12話 死神の屋敷
「行ったか」
上官と同期は、アリスとマデスが街から離れたのを確認する。
それを見届けた後二人はすぐさま移動を開始する。
がしゃり、と鎧の擦れる音が響く。
二人がマデス達の監視をしていたのは、人目のつきづらい路地裏。
顔を晒し、防御性能を減らした軽鎧に身を包むアリスとは異なって二人の装備はとても目立つものだったために、裏路地で監視することにしたのだ。
全身を厚く重い鎧に身を包み、兜を装着している。
騎士らしく剣、加えて閉所での戦闘に備えて短剣を装備していた。
戦闘を想定した状況に赴く際の一般的な騎士の武装である。
だが黒灰騎士のそれは、他の騎士とは質が異なる。
鎧、内に着込む防具、武器……それら全てに魔術による加工が施されている超一級品だ。
二人は路地裏から最短距離を行くため、街路に出る。
いきなり出てきた完全武装の騎士に、人々の視線が集まるものの野次馬は湧くことはない。
彼らが腰に下げた剣に手を掛けているのが見えるからだ。
邪魔をするならば即座に斬り殺される。
そんな雰囲気が、二人にはあった。
人が集まるどころか避けていく。
誰も好き好んで抜き身の刃のような騎士二人に近づきたくはないのだ。
それに戦闘に備えているということは、彼らが向かっている先で戦闘は起こり危険な場所であるということ。
だが、どの時代にも愚かな者はいる。
「お、おいあんた……!?」
冒険者の男が、他の人々のように二人を避けることなく歩いてくる。
彼の視線は眼前に迫る騎士に固定されており、やがて立ち止まる。
「おい、騎士ども」
冒険者は二人に声をかける。
だが二人は立ち止まるわけもなく、そのまま早歩きで接近してくる。
「あんたら——」
上官が冒険者の肩を掴んで、横に退ける。
視線すら寄越さず、そのまま通り過ぎていく。
同期も上官に倣って通り過ぎようとした。
「おい、待てよ!」
通り過ぎようとした同期の腕を、冒険者がつかんで止める。
その場を見ていた傍観者たちが揃って息を呑む。
冒険者はその様子を見て、勘違いを起こす。
騎士を止めたことで、得意げな顔になっていた。
腕を掴む力を強め、こちらに振り向かせようとしたところ。
「——ぅぐ!?」
埒外の力によっていきなり冒険者は前に飛び出す。
それが飛び出しではなく、同期が腕を強引に引っ張ったことにより吹き飛ばされたのだと気づくのはすべてが終わってからだった。
あわや上官に衝突するといったところで、軌道が変わる。
受け身すら取れないままに、壁に激突。
体を打ちつけた衝撃により冒険者は呼吸ができずに、かすれた息でのたうち回る。
「失礼」
「いや。先を急ぐぞ」
二人はそのまま冒険者から去っていく。
終ぞ、冒険者に視線を遣ることはなかった。
それからは彼のような愚か者は出て来なかった。
「準備しろ」
「了解」
すぐに郊外へと続く街道へとたどり着く。
まだ朝だというのに、人の通りは皆無である。
それがかえって、二人に緊張感を与える。
「……行くぞ」
「はい」
上官は気づけば剣に添えている手に、嫌な汗が滲んでいた。
半歩後ろを警戒しつつ歩く同期は、もしかしたらそれ以上かもしれない。
一歩。
また一歩と進んでいく。
どんよりとした曇り空。
自然にあふれているものの、動物の声はおろか生命の気配すら感じられない。
一歩。
足が重くなっていくのを感じる。
行きたくない。
この先にたどり着きたくない。
頭の片隅に、退却の文字が浮かぶ。
「……いや」
上官は頭を振って、その選択を拒否する。
剣から一度手を放し、深呼吸する。
これは思い込みだ。
少しだけ普段とは違う様子に、不安が増してしまっているだけだ。
上官は一度同期に振り向く。
兜でその表情はうかがい知ることができないが、問題はなさそうである。
二人は言葉を交わすことなく互いに頷いて、【死神】の屋敷に向かって歩き出す。
一歩。
二歩。
三歩。
着実に近づいていく。
貴族が住むような大きな屋敷が見える。
予想とは違い寂れてはおらず、それどころか綺麗に整えられている。
ただ半ば疑心暗鬼に陥っている二人にはここには罠があると如実に語っている風にしか見えなかった。
「抜刀しておけ、屋敷の中での戦闘とは限らんからな」
「……分かりました」
二人して剣を抜く。
女神と天秤の紋章が光って見える。
しかしどれだけ進んでも襲撃が来ることは無かった。
罠も無く、きわめて平坦な道であったと言えよう。
二人は警戒を続け、屋敷へと入っていく。
「準備はいいな?」
「もちろんです」
正面の大きな扉の前に立つ。
上官は同期の言葉に頷いて前を見据える。
「私が先導します」
「警戒を最大限にな」
同期は一つ頷く。
「三、二……」
同期は扉の前で片足を上げる。
「……一!」
轟音。
扉がひしゃげて、屋敷の中へと吹き飛んでいく。
同期はそれを見届けた後、ゆっくりと足を下す。
「さあ、作戦開始だ」
二人の騎士は、突き進んでいく。
その先には一体どのような困難が待ち受けているのか。
いや、何があってもすべてを蹂躙し進むまでである。
それを可能にするだけの力が、黒灰騎士にはある。
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