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14話 目的

「なあ」


「なんだ?」


二人分の足音が、迷宮内部に響く。

俺たちは塔の階段を上って次の階層へと足を進めていた。


「長くないか?」


アリスが、上を見上げてはげんなりとする。

最高層は次の層で隠されており、あとどの程度で迷宮主の部屋までたどり着けるかはわからない。


恐らく次の階層ではないだろうが。


「同感だな」


冒険者として、積極的に迷宮の攻略を行っていた俺でさえ今回の迷宮は長く感じる。

迷宮主のいる階層にたどり着くまでに疲弊させるのが目的なのだろうか。


考えていてもしょうがない。

俺たちは階段を上る。


「というか、マデス殿も戦闘に参加してほしいのだが……そろそろ辛い」


「はははははは」


「え、笑う要素あった……?」


アリスは困惑した表情で俺を見る。

少しだけ、打ち解けてきたみたいで何よりだ。


「さて次は……」


先行していたアリスが先にドアを開ける。

不用心だといいたいが、彼女は仕掛けられた罠でさえいともたやすく回避できていた。


「マデス殿」


「ん?」


アリスは驚きつつも剣に手を掛けている。

今度は誰が相手なのだろうか。


俺はアリスの後ろから覗き込むように見る。


「あれは……」


黒衣を身に纏った血色の悪い女。

少し体を傾けさせている。


「ドラキュリーナ」


「知っていたか」


アリスはこの魔物を知っていた。

なにか嫌な思い出でもあるのか、顔を歪ませている。


「吸血鬼の眷属、あるいは花嫁。女性体しかいない特殊な半吸血鬼」


眷属でありながらも、吸血鬼を超えた力を有することもできるきわめて珍しい魔物。

最初に戦ったヴァンプ・バットというコウモリの魔物も、分類上は吸血鬼に連なる魔物だがそんな魔物とは一線を画す強さだ。


「……遊びましょう?」


ドラキュリーナが体を傾けさせながら此方に振り向く。

声帯が酷使されているのか掠れた声だ。


「……私、勝てるだろうか」


アリスは不安気な表情を浮かべながら上目遣いでこちらを見る。

俺は背中に手を伸ばそうとしていたが、止めておく。


後ろに俺がいるというのに、助力を申し出ない。

ならば勝てる算段があるということ。


「さあ?」


戦闘——もっと言うならば殺し合いに絶対はあり得ない。

剣を持って一日の初心者が、熟達した達人を殺すことだってあり得る。


「え、怖くなってきた……助けてくれ」


「検討しておこう」


俺はアリスの背中を押して、前へ進ませる。

何か文句を言ってきたが、聞くことはしない。


「そら、向かってくるぞ」


「貴方の血を飲めば、この喉は潤うかしら」


ドラキュリーナは掠れた声でアリスに視線を固定する。

捕食対象を見る目で射貫かれ、アリスは身がすくむ。


「っふぅーーーー」


アリスは片足を半歩引き、下段に剣を構える。


「来い……!」


その言葉と同時、ドラキュリーナが地を蹴る。

爆発、と表現すべき音と速度でアリスの喉元に食らいつこうとする。


アリスは冷静にドラキュリーナを見据え、前へと潜り込む。

すれ違いざまに胴体に向かって切り上げ。


「硬!?」


およそ人体ではありえない硬度。


ドラキュリーナは少しだけ上へ。

アリスは前へと大きく弾かれる。


アリスはドラキュリーナから一瞬だけ視線を外して、先程ドラキュリーナが立っていた場所を見る。

力任せに蹴った石床にはくっきりと足の形がかたどられていた。


「奴と同程度の力か」


アリスが思い浮かべているのは自分と同期の男。

なぜか執拗なまでに突っかかってくるため、よく思ってはいないがその実力は認めている。


「だが技術はない」



アリスはゆっくりと起き上がりながらこちらを見るドラキュリーナを見据える。

剣を下段から上段へと構えなおす。


魔術を唱える。

アリスの頭上に追従していた光が消える。


「【一振断ひとふりたつ】」


アリスの持つ剣に、半透明の魔術が薄く纏わりつく。

それを警戒し、ドラキュリーナは動かない。


