17話 三十秒の勇気
「くっ、ぅあ……!?」
防御を貫いて体全体に奔る衝撃にアリスは呻く。
咄嗟であったことも相まって、受け流すことができなかった。
膂力で勝るドラキュリーナの攻撃は、回避するか受け流すかのどちらか二択を迫られる。
アリスは吹き飛ばされながらも態勢を立て直す。
ドラキュリーナを見れば、左右からこちらに追撃を仕掛けようとしている。
アリスは右方との距離が左方よりも半歩短いことに気付く。
追撃が此方に到達するのも早いということ。
ドラキュリーナに向かって魔術を唱える。
とっくのとうに、明かりを付ける魔術は消失していた。
「【法盾】!」
アリスは右腕を伸ばし、魔術を行使する。
腕の先から、身を覆えるほどの半透明の盾が出現する。
そのまま、空気を押す動作。
連動して盾が右方のドラキュリーナに向かって突進していく。
先を見ている暇はない。
もう一人残っているからだ。
残った一体のドラキュリーナとアリスとの距離は、十歩ほど。
一瞬で潰される距離だ。
「ーーーーーーー!」
声にならない高音を発しながら、アリスへと腕を伸ばす。
アリスは剣を両手に持ち替えて、向かってくる腕を横に受け流す。
やはり、彼女たちの表皮は金属のように硬く重い。
一歩、前へ踏み込む。
剣の柄頭で、ドラキュリーナの胸を強く叩きつける。
「ぐっ……!?」
今度はアリスではなく、ドラキュリーナが呻き声を上げながら吹き飛ばされていく。
ようやく、アリスの視界が開けた。
「ふうぅ……」
マデスと吸血鬼との闘いは、拮抗している。
此方に来る余裕はなさそうだ。
視線を戻し、二体のドラキュリーナを見る。
盾の魔術の効果が切れ、何事もなく立ち上がっている。
「あの女、攻撃をしてきません」
「防御に徹しているせいで、攻めきれない……!」
苛立ちを抑えきれていないようで、近くにある壁に拳を振り下ろしている。
マデスと吸血鬼の戦いのせいもあり、空間全体が軋んでいた。
「これなら、なんとか」
アリスは手ごたえを感じていた。
防御に徹することで、ギリギリ命を繋いでいた。
二体のうち一体を、魔術で牽制。
一体であれば、魔術なしで対応することが可能。
だがそれでは、ドラキュリーナたちを倒すことができない。
魔術を使って攻撃を仕掛ければ、一体は倒せるだろうが残りの一体に殺される。
しかしそれでいい。
マデスが吸血鬼に勝てば、形勢はこちらに傾く。
マデスが言った通り、耐えてさえいればいいのだ。
「耐える……」
息を深く吐いて、剣を下段に構える。
「「殺す」」
ドラキュリーナが再度こちらへと疾走する。
今度は入れ替わるように右へ左へとフェイントを交えながら。
捉えられないとでも思っているのだろう。
アリスは魔術を唱える。
「……………【法盾】」
二体が重なる瞬間。
その瞬間を待って巨大な盾を召喚する。
先程とは異なり、速度が二回りほど速い。
ドラキュリーナたちは迫りくる盾の予想外の速度に反応が遅れ、二体とも押されて距離を離される。
「——っく!?」
視界の端に捉えた影。
勘で剣を振るう。
「これは……!?」
硬いが、斬れない硬度ではない。
だがすぐに再生してアリスを襲う。
液体の鞭。
そう形容すればよいのだろうか。
何度も斬りつけるが、手ごたえを全く感じない。
アリスは後ろに下がりつつ、横目でドラキュリーナを見る。
一体が、こちらを食い入るように見つめている。
「くっ——【火花】!」
魔術を唱える。
それと同時に、ドラキュリーナを押し込んでいた盾が掻き消える。
魔術を行使して、鞭へと放つ。
やはり液体なのか、蒸発して消える。
アリスはドラキュリーナを見て、状況の悪化を悟る。
収まっていた体の震えが、再び。
「……魔術」
「餌如きに、これを使わなければならないとは何たる屈辱」
吸血鬼は魔術を使用できた。
ならば、その眷属たるドラキュリーナも魔術を使用できる可能性もある。
嫌な汗が、アリスの背中を伝う。
無意識に剣を強く握りしめる。
アリスは視線を彷徨わせる。
矯正しようとしてもできなかった癖だ。
どうしようもなくなった時に、助けを求めてしまう。
だが誰も助けてくれる者はいない。
視界に映った唯一の味方であるマデスは、助けが必要な方だった。
血を吐きながらも、吸血鬼に抗っている。
ドラキュリーナの攻撃を耐え続けていたところで、彼が吸血鬼を倒せるとは限らない。
「あ……」
呆けたような声が漏れる。
アリスは剣の腹で、自分の額を叩く。
痛みが震えを収めてくれる。
自分は、何者だ。
騎士だろう。
人を助ける騎士だろう。
たとえそれが自分よりも強い人だろうとそれは変わらない。
危険なこの世から人を助ける人間になるために、自分は騎士になったのだ。
「……やってやる」
アリスは、魔術を唱える。
「【一振断】」
魔術が行使され、剣が半透明の光を纏う。
眼前の敵を斬って、彼を助ける。
ドラキュリーナは、警戒する。
アリスの纏う空気が変わったからだ。
ずっとあった畏れが、完全に消え去った。
変わりに表れるは、殺意。
今度は、アリスが駆ける。
剣を左手に持ち、懐から取り出した短剣を右手に。
速度はドラキュリーナに遠く及ばない。
だがしかし、その気迫が錯覚させていた。
ドラキュリーナは、魔術を唱える。
「【血鞭】」
ドラキュリーナの手から、独りでに動く鞭がアリスへと放たれる。
アリスはそれを一瞥し、何もしない。
眼前に迫りくる脅威に防御することもせずに、突っ込む。
ギリギリで下へと滑り込み、回避。
鞭が方向転換して、アリスの後ろを追随する。
だがそれよりもアリスの速度の方が速い。
「たった……」
魔術を使用していない方のドラキュリーナが一歩前に出てアリスを迎撃する。
手刀の形に手を変えて振り下ろす。
本物の刃物よりも斬れるだろう。
しかしアリスは臆せずに手刀に短剣を合わせる。
無理やりに、横に流す。
受け流した手は力を失う。
跳躍すると同時に、短剣から手を離す。
「【墜落】!」
「うぐっ!?」
縫い留める。
「まずっ」
振り下ろす。
両者の魔術は消える。
その代わりに、ドラキュリーナの体は両断される。
「よくも!」
残りの一体が短剣を引き抜いて、振り向きざまに腕を振るう。
避けられるはずはない。
そして振り切った状態から剣で受けられるはずもない。
ではどうするか。
「——っづぅ」
吹き飛ぶ。
ドラキュリーナは、手ごたえを感じて一瞬の笑みを浮かべる。
一瞬の後、その笑みは恐怖に染まる。
「な、なぜ」
返答は魔術でもって。
「【一振断】!」
吸血鬼の眷属は、両断される。
勝者は、立っている者。
攻勢に出ておよそ三十秒。
臆病者と蔑まれていた騎士の勇気が、勝利を獲った。
たった三十秒の勇気が。
隻腕となった騎士は戦場を一瞥する。
そして一つ、魔術を唱える。
剣が力なく落ちる。
しかし左腕は前に伸びていた。
騎士を全うするために。
助けるために。
「……【一振断】」