13話 女騎士褒めるとちょろい
俺たちが魔術馬に乗って最寄り地点まで移動し、徒歩で迷宮にたどり着くまで約一時間。
アリスは魔術によって速度の強化が施されていない通常の馬車で移動しようとしていたが、それは断固として拒否しておいた。
通常の馬車で移動するとなると、二倍以上の時間がかかってしまう。
それはアリスもわかっているはずなのだが、なぜか彼女は通常の馬車を使おうと粘っていた。
料金こそ高いものの、高位冒険者や黒灰騎士ならば問題ない範囲だ。
俺は疑問に思って彼女にそのことを聞いたが、下手に誤魔化された。
「こ、ここか」
アリスが茫然と見上げる。
それは塔。
迷宮の形は様々だ。
周囲一帯に広がる森林であったり、洞窟であったり、このように塔の形をとっているものもある。
塔の迷宮は、基本的に階層ごとに魔物が配置されており、倒すことで次の階層に行けるようになる。
「入るぞ」
「わ、わかった!」
尻込みしていアリスを横目に、声をかける。
アリスは肩を跳ねさせて、俺の方へと振り向く。
大丈夫だろうか。
俺は心配でため息を吐く。
「む……」
アリスが目ざとく反応するものの、何か言われることは無かった。
俺たちは、塔の内部へと侵入する。
足を踏み入れた途端、空気が変わる。
それは迷宮の空気か、それとも俺たちが纏う空気か。
警戒しつつ、前に進んでいく。
「【明蛍】」
ふと、立ち止まったアリスが魔術を唱えて頭上に光源を出す。
薄暗い周囲が光に満たされる。
「…………」
「む、なんだその反応は?いや決して暗いのが怖いとかそんなことは——」
「いや、器用だなと」
俺はアリスの頭上に浮かぶ小さな光の玉を見ながら言う。
頭上にて追従する魔術のコントロールと、その維持が負担にならないほどの力量。
流石、黒灰騎士だと感心する。
「そ、そうか?……褒められた……やった!」
アリスは顔を隠し、小さな声で何かをつぶやく。
彼女が言った言葉は聞こえなかったが、多分喜んでいるので良しとしよう。
「い、いや……私なんかが褒められることなんてないか……幻聴だよな、うん」
喜んでいると思えば、目線を斜め下に下げてまた小さな声で呟いていた。
今度は聞こえた。
「褒めているぞ?」
「ほあっ!?」
アリスは心臓が外に出てしまうようなほど驚く。
大きく甲高い声が、迷宮内に広がって溶けていく。
がたり、と奥の方で揺れる。
俺たちはすぐさまそちらへと目を向ける。
「……どっちがやる?」
「黒灰騎士の力、見せてもらおう」
アリスは頷いて剣を構える。
先程の取り乱しようが嘘のように、冷徹な目で前を見据えている。
もう一度、がたり、と揺れすぐさま物体が飛び出してくる。
「あれは……?」
アリスはそれが魔物であると認識したが、知識に無いようだ。
「ヴァンプ・バット。吸血鬼の配下の魔物だ」
俺たちの目の前で空中にとどまっている魔物は、コウモリであった。
コウモリとしての大きさは小さなものだが数が多く数十匹もいる。
「気を付けておくべき点は?」
俺が何か言う前に、コウモリはアリスへと殺到していく。
「え、ちょっと待っ」
アリスは襲い掛かるコウモリに焦った声を上げながらも、剣を振るう。
アリスの様子とは裏腹に剣は正確に寸分の狂いもなく振るわれ、一振りでコウモリを十匹ほど切り裂く。
返す刃でまた切り裂く。
数の暴力が瞬く間に失われていく。
一匹、斬られていく仲間の背後に隠れながらアリスの攻撃を掻い潜るようにして最後のコウモリが特攻を仕掛ける。
アリスが剣を戻そうにも、コウモリはすでに腕の範囲に届いていた。
このままであれば、アリスに傷を負わせられるだろう。
しかしそれは叶わなかった。
「これで終わり……!」
コウモリはアリスが振るう剣によって命を絶たれた。
間に合わない距離であったのに、なぜアリスの剣が先に届いたか。
アリスは体を後ろに反らして、剣を胸にくっつけるように引き戻し、その後身をよじることでコウモリを切り裂いたのだ。
普通では不可能である。
しかし、アリスには可能であった。
体をあり得ないほどに、反らしていたのだ。
常軌を逸した柔軟性。
鎧も特注なのかそれを邪魔しない設計となっている。
コウモリにはアリスが突然消えたように感じたことだろう。
「お見事」
俺は態勢を戻したアリスに、拍手を送る。
「ふ、ふふ、そうかそうか」
アリスは剣を鞘に納めた後、顔を忙しなく変形させていた。
一体どういう表情なのだろうか。
少し気になるものの、指摘するのは止めておく。
彼女の名誉にかかわることだろうからな。
「マデス殿」
「ん?」
アリスは、自分が斬った魔物をしゃがみこむようにして見る。
綺麗な断面だ。
「先程私が聞いた言葉なのだが、この魔物の気を付けておくべき点はなんだったのだ?もちろんあるのだろう?」
「あー」
俺は言おうか、迷う。
逡巡するが、アリスのまっすぐな眼光に貫かれて答えることにした。
俺はアリスの隣に屈んで、胴体が斬られたコウモリをつまみ上げる——のは手が汚れそうだったので止めておいた。
代わりに、コウモリの口部分に指を持っていき、ずらす。
鋭く尖った牙が露出する。
欲見てみると牙には穴が開いている。
「こいつの歯で噛まれると」
「噛まれると?」
「血を抜かれる」
「血を抜かれる」
俺たちは互いに頷く。
「その後牙の内部に貯めておいた毒素を、吸った血液と共に逆噴射する」
「逆噴射」
俺たちはもう一度互いに頷く。
「毒は血液と混じり、循環する。その毒は血管を破壊する強力なもので、数秒と経たずに穴と言う穴から血が噴き出して、死に至る」
「死に至る」
俺たちは、最後にもう一度互いに頷く。
合図をするわけでもなく、二人して同時に立ち上がる。
「大事が無くてなによりだ」
「…………」
俺はコウモリを倒したことにより、上層へと続く階段を上る。
「——え、やばい奴じゃないか!?早く言ってほしかったんだが!?」
今さら気付いたのか。