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3話 幽霊

幽霊。

本来世界に存在するために必要な体を持たずに、世界に存在できる唯一の特異存在。


恐らくこの目の前に立っている存在は幽霊なのだろう。


幽霊は人の使う魔法とは別種とされる能力を持っている。

その能力についても、千差万別である。

幽霊が善なるものであれば、幸運をもたらし、悪なるものであれば、災厄をもたらす。


正体、不明。

発生理由、不明。


何もかもが、不明。

研究しようにも、幽霊と言う存在は極めて希少であり、データがない。


しかしゼロではない。

限られたデータで、学者たちは研究した。


最初期に最も支持された学説はこうだ。


『幽霊とは人の死後、昇華されるはずの魂が何らかの理由でこの世に留まった結果、逃避死者アンデッドとなったものである』


スケルトンや、ゾンビなどと同種の存在であるとする学説である。

この世に留まるために必要な体を、魂で構成していると考えているのだ。


時代は進み、研究が重ねられていく。

そうなると有力な学説は更新されていく。


『幽霊とは、決して個人ではなく、死者の集合体である』


データがある程度集まってくると、統計的に幽霊が発生する場所が分かった。

大量に死者が出た場所である。


墓地のような埋葬地ではなく、大量に死者の発生する戦争などで幽霊の出現が確認されていた。


加えて、幽霊の容貌は極めてちぐはぐであったのだ。

やせ細った腕——かと思えば逆の腕は筋骨隆々であったり。


死者のエッセンスを取り込んでいるのではないか、と考えたのだろう。


そこから派生して、現代で最も支持されている学説がある。


『幽霊の大本となった人物は、忘れられる』


部位からは死者の欠片を感じさせるものがあった。

しかし、誰も知らないものがあったのだ。


それは顔。

幽霊の顔は、誰の面影にも似ることが無い。


目も鼻も口も耳も。

そこだけが誰も知らないのだ。


仮に、忘れられているのならば合点がいく。

我々はただ認識できないだけなのだと。


しかしどうやって。

なぜ発生するのか。


分からないことは、分からないままである。

人類が幽霊を解明するのは、まだまだ先になることだろう。


「どうかしましたか、主」


しかし、実際に相対した俺は。

俺だけは答えにたどり着いてしまった。

答えと言っていいのかはわからないが。


前提として、間違っていたのだ。

これまで幽霊の前提として考えられていたのは、アンデッドであるということ。


目の前に立っている幽霊は、違う。


《《アンデッドではない。》》

死者でもない。

いや、それどころか。


「……《《人ですらない》》」


「然り、です」


幽霊はまたお辞儀をする。

そのしぐさは人間の様で、決定的に人間ではない。


最初に相対した時に感じた身を掻きむしりたくなるほどの違和感は、ここからきているのだとわかる。

しかし今は落ち着いている。


「体は外から来ました」


「外……?」


幽霊は俺の言葉に頷く。


「この世界の外からです」


「何を言っている?」


俺は首を傾げる。

幽霊も首を傾げる。


「……遠いところから来ました。そしてこの家に住み着きました」


幽霊はお辞儀をする。


「体のことは体とお呼びください」


「……分かった」


ほとんど何もわかっていない。

わかったのはこの幽霊の一人称と名前が体であるということだけだ。


だが、別に学者じゃないからまあいいか。


「それで、体」


「なんでしょうか」


「なぜ俺のことを主だと?」


体は、少し考えてから言う。


「主が死を纏っているからです。体とは比べ物にならないほどに」


「死を、纏う……?」


俺は疑問に思いつつも、高揚していた。

死を纏うなんて、死神みたいなものじゃないか!


体は俺の心境を知らぬままに、頷く。


「死に関わる者ほど、死は纏わりつきます」


つまり、俺は死に深くかかわっているということか?

まあ死に関わっているといえば、そうか。


俺が殺したわけではないが。


「主がたくさん命を殺している証左」


「殺してないけど」


「主が、この家に入ってきた時、体は打ち震えました」


「聞いてる?」


体は俺の話を聞かずに、一人で語りだす。


「こんなにも、死を体現した存在がいるのかと。一目見て体は主を主だと認めました」


遠い目をしているのだろう。

人間とは微妙に違う動きをしているのでわからないが。


「しかし体は主に会うことを今この時まで引き伸ばしていました」


体はお辞儀をする。

謝罪をしているのだろう。


「それはなぜ?」


「それは……」


俺の言葉に、体はこちらを見る。

その目線は俺に固定されていて、梃子でも動きそうにない。


しかし、腕や脚はしきりに動いていて何か生命を冒涜している気がする。

そのまま、少しの時が経つ。


「……恥ずかしかったのです」


頬を赤く染めて、体は言う。

しかしその瞳は相変わらず俺に固定されている。


「このまま、会っていいのかと。故に体は準備が整うまで隠れていたのです」


能力ということだろうか。

それを使いこの部屋に閉じこもって、部屋に続く扉を隠していたのだろう。


「改めまして」


体は綺麗にお辞儀を披露する。


「これからよろしくお願いします、主」


体はそう言って、蠢いた笑みを見せる。


「あー、一つ」


「なんでしょうか」


「何か、できるものはある?」


「できるもの、でしょうか……?」


働かざるもの、食うべからず。

家の事を任せられるのならば、とても助かるのだが。


「そう、掃除とか——」


「——申し訳ありません」


食い気味。


「したくない、と言うよりもできないのです」


「と言うと?」


体は少し考えてから、俺の目を見て言う。


「体は実体に干渉できません。能力も然りです」


つまり。


「体がこの家の管理において寄与することは何一つありません」


「帰れ」


俺は部屋を出た。



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