「今度はこちらからだ」


先に動いたのはアリス。


たん。

軽やかな音が響く。


ドラキュリーナの六割程度の速度だ。

だがドラキュリーナのように直線的に動くのではなく、右に左に、フェイントを入れつつ接近する。


「見え見えね」


ドラキュリーナはアリスの姿を捉え、急速に伸ばした爪でアリスを突き刺そうとする。

アリスは自らに迫りくる危険と、その先にいるドラキュリーナを見る。


魔術で強化した剣であれば斬ることができる。


「——できないでしょ?」


ドラキュリーナが悪辣に笑う。

知性のある魔物らしく、アリスの魔術の欠点が分かっていた。


アリスの魔術は一振りのみにしか作用しない使い捨てである。

その代わりに絶大な威力を持つのだが。


ドラキュリーナの爪を剣で防げばアリスは次の攻撃を行うことができない。

かといって防がなければどこまでも伸びる爪はアリスを突き刺すだろう。


アリスは口を開く。

ドラキュリーナは悪辣に笑いながら、諦めの言葉を言うのだろうかと思う。


だが違った。

言葉を紡ぐ。


小さな声だったが、ドラキュリーナにはそれが聞こえた。


「【墜落】」


「——っ!?」


肩を強く引っ張られる感覚。

反射的に、膝を地面につける。


一体何があったと、ドラキュリーナは自分の腕を見る。

そこに答えはあった。


それは短剣。

短剣が深く手のひらに突き刺さっていたのだ。


魔術?

いや違う。


「魔術具か!」


俺は声を上げる。

魔術は同時に複数扱うことはできない。


だが、魔術具であれば問題はない。

あらかじめ魔術具に魔力を込め、起動させるための言葉を紡げば良いだけだ。


アリスがフェイントを仕掛けていた時に、短剣を投げていた。

ドラキュリーナに察知されないように。


そして堕ちたのだ。


「ぐっ……」


ドラキュリーナは急いで顔を上げる。

しかしその時にはもう遅い。


アリスが剣を振り下ろしていたからだ。

いかに身体能力に優れたドラキュリーナであろうと避けることは叶わない。


「終わり……!」


ドラキュリーナは両断される。

沈黙。


アリスは剣を持ち上げて、血をぬぐった後に鞘にしまう。

ドラキュリーナの腕に刺さった短剣を引き抜く。


「ぐ、ぐぐぐ……」


だが予想以上に硬く引き抜けないようだ。

仕方なしに俺は手伝うことにする。


「貸して」


俺はドラキュリーナの腕を踏んで、勢いよく引き抜く。

かなりの抵抗があったが、何とか引き抜くことができた。


俺は短剣の刃の方をもって、アリスへと手渡す。


「ほら」


「ああ、ありがとう——って後ろ!?」


「血!」


焦ったアリスを横目に俺は勢いよく後ろを振り向く。

そこには両断されつつも、まだ動いていたドラキュリーナがいた。


なんともすさまじい生命力だ。

俺に牙を突き立て道連れにしようとしている。


「【断ち切れ】」


短剣をくるりと回転させて持ち手を持ち、ドラキュリーナの首に這わせる。

いとも簡単に首が落ち、ドラキュリーナは完全に沈黙する。


「危なかったな」


「す、すごい……」


アリスは焦った顔のまま、茫然としている。


「さあ、次に進もうか」


俺は今度こそアリスに短剣を返す。


「あ、ああ」


俺はアリスに背を向けて歩きだす。

短剣を受け取ったアリスは、懐にあった鞘に入れる。


「少し、いいだろうか、マデス殿」


俺は振り向く。

アリスは表情を真剣なものに戻している。


「なんだ?」


「あなたは、高位冒険者だ。だがその力量は高位冒険者の域を逸脱している」


俺は目を細める。

あの一瞬で見極められたか?


「貴方は何がしたいのだ?なぜあれだけ忌み嫌われても冒険者で居ようとする?なぜ他の場所へと移らない?あれだけの力があるのならば、どこに行っても通用する。無論、私たちの場所でも」


アリスはずっと変わらぬ純粋さを宿した目で、こちらを射貫く。



「——貴方の目的はなんだ?」





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