハートは少しだけ傷つくのだ。


掲示板に張り付けられている依頼書ではなく、受付嬢の元へと向かったのは単に依頼ではないからである。


「……準二級迷宮を」


当然だが、迷宮の格には指針がある。

宮内に生息している魔物の強さ、環境、罠といった総合的な危険度だ。


一級から五級がある。

準とは、限定的にその級の危険度があるとされる迷宮につく。


例えば罠が無く、環境への対処も容易。

しかし魔物の強さだけが二級相当であれば、表記は準二級となる。


「こちらを」


受付嬢はカウンターに書類を投げる。

迷宮の情報がまとめられている。


俺は手に取ってそれを眺める。

数枚見てから、俺が欲っしている条件に合致した迷宮を見つける。


魔物の脅威度が二級で、なおかつこの街からほど近い距離にある迷宮。

修練には持ってこいである。


「ありがとう」


俺は書類を受付嬢へと返す。

身を翻して、数多の敵意にさらされながらも冒険者ギルドを去る。


ここでのポイントは何食わぬ顔で悠然と歩くことである。

そうすれば孤高のイメージがつくであろう。


「ふっ……」


そして最後にニヒルに笑う。

冒険者に聞こえるように、見せつけるように。


俺はそのまま冒険者ギルドの扉を押して、外へと出る。

迷宮はこの街から近いとはいえ、馬車での移動となるだろう。


体のせいで時間を食われたとはいえ、まだ馬車は客を待っている。

俺は早歩きで、停留所へと向かうことにした。


―――――――――――

―――――—――

―――――


冒険者ギルド。

【死神】マデスが去るのを見送ってから。


「皆さん、私からお願いがあります」


マデスと話していた受付嬢は、依頼を選んでいた冒険者に向かって言う。

冒険者たちは、数は少ないものの受付嬢の話を聞く。


「【死神】マデスが向かったのは、ここより東にある準二級迷宮です」


受付嬢はカウンターから出てきて、今も話を聞いている冒険者へと向かって一枚の紙を突き出す。

それは、マデスが眺めていた書類であった。


冒険者はそれを見る。

その表情は真剣そのものである。


「受けてくださった方に、私の一週間の給料満額を差し上げます」


受付嬢は軽く前置きをする。

少しばかり懐が寂しくなるがそれは仕方ない。


「【死神】を尾行してください。彼が今度はあの迷宮で何をしようとしているのか、それを調査してください」


受付嬢は冒険者へと深く頭を下げる。


「おいおい、依頼にしちゃあ、報酬が少ないんじゃないか?準二級だったら、高位冒険者じゃないと安全とは言えないぜ?」


薄笑いを浮かべながら、冒険者が受付嬢に言う。

しかしその笑みには親しみの念で溢れていた。


受付嬢は頷く。


「これは依頼ではなく、お願いなのです」


再度受付嬢は頭を下げる。

冒険者たちは彼女の頭を眺めながらも、迷宮の情報が描かれた書類を手に取って詳しく知る。


「わかった」


受付嬢は頭を上げる。

そういったのは、先程受付嬢へと意見を言った冒険者であった。


相変わらず薄笑いを浮かべている。


「それでいいな?お前ら」


薄笑いを浮かべている冒険者が後ろにいる仲間を見る。


「ああ、《《お姫様》》のお願いを聞いてやるとするよ」


「おい、お姫様ってな。本物に訊かれたら不敬罪だぞ!」


「「ははははははははは!」」


冒険者たちは笑う。

笑いながらテーブルに立てかけられていた武器を手に取る。


笑いながら立ち上がり、冒険者ギルドを出ていく。


「ああ、お願いの報酬だがな」


最期の一人。

薄笑いを浮かべながら振り返って受付嬢を見る。


「いらねえよ。だってこれはお願い、なんだろ?」


その冒険者もまた、冒険者ギルドを出ていく。


「……ありがとう、ございます」


受付嬢はずっと、ずっと頭を下げていた。

彼らが見えなくなった後も。


やがて頭を上げる。


「【死神】……」


受付嬢はマデスの姿を思い浮かべる。


「私は絶対に貴方を許さない……!」


【死神】マデスは、この街では相当嫌われている。

いや、畏怖されている。


しかし、この受付嬢は違った。

受付嬢がマデスへと向ける感情は憎悪と憤怒。


「貴方の罪を、すべて暴いてやる」


受付嬢は天井を見上げる。

そこにあるのは変わらない石の天井であった。


決意はとうに決めた。


「見ていて」


受付嬢の脳裏に浮かぶのはある人物との思い出。

最愛の人との思い出である。


それを奪ったあの男は許さない。

しかし今受付嬢にできることは、【死神】による被害者が出ないことを願うことだけだ。


それでも、彼女は止まることなく進み続ける。

いつの日か、それが果たされることを夢見て。



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