一話
死神とは、死の概念そのものだ。
死に近づくすべてに寄り添い、死を与える。
あらゆる死は、彼または彼女の鎌が振るわれることで達成される。
鎌を振り上げたとき、すでに死は決まっているのだ。
「かっっけえええええええええええええ……!」
古ぼけた絵本から顔をあげて、染み入るように言った。
幼少期、というものは大体かっこよさやかわいらしさを追求するのが子供だと思う。
例に漏れず俺も、その一人であった。
ただ対象にするものが、当時の友達とは別だったのだ。
友達は勇者や英雄といった華やかな人物に憧れていた。
ごくまれに魔王というのもいた。
だが、俺の憧れの対象は人物ではなかった。
概念。
つまるところ、【死】だ。
死そのものである死神に憧れたのだ。
そのせいで変わり者扱いされた。
まあそうだろう。
生物ですらないのだから。
だが、俺はそんな声など聞こえぬかのように死神に憧れた。
ああ、もう一つ変わったことがあった。
俺の憧れは、燃え尽きるどころか強くなっていったのだ。
普通の人は、年を経て憧れを捨てていく。
身の程を知るからだ。
自分には不可能だと、諦めて憧れを風化させていく。
だが俺には幸か不幸か、その身の程を知った上で、なお憧れを追うことのできる才能があった。
まあ、俺がただの馬鹿と言う可能性もあるのだが。
とにかく、俺は自分で考えつく限りの事をした。
死神の持つ大鎌の木製を作って振ったり。
死神のイメージに合わせた歩法を編み出したり。
それっぽい口調で話したり……これは途中で辞めた。
そうして努力を重ね、俺は強くなっていたのだ。
死神って、なんか普通に強そうな感じがするから。
俺は自身の腕を証明するために、冒険者の門を叩いた。
冒険者。
それは各地に点在する奇々怪々な迷宮を攻略して、迷宮内にある財宝を取得するトレジャーハンターのような存在。
そして、依頼者の依頼を請け負う何でも屋みたいな性質を併せ持っている。
冒険者にはそれらの片方しかやらないもの。
もしくはその両方をこなすものがいる。
基本的には、後者が多い。
迷宮には、財宝の守護者として魔物という敵性存在が侵入者を待っているという。
魔物を倒さなければ、迷宮の攻略は不可能。
それ故、必然的に冒険者には腕っぷしが要求されるのだ。
そして、高位冒険者となればその人物を表した称号が冠されることとなる。
ここで【死神】という名を得られたのなら、名実ともに死神になったと言ってもいいのではないだろうか。
俺はそう考えた。
頭良いと自画自賛した。
しかし。
それは誤算と言っていい。
ご破算だ。
「おい、あいつ……」
俺は扉を開けて冒険者ギルドを歩く。
依頼の報告に来たのだ。
「……ちっ、仲間殺しの【死神】がよ」
「なんで捕まってないんだよ」
「証拠がねえんだってよ」
「そんなもん、数が証明しているだろうが……!」
駄弁って酒を飲んでいた冒険者。
依頼を選んでいた冒険者。
依頼の報告を待っている冒険者。
すべての目が、こちらへと向く。
俺はその視線に居心地の悪さを感じながらも、平静を装って受付嬢の元へと報告しに行く。
「というか、あいつ、また……!?」
俺へと向ける視線が、次第に殺気を帯びる。
嫌悪、憎悪、憤怒……。
どれも悪感情である。
そんな感情を持たれる筋合いはない気がするのだが。
俺は溜息をつく。
「……ご苦労様です、【死神】メデス様」
受付嬢が機械的に腰を追ってお辞儀を披露する。
その表情は一見すると無表情であるが、その目からは他の冒険者たちと同じ感情が込められていた。
「依頼の、報告でしょうか」
「ああ」
短く答える。
「では、納品証明書をご提示ください」
俺は冒険者ギルドの横に併設されている納品所でもらった小さな紙を受付嬢に差し出す。
「……確かに」
受付嬢は箱から一枚の紙を取り出して、カウンターに置く。
「サインを、お願いします」
紙も、ペンも、乱雑に置かれた。
私は悲しい気持ちを抑えてサインを書く。
「頂戴いたしました」
受付嬢は再度お辞儀を披露する。
「これにて依頼は達成となります。ありがとうございました」
きわめて平坦な声。
しかし、その瞳はどこか不安げに揺れている。
「……少し、質問をしてもよろしいでしょうか」
「ああ、なんだ」
俺はまたか、と辟易する。
この後に受付嬢が言うセリフがわかったからだ。
「貴方がいたパーティー【剣功】のお姿が見られませんが、どうしましたか」
受付嬢は表情を崩している。
どこか諦めているようで、未だ諦めていない。
そんな微妙な表情。
俺は彼女に突きつけるように言う。
心を鬼にして。
「死んだよ、俺以外全員な」
俺がそういうと、受付嬢は表情を歪ませ唇をかむ。
そして俺を憎悪の眼差しで睨んでくる。
「……あなたは、人の命を何だと思って……!」
「死に向かうものだ」
これに関しては、死神に憧れてから一貫している。
全ての命は、死に向かっている。
「いつか、いつかあなたのすべてを暴いてみせる……!」
それが彼らへの弔いである。
受付嬢はそう言う。
だが、それは叶わない。
「できるといいな」
「……っ!」
俺は受付嬢に背を向け、歩き出す。
「あ、そうそう、金は口座に振り込んでおいてくれ」
そして冒険者ギルドを出るのであった。
出るまでの間、ずっと悪感情に支配された視線を受けていたものだから緊張がほぐれてくる。
「……それは叶わない」
俺は受付嬢の言葉を反芻する。
「だって、俺は」
窮屈な場所から解放され、深呼吸する。
「やってないんだからさ……!」
本当に勘弁してくれよ。
何度やってないって言っても信じてくれないの酷いだろ。
「もうやってらんないよぉ……!」
これは、不幸が続き、それでも自分だけは能力の高さで生き残ってきた男が仲間殺しの【死神】と呼ばれたことから始まる物語。
そして、その称号が祟って物騒な出来事に巻き込まれ続ける物語である。