15話 死神と騎士
目的、目的ねえ……。
「別に話しても良い」
俺は壁に寄りかかる。
アリスからは息を呑む音が聞こえる。
どうやら俺が話すとは思っていなかったようだ。
「俺が冒険者を続ける理由だったか?」
「あ、ああ」
俺は腕を組んで昔を思い出す。
母が読み聞かせてくれた本を読んでから、すべてが始まった。
色あせること無い思い出。
「端的に言うと——」
俺の目的。
それは冒険者となったときから今も変わることは無い。
「——俺は【死神】になりたい」
目的ではなく、夢と言い換えてもいい。
「は?」
アリスは唖然とし、信じられないような目で俺を見ている。
「俺は【死神】になりたい」
「い、いや……それは聞こえていた」
首を傾げる。
彼女は何を言いたいのだろうか。
「貴殿は、すでに【死神】という称号を得ているではないか」
ああ、そういうことを言いたかったのか。
彼女にとっては、俺が【死神】という称号に固執していると思っているのだろう。
だがそれは半分正解で、半分不正解だ。
「あの称号は、俺の悪評から付いたもので、俺自身の力ではない」
確かに、俺は【死神】と呼ばれる存在になりたい。
だがそれは悪名ではなく、勇名としてだ。
決して今の状況に満足することは無い。
つまるところ、俺は自分の力を証明したいのだ。
「悪評……」
アリスは小さな声でつぶやく。
耳聡く、彼女の発する小さな音を聞き取る。
「つまり貴殿は名声を獲得したいと?自らについた悪評ではなく、武勇でもっての【死神】に」
「ああ、そうなるのだろうな」
アリスはそれは難しいといった顔をする。
まったくもって俺も同感である。
「一度付いた悪名は、ずっと残る。それを塗り替えるのは至難だろう」
だが、一つだけ方法がある。
それが俺が冒険者を続ける理由だ。
「最高位冒険者。全冒険者の頂点七つの椅子に座る」
「っ!」
そうすれば、誰もが俺を認める。
俺の力は本物だと。
【死神】と同義であると。
「……最高位冒険者か。貴殿の力量ならば届くやもしれないな」
アリスの言葉に、俺は薄笑いを浮かべつつ首を振る。
「無理だ」
「む?」
プライドとしてあまり言いたくないのだが。
「俺一人では無理だったのだ」
確かに、力量という一点でみるのならば最高位冒険者に匹敵するか上回ることのできる自負はある。
だがしかし、最高位冒険者になるために求められるものはその一点だけではない。
もちろん比重は高いだろうが、それだけでは到達できない。
「最高位冒険者になるためには、最高位冒険者の中で最も序列の低い者を打倒しなければならない」
それが、一般的に知られている最高位冒険者になるために必要なことだ。
アリスも知っているのか、首を縦に振っている。
「それならば、貴殿は倒せるのではないか?」
「ああ、そこまで辿り着ければ、な」
溜息をつく。
「質問をしよう。最高位冒険者へ挑戦するために、何をすればいいと思う?」
「え、何とは……?」
「最高位冒険者への挑戦権を得るためにも、前提となる条件がある。最高位に比べると、高位冒険者の数は星の数ほどいるからな。いちいち相手になどしてられんよ」
アリスは顎に手を当てて考える。
「そうだな……依頼や迷宮の踏破、だろうか」
俺は頷く。
概ね合っている。
「そうだ。正確に言うと」
俺は指を立てて言う。
一つ、高位冒険者であること。
一つ、最高難度の依頼を受けること。
一つ、一級の迷宮を踏破すること。
下二つは、パーティーで達成しても良い。
「それが条件だ」
このうち俺は一つだけしかクリアしていない。
高位冒険者ということだけしか。
「一級の迷宮と、最高難度の依頼は俺一人では到底なし得ることはできなかった」
俺が高位冒険者となるまでに、組んだパーティーは四十六。
いや、正確にいうならば、中位冒険者の時点だ。
中位冒険者になってからは、俺はパーティーを組むのを止め単独冒険者となった。
そしてそのまま高位冒険者となった。
ギルドから授かった称号は【死神】。
「最初は感極まったさ。昔から抱いていた夢が今、叶ったのだと」
だが、称号を付けられた実情を知った。
それが決して勇名ではなく、悪名——汚名であったことに。
「故に汚名を濯ぐことのできる最高位冒険者となることを決めた」
だが。
「俺には無理だった。パーティーを持たない俺には」
俺の戦闘スタイルは、一対一。
複数戦闘となると、俺の視線誘導を駆使した移動は無い。
死神の歩法を使わない俺は、使いづらい大鎌を振るうただの高位冒険者。
その域を出ないのだ。
努力をした。
純粋な力だけで戦えるように。
努力をした。
悪名を無視して仲間となってくれた者を守れるように。
努力をした。
努力をした。
努力をした。
「結局、俺は今も仲間殺しの【死神】だ」
だが、諦めることはしない。
してはいけないと思うのだ。
「一対一を磨いただけでは、最高位には至れない。だから俺はパーティーを組もうとしている」
「そう、だったのか……」
アリスは落ち込んだように俯く。
「すまない、なんて言うなよ?」
「っあ、ああ」
「この街に固執するのは……いや、これは黙秘させてもらう」
俺は話を切り上げる。
壁に寄りかかるのを止める。
「さあ、次に行こう」
アリスに手を差し伸べる。
彼女は素直に、俺の手を取った。
「ああ、行こう」
先行しようとするアリスの表情を見る。
それは何か苦いものを嚙んでいるような。
「……アリス」
俺は一人呟く。
彼女は職務中であるはずだ。
だが、俺と行動を共にしている。
加えて道中での表情。
「……君の、君たちの目的はなんだ?」
アリスに聞こえるわけでもなく、独り言は空中に溶けていった